見送りなんてしないけど。

 普段ほとんど接点もなくて、喋る機会さえまるでないあのひとに、片想いを始めて三年。何とか連絡先を交換してLINE友だちになって半年とちょっと。まだ告白する勇気も持てないままの三月の始めに、辞令が出た。異動。しかも他県の支店勤務だって。どんだけ離れてるのかGoogleマップで調べてみて、思わず笑ってしまった。

* * *

「いつ引っ越すの?」
『二十九日の朝九時半の予定』
「準備進んでる?」
『まあ、ぼちぼち、ね』
「大変だね」
『しょうがないよね』
「誰か手伝ってくれるの?」
『多分当日はね』

* * *

 手伝いに行こうか、なんて聞くこともできず。
 見送りに行こうか、って、言うこともできず。そもそも何処に住んでるのかはっきり知らないし。
 
 もやもやしたまま、当日になった。
 こんなに好きなのに、何にも実行に移せない自分に苛立ちつつ、ただ光る画面を睨んでいた。もう二度と、会えないひとになっちゃうのかもな。こんなに好きだし、LINEでも繋がってるのに。
 切ないし、哀しいし、寂しい。

 だから、動けよ、わたし‼

 意を決してスマホを握る。少し震える指で時間をかけてゆっくり、文章を打つ。伝わらないかもしれないけれど、これがわたしの精一杯の『好き』の気持ち。えいや‼ って気合いを込めて送信した。

「お家の場所知らないし、見送りなんてしないけど、気をつけて。

 遠くに行っちゃうけど、きっとまた会えるって信じて繋がっててもらっても、いいかなあ?」

#引っ越し

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