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《時代とシンクロした水島マンガ》 現実になった「ドカベン」と「球道くん」

 水島高校野球マンガの「打」の主役、といえば『ドカベン』の主人公、明訓高校の山田太郎。その豪打ぶりで多くの野球少年の憧れの的になり、現在40代、50代のプロ野球OBに話を聞けば、「ドカベンに憧れて甲子園を目指した」「山田のバッティングに憧れた」といった声は決して珍しいものではない(『大甲子園』文庫版巻末には、そんなプロ野球選手たちの声がそれぞれ収めらている)。
 そんな『ドカベン』によって野球人生が大きく変わった人物、といえば、「ドカベン」のニックネームで公私ともに呼ばれることになった元南海、香川伸行だ。
 「ドカベン」と呼ばれ始めたのは大阪の名門・浪商に入学した1977年秋。近畿大会での活躍ぶりから「右翼にも本塁打を打てる右の大砲」とスポーツ紙で評価され、山田太郎と同じ巨体、キャッチャー、スラッガーといった特徴から「ドカベン」の見出しがつき始めたのだ。しかも、水島本人から「山田太郎のイメージにぴったりだ。頑張れ」と激励を受けたという。
 それまで「ブーちゃん」と呼ばれていた男が「ドカベン」として全国区に。その後、78年春と翌79年の春夏、計3度甲子園に出場し、甲子園通算ホームランで当時の歴代1位となる5本をマーク。体格面だけでなく、まさに山田太郎のごとき打棒で、その後プロでも「ドカベン」の愛称で人気を博したのだ。
 そんなドカベン香川の存在について、水島はこんなコメントを残している。

『ドカベン』で野球を始めたっていう読者の声は多かったですよ。中でもキャッチャーが圧倒的でした。しかもデブ。「身長165センチ、体重80キロで野球なんて縁遠いと思っていたけれども、山田太郎を見て勇気が出てきました」なんていう子供が増えたんです。その引き金を引いたのは、やっぱり香川でしたね。山田ソックリなヤツが出てきたわけじゃないですか。ビックリしましたよ。それも補欠とかスタンドで応援している野球部員じゃなく、レギュラーでキャッチャーで4番で、しかも甲子園をわかせたホームランバッターですからね(別冊宝島『ドカベンPERFECTBOOK』)

 「打」の主役は山田太郎で揺るぎないが「投」の主役は誰か? 意見が分かれるところだろうが、私は『球道くん』こと、青田高校の中西球道を推したい。「球けがれなく道けわし」をモットーに生きた160キロ右腕は、高3のセンバツ甲子園では全試合完封勝ち。決勝・博多どんたく戦では23奪三振を記録して完全試合も達成した。また、『大甲子園』準決勝では明訓高校と対戦。延長18回を一人で投げ抜き、明訓相手に30奪三振という数字を残している。

 『ドカベン』人気をきっかけに「ドカベン」のニックネームで呼ばれた選手がいたように、『球道くん』のニックネームで呼ばれた選手も登場した。中西球道と同じ姓を持つ高知商のエースで、のちに阪神でも活躍した中西清起だ。
 高校入学後に「ドカベン」の異名で呼ばれた香川と違い、中西は中学時代から「球道くん」の名で呼ばれ、しかも水島新司とも対面を果たしていた。

連載2年目の頃、当時、南海が高知でキャンプを張っててさ、そこに向かうタクシーで運転手さんが言うんだよ。「先生が泣いて喜ぶヤツがいる、来年高知から必ず、講師ええんに出る中学3年で、右の本格派で、名は中西……」なに中西!! 球道とダブるじゃないですか。それは会いたくなるわね。で、南海のキャンプ宿舎は素通りして行きましたよ(『水島新司 夢の途中』)

 このときの様子を中西清起自身も詳細に記している。

中学最後の年、高知県大会で優勝して、高校でも野球をやれる自信と道が広がった。そんなとき、水島先生が私を訪ねてくださったのだ。「甲子園で会おう」そう、水島先生が言ってくださって、私は再会をお約束した。高校でも野球をやろうと決めていた私にとって、甲子園で活躍することが一番の目標になっていたのだ(『大甲子園』文庫版11巻解説)

 ふたりの希望と決意は翌年、早くも結実。中西清起は高知商入学直後の78年夏、第60回選手権に出場。控え投手の立場ではあったが準優勝を経験した。さらに、79年春のセンバツではドカベン香川のいた浪商とも対戦。中西に登板機会がなく、ドカベンvs球道くんは幻に。チームも敗れてしまう。だが、最終学年で迎えた80年春、第52回センバツ大会では、大会No.1投手の前評判通りの見事なピッチング。1回戦から決勝まで5試合を1人で投げ抜き、高知商に悲願の初優勝をもたらしたのだ。

 「ドカベン」香川伸行と、「球道くん」中西清起……彼らの存在は「水島予言」というよりも、作品が選手の認知度とモチベーションを高め、選手の活躍によって作品の認知度もさらにアップ、という互いが互いを高め合う関係性にあったといえるだろう。

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70年代のプロ野球、高校野球の出来事で、先に水島野球マンガが描いていた予言的なエピソードを紹介します。

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