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公文書から滋賀県の有害図書指定(2023)を読み解く

 2023年(令和5年)5月19日の滋賀県の有害図書指定のラインナップについて、全国的に見てもかなり独特という指摘が、日本有数のウォッチャーであるHT_570さんなどから出ていたので、公文書を取り寄せてみた。  

 滋賀県は、2017年度に『全国版 あの日のエロ本自販機探訪記』というルポルタージュを有害指定したことがあり、さすがにこの手の研究本まで指定するのは行き過ぎなんじゃないかという声が各方面から上がったことがある。日本マンガ学会や図書館問題研究会などからも、この有害図書指定を懸念する声明が出され、いくつかの新聞には法学や出版の専門家らの滋賀県の指定判断に対する批判的見解が掲載されたりもした。
 その翌年度、滋賀県は、まるでそうした抗議の声に応答するかのように、国書刊行会の『自殺の歴史』という専門翻訳書を、わざわざ指定するという異例な動きを見せた。
 もちろん推測の域を出ないのではあるが、単に行政の事務として淡々とこなしているだけだったら、こういうことにはならないような気もするのである。おそらくは、有害図書の指定ということについて、何らかの属人的な執念のようなものが存在する特異な自治体であることは、ほぼ間違いないのではないか。

(ちなみに『全国版 あの日のエロ本自販機探訪記』が有害指定された際は、一人の委員がこの本の指定に難色を示したところ、事務局が、滋賀県が環境浄化運動にいかに熱心に取り組んで自動販売機を撤去させていったかの歴史を説いて、翻意させてまで全会一致で有害指定するということをやっているが、今回(2023年)は非該当の意見を翻意させることは、少なくとも議事要旨等から確認できる限りではなかったようである。)

滋賀県が『全国版あの日のエロ本自販機探訪記』を有害指定した際の議事要旨より

 で、今回(2023年5月)の有害図書指定に関する公文書一式を取り寄せてみた結論からいうと、鳥取県や東京都の図書指定への批判の声を、かなり意識して、それでも有害図書指定を積極的にやっていくのだという対抗方針を打出している。そういう方針で挑んだ結果が、この異例のラインナップだったのではないかという、まぁ、そういう実態的な背景が垣間見えるような文書になっていたわけなのである。

 滋賀県は、有害図書の指定にあたって、「児童福祉専門分科会図書等審査部会」という会議に諮問している。委員たちによる審査に先立ち、事務局が諮問にかける図書の内容を簡単に紹介するのだが、ここで、『アリエナイ理科ノ大事典』について、「ご存知の方もおられると思いますが、鳥取県において、同シリーズの図書が有害図書指定したことで、ある通信販売社がインターネット上での販売を中止し、出版元が講義等をしてネット上を騒がせています。場合によっては、疑義を申し出られることも承知したうえで、審議を尽くす必要があると思います」と、疑義が寄せられる可能性に備えた重厚な審査を行うようにとの異例の求めを行っている。

事務局からの諮問図書についての説明

 また、関連資料として、「有害図書指定に対する抗議等 鳥取県 東京都」という表紙をつけて、報道のコピーを添付しており、

「鳥取での販売がもはやリスク」──県の有害図書指定でAmazonから排除 三才ブックスが抗議のPDF公開
「公権力による“暴力” そのものでは」 鳥取県の有害図書指定でAmazonが販売停止、出版元が抗議
鳥取県に有害図書指定の理由を聞いてみた
書店で無作為で選んだ…鳥取県、有害図書指定でアマゾン販売中止、不透明な審議過程
「有害図書」指定の理由を県が説明 問い合わせメール相次ぎ
「流れ作業のお役所仕事だ」 東京都議が明かす「不健全図書」不透明すぎる選定制度の実態

と、6本もの記事を紹介する念の入れようだった。

 さて、事務局は審議を尽くすように求めたわけだが、議事要旨を見る限り、委員たちは、この本について特に慎重な審議をしたようには見えない。

 でも本来なら、本で紹介している技術的内容が、本当に条例の要件に該当するほどの危険を作り出すものなのかどうか、理科学的な観点からも検討するべきだったのではないか。「アリエナイ」シリーズの関係者たちからは、実際に簡単に真似できてしまう危険な技術情報については、きちんとボカすようにしているという話も出ていたわけで、事務局も報道をこれだけ紹介するなら、そうした本質的な部分についてこそ向き合って、委員たちに検証して欲しかったと思う。

 とはいえ、有害図書の指定について社会からは批判の声もあることを委員たちが意識したことは、ポジティブな側面もあったかもしれない。今回、委員からは、「変態性欲」のような有害図書の要件は時代にそぐわないので見直すべき、といった制度についての変革を求める発言もあがっていた。

 東京都の不健全図書の審議会も、熱心に傍聴をする人たちが現れたことで、審査自体が熱のこもった真面目な場になったと聞く。私たちが「関心」を持ち続けることが、有害図書・不健全図書の決め方に、最低限の手続的正義をもたらす数少ないチャンスになることは間違いないだろう。

 以下に今回公開してもらった公文書をPDF化したファイルを置いておく。(資料として添付されていた報道記事については著作者への配慮からカットしたが、いずれもネットで公開されている記事なので上記の一覧から確認できる)

 ちなみに今回は、図書を審査するはずの委員の半分が欠席で、部会の定足数を満たさず、成立しなかったため、その日は「意見交換」をしてから、審査書面を出してもらい、後日、欠席した委員から事務局が個別に意見を聞いて、審査書面を出してもらったとのこと。
 つまり、この「議事要旨」は、実際に開催された会議の議事録の概要ではなく、各委員から事務局が個別に聞き取ったことを要約して並べた文書ということのようだ。

 まぁ、それでも委員たちがどういう意見を述べたか、事務局がどういう理由で諮問する図書を選んだかの理由が書いてあるので、興味のある人は自分の目で見てほしい。

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