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孤独なペンキ屋


場末のスナックといえばたいていの客は現場の人だ。 マリエルに呼ばれて仕方なくやつの店に行くと、隣のテーブルの空気がよどんでいて気になった。柳ジョージと山崎まさよしを足して2で割ったような風貌(わかんないか)。アタマがモシャモシャで無精ひげの40くらいのおっさん。上下はグレーのスエット。仕事着なのだろうが、パジャマのようにもみえる。 「トテモムズカシイヒト」とマリエルは片方の眉を吊り上げていった。 カラダにちょっとでも触れると怒る。おつまみを箸で口にもっていくのもダメ。カラオケをやることはある。でもそれは音楽を流すだけで、決してマイクを持って歌うことはない。 『なんだ、歌わないのか』とホステスが歌おうとするとヒジョーに怒る。いいかんじに酔ったお客さんが歌いだしたりしたら一触即発の危機だ。 ホステスに積極的に語りかけることはない。さっきもマリエルがついていたが、ほとんどがマリエルの声かけである。うんともすんともいわない客はきつそうだ。 しばらくすると、客の動きは止まってしまった。やや前傾姿勢で眠っている。テーブルについていたホステスは思わず苦笑いだ。(ソフィアローレンばりのセクシーはみだしオッパイ女なのになあ)ママが枕を持ってきた。そして本格的に横になって寝てしまう。ホステスは離れて、男はひとり残された。 こんな男をママはいいお客として扱っている。 まず、金離れがいいという。おあいそがいくらでも文句もいわずに払う。仕事はペンキ屋だ。たしかに言われてみるとペンキ職人の風貌。ちょっとシンナーにやられてしまったような風貌。40過ぎていまだに独身。母親と同居しているが、認知症なのだという。まったくなにもわからないらしい。男は家事のいっさいを行い母親の世話をし、ペンキを塗っている。疲れるとこの店に来るという。男は恋愛を1度もしたことがないという。いや、1度だけ、ママの娘に片思いをした。しかし娘は他の男と結婚してしまった。女についての話はこれだけ。男は女を知らないという。 そんな男であるが、場末のスナックにときどきやってくる。 「カミサマハ、キットミテイル。」ってマリエルはいうのだけど、それはどうかな。 ケアマネジャーの視点から意見をいえば、そっこく、施設入所を勧める。親子は物理的に離れて、男は足しげく面会に通えばよし。男への援助目標は、おねえちゃんのおしりやおっぱいに触って、『ピシャリ!』とされてみること。これをきっかけに、他人との人間関係に風穴をあけてほしいと切に願う。男の姿は私をとりまく環境の最悪の行く末だ。でも、このつよい母子一体感を切り離すのは容易なことではないだろう。

#note文学系批評会

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