見出し画像

預金通帳と印鑑という神経衰弱よ

かたづけられない人の特徴の一つに銀行の通帳と印鑑の組み合わせがわからなくなる症状がある。

これはまったくの私調べで統計をとっているわけではないがそんな気がする。ふだんはキャッシュカードしか使用しないし、通帳に印鑑が表示されなくなった。またインターネットバンキングなる便利なサービスもあり通帳はほとんど使わない。

私は生命保険の解約を余儀なくされた。受取人が末期がんの父であるというのもおかしな話であるが、金はなし、遺す家族もなしで、生きているうちにいただくことにした。生保はもうひとつあるしこれだけ逼迫しているのだ。しかしながらお金が振り込まれる予定の口座の印鑑とキャッシュカードが見当たらなかったのである。

親父は薄いポリエチレンの袋を持ってきた。中で印鑑が5〜6個ジャラジャラしていた。見覚えのあるモノが多かったがどれが三菱東京UFJなのか確証がなかった。

「これがなんとかで、あれがなんとかで」と話す親父は私に向かって話をしているのは確かであるが、なんでも把握せねばならぬ几帳面な性格は一方で他人に意を伝えることに著しく欠けていた。独語のごとくつぶやきながら、決まって「ここにあるからみればわかる。この引き出しに入っているからわかる」と手前勝手にコメントする。これでわからなければ馬鹿だなどというが、仕事を申し送るというのは相手に伝わって初めて終わるのだ。うちのお金の流れについて、一方的に話をするので、私がノートを手にしてインタビューする形式をとると嫌だという。何がどの口座から落ち、どこからどこへお金を移動しているのか、それを1ヶ月のタイムテーブルで把握したいのだ。私は散らかった自宅ではなく、サイゼリヤかなんかで改まって話を聞きたかったが、拒否をされた。こうなるとこちらもイライラしてどうでもよくなってくる。

父はなにやら説明し「これがおまえの印鑑証明だ」とカードを手に私にみせた。三菱東京UFJ銀行へ、改印届けをする際の身分証明として印鑑証明を取ろうとしていたことはあとでわかった。銀行に行く前に区役所へ寄ったのであるが、「おまえ印鑑証明(のカード)は?」という。「え?なに、持ってないよ。」と応えると「さっき渡したじゃないか!ついさっきやったことを忘れているのか、おまえってやつはしょうがないね」と激おこなのだ。

渡した渡してないの不毛なやりとりが3分ほど続いた。長い3分だ。

私は映像で記憶をたどると、父は確かに私にカードをみせつけた。で、そこで終わっているのだ。私に向かって腹を立て続ける親父にこちらも、今日はもうやめ!とやりたかったが、免許証はもっているので、その足で銀行へいった。免許証で十分であった。

銀行は本人が免許証を持って登場すればどうにかしてくれるのであった。

キャッシュカードの再発行、改印届けはスムーズに行われた。ジャラジャラした印の中の大きく欠けた印鑑がアタリであったのだが、別のものへと変更した。ソファで本を読んでいた親父が私が改印すると知って、突然『実印に変えろ!』と行内で大声を出した時には、私が手のひらを相手に向けたのはいうまでもない。じっさい私は改印は実印にしていた、というのがこれが実印だといわれてわかった。

銀行での用事を終えて、二人はサイゼリヤへ昼飯を食べにいった。さきほどのゴタゴタを飯で忘れたいのだ。食欲がなくウィダーインゼリーしかするりと食べられない親父はピザなら食が進むというのだ。ご機嫌をとりながらクルマをサイゼリヤへ進めた(以下次号)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?