見出し画像

浜離宮恩賜庭園(紀行編)――海を題材にしたテーマパーク

日本庭園の様式

日本庭園の様式はややこしい。私たちはこれまでに数々の庭園にインパしてきたつもりだが(インパとはインパークの略で、主にディズニーオタクの間でランドとシーに入園することを言うのだが、私たちは庭園を訪ねることもインパと呼んでいる)、いまだに訪れた庭園に対して、「これは○○式庭園だ!」と自信を持って答えられないケースは多くある。そもそも様式というのは、具体的には「池泉回遊式」とか「枯山水」とか「浄土式」とかたくさんあるのだが――私たちも当初、これらの名前を聞いたことはあったものの、そもそもこれが見た目で決められているのか、それとも時代、もしくは宗教や文化的な要素で決められているのかわからず、どこか並列になっていないような気がして上手く体系できなかったというのが正直なところである。先ほども言ったように、私たちもいまだに完璧にその様式を理解できたわけではない。しかし、せっかくこのような場があるのである。私たち自身の整理も含めて、簡単にここにまとめさせていただきたいと思う。もしここに、プロの、古参の庭園鑑賞者がいれば退屈に感じるであろう非常に初歩的な内容だと思われる。なぜならこれは、あくまでも最近急に庭に興味を持ち始めた人、また、今後ずっと庭を好きでい続ける自信はなく一時的な便乗かもしれないと薄々感じている人たち、すなわち「庭(にわ)かファン」に対して話す内容だからである。ぜひ、知識やファン歴でマウントをとったりせずに暖かく見守っていただきたい。

日本庭園の様式は3つに分けるのが一般的だ。すなわち、「池泉」「枯山水」「露地」である。池泉と枯山水の違いは一目で区別できる。池泉が池の水を中心とした庭であるのに対し、枯山水は水を用いずに石や砂で水面を表す庭だからである。少しやっかいなのは露地である。露地とは、「茶庭」とも呼ばれる茶室に付随した庭のことだ。様々な趣向を凝らして、茶室に向かう来客を非日常空間へと誘う。池泉と枯山水までは水の有無で判断すればよかったのだが、ここに来て急に難易度が上がる。私たちも最初こそ「その他」的な位置づけをしてしまっていた露地であるが、茶道との関りを知ると、むしろ3つの中でも最も奥が深い庭園であることがわかってくる。これに関してはまた別の機会に詳しく触れてみたいと思う。

なんとなくその3つを理解したところで、次に「回遊式」という様式がある。また新しいジャンルを覚える必要があるのか、と身構えてしまいがちだが、これは「池泉」「枯山水」「露地」のすべてを取り入れた庭園と考えればよい。平和な世が270年続いた江戸時代、大名や皇族がこれまでの様式を壮大なスケールで集大成させ造った庭園が回遊式庭園だ。回遊式の中でも特に、中心に大きな池を設けその周囲を回遊する様式(有名どころで言えば金沢の兼六園、岡山の後楽園、京都の桂離宮、金閣寺、東京で言えば六義園、小石川後楽園などがそう)を「池泉回遊式庭園」と呼ぶ。ところどころにこれまでの庭の要素がちりばめられており、来園者はその空間を歩きながら楽しむ。ここぞとばかりに言わせていただくが、この様式の庭園こそ、私たちが常々言っている「庭園とはテーマパーク」に当てはまるのである。なぜならこれらの庭園は作庭の際の遊び心が顕著に表れているからだ。六義園には当時の娯楽であった和歌の中で詠まれた88か所の名所が園内に作られ、それぞれのエリアに名が記されているし、東京の清澄庭園では実際の富士山をモデルにした山を造り、園内に再現させている。もっとも驚くのは桂離宮で、そうしたエリアを一気に見せるとワクワク感が失われるという理由から、狭い道から急に視野が開ける感じや、ちらちらと徐々に次の光景が見えてくる感じを建物や植栽を用いて見事に表現しているのである。
他にも庭園には、造られた時代で分けるやり方、信仰する宗教で分けるやり方などその分類方法は多数あると考えられる。なんでも庭園は、時代は異なれど、そもそもは私たちと同じ人間が自由な発想で生み出した創作物なのである。そう簡単に体系できるはずはなく、私たちもできるだけ様々な角度から庭園鑑賞ができればいいなと感じている。

浜離宮恩賜庭園

ところで、なぜこんなにも長々と日本庭園の様式の話をしたのか?その理由を言うのを忘れていた。それは、今回訪れた浜離宮恩賜庭園のおもしろさをより理解してもらいたいと思ったからである。浜離宮恩賜庭園は先ほどの分類でいうと池泉回遊式庭園だ。だが、ここは一般的な池泉回遊式庭園とは少し趣を異にする。先に言ってしまうと、浜離宮恩賜庭園は、海から直接、池に海水を引き込んだ「潮入庭園」なのである。普通、池泉回遊式庭園の池の水は川から引っぱってくる。そのため潮入庭園は、海の近くに位置するからこそ成り立つ様式なのであり、日本には東京湾に面した浜離宮恩賜庭園と、和歌山県の大浦湾に面した養翠園の2か所だけだそうだ。
というわけで、まずは潮入庭園の特徴、つまり潮入でない庭園では絶対に見られないここだけの特別な演出をご覧いただきたい。すなわち潮の満ち引きで池の水位が変わる演出である。

潮が満ち引きした証拠。鳥がいる

また、私たちが池の周りを歩いていると、しきりに「ザバーン、ザバーン」と水面から大きな音が聞こえた。何の音か?じっと次のザバーンの機会をうかがっていると、間もなく、「ザバーン!」と水面から何かが飛び出した。飛び出したのは、想像していたよりも遥かに大きな魚であり、その魚は飛び出した場所とはかなり離れた場所へと大きくダイブした。後に、園内の看板でその魚が海辺で見られるボラだということがわかったのだが、初め見た時は私たちもかなり仰天した。しかし、あまりにも何度も聞こえるザバーンに、私たちも徐々に目をくれることなくなり、両サイドの池でボラがピョンピョンと飛び跳ねる中、私たちは日本庭園特有のジグザグの橋(私たちはクランク橋と呼んでいる)を渡るという、私たちの日本庭園の常識では考えられないような異様な体験をしたのであった。

クランク橋

さらに、この浜離宮恩賜庭園の東京湾側の光景もこれまた異様であった。まずは、庭園から海に近づくと見えるクロマツとクロマツの間に停泊した船の写真をご覧いただきたい。

完全に海の船である

あたりまえだが、私たちがこれまで訪れた日本庭園の中で、小型の川舟ならまだしも、このような海仕様のガチの船を見たことは一度もない。日本庭園に突如として現れた港に停泊する船。この光景を私たちは浜離宮恩賜庭園というテーマパークに存在する港町エリア、と考えることにした。すると、さっきまでいた場所とは違う感覚、まさに「異世界感」を感じることができ、よりこの空間を楽しむことができたのだった。海と一体となったテーマパーク、浜離宮恩賜庭園。私たちはずっと薄々感じていたことであるが、これはもう現代で言うところの東京ディズニーシーに他ならないのである。この港町エリアはアメリカンウォーターフロントエリアであり、停泊していた船はS.S.コロンビア号だ。おまけに、浜離宮恩賜庭園には富士見山と呼ばれる庭園すべてを見下ろせる大きな山がある。これがプロメテウス火山だ。少し無理やりすぎるだろうか。いや、もうこの際、ウォルト・ディズニーの言葉の通り想像力を膨らませよう!周囲を囲む高層ビルはタワーオブテラーである。

海水の取り入れ口
潮入の池
富士見山からの景色

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?