5/9日記

 働くのがしんどかった。
 この場だけで信じられている社会、ほとんど私の先輩と私のみの、限定された価値観を絶対的な社会のように錯覚していた。どうにかしてこの場に縋り付きたいというおもいと、転がるように、飽きるように、手放す衝動が両極になってわたしを引っ張った結果、甘美な憂鬱が勝利し、私は早退した。
 最近は時間の過ぎ方が異常に遅い。怒られたことも鬱が見せた被害妄想かと思ったが、多分しっかり怒られていた。というか苛立ちを隠さず当たられるのは辛かった。怠慢に見えるのは仕方がない、は卑怯なのだろうか。耳鳴りで、ぐわんと遠のく。幻想、理想的な、優しい世界が。礼節を欠くらしいあたしを、今指摘するのがなにか彼女の道理に合っている。誇らしげにその人生観を語られ、もうあたしは限界なのかも、とおもう。
 ややあって、ごぽりと怒りの溶岩がうごく。まずい。ここで喧嘩しても消耗するだけ。分かっている。一気に体温があがる。分かっている。最悪このまま辞めることになる。
 口をひらきかけて、やめた。彼女の正義は、彼女だけのものだと思うと、少し落ち着いた。そんな余裕もないのに。
 わたしは反省の言葉を吐き、少し泣いた。泣いたらその場を凌げるのでは、という直感は小学校で身についた。そのあとこの女の人は泣く女をあまり好きではない気がしたから、泣くのはやめた。あたしは悲劇的な演出をしている自分が好きなだけだと気づいて、いつも被膜のように付きまとう恥を思い出した。けど、その後も彼女の好みではないだろうドラマに、ずっと縋っていた。歯車が噛み合わない違和感。煙草休憩を貰い、呆然とした。泣きはしなかった。昨日あんなに止まらなかった涙が。ただ腹を下しほとんど胃液の酒と、彼女の買ってくれたポテトを吐いた。
 吐いた勢いにまかせて早退した。
 

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