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【#0から保育】 第1回 私が保育士資格をとったわけ

連載説明

ー20代の高揚と焦燥

私は現在24歳。俳優、文筆家、映像作家として活動をしている。一般的には社会人3年目に入ろうという年頃で、周りの友達と同じように仕事や、人生や、過去・現在・未来について、あれこれ思い悩みながら日々を過ごしている。

20代は楽しい。ある程度の教養や経済力を手に入れて、いよいよ「自分で自分の人生を歩み始めるぞ」というワクワクや、「失敗するなら今のうち」というハラハラ、僅かに残された自分の「可能性」へのドキドキ。まだまだ知りたいことややりたいことや出会いたい人がたくさん在って、人生これからという気持ちが背中を押す。

一方で、20代は苦しい。税金や年金を払って暮らしを立てながら、嫌でも自覚しなければならなくなった大人としての責任や、働く中で目の当たりにする理想と現実とのギャップ、社会に対するモヤモヤとした憤り、先の見えない将来への不安や焦り。どうにかしたいのにどうにもできないことが日々に溢れ、度々押し潰されそうになる。それでも容赦なく毎日朝が来て、通勤電車が動き出し、目まぐるしく社会が動く。

―初長編監督作と子どもたち

そんなふうに楽しさも苦しさも抱えて20代を駆ける中、2019年の夏に私は初めての長編映画『海辺の金魚』を監督した。児童養護施設で育った主人公・花(18)が大きな選択を迫られる中、自分の人生を歩み出そうとする姿を描いた作品だ。本作は鹿児島県阿久根市で撮影が行われ、主人公以外の施設のキャストとして地元の子どもたちに出演していただいた。演技経験もない2歳から12歳までの子どもたち11人と、地元の保育士さん2人が集い、夏休みを利用して撮影が行われた。

普段子どもと関わる機会がほとんどない中で、突如始まった自然そのもののような子どもたちとの関わりは、とてもエネルギーを使った。そもそも映画制作にはエネルギーが要るが、加えてたくさんの子どもたちと関わり合う日々に、毎日汗を流した。子どもはとにかく元気で、駆け回ってどこかへ行ったり、転んで泣いたり、喧嘩を始めたり、ふざけて収集がつかなくなったり…。あっちで何かが起きればこっちで何かが起こり、一日一日、一分一秒が予想外の連続であった。

しかしそんな予想外な出来事の数々は、映画の世界ひいては私の心を果てしなく広げてくれた。私は彼ら・彼女らのありのままの輝きを拾い集めようと、夢中だった。撮影が終われば、毎晩どっと疲れを背負って布団に倒れ込む。明日はあの子にどんな言葉をかけようか、喧嘩が始まったらどうしようかと頭を悩ませているうちに、朝を迎えてしまう日もある。その疲労すらクセになるくらい、私は子どもたちの放つエネルギーに魅せられていた

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―みんな昔は子どもだった

子どもがそこにいるだけで、大人は優しい顔をする。現場に笑顔が増えて、活気付く。なぜだろう。それは、誰もがかつては子どもだったからなのではないかと思う。大人は子どもの姿を通して、自分の通ってきた道や忘れかけていた感情に触れる。あの頃どんな風に大人を見ていたかを思いながら、言葉や態度を選んで子どもと接する。子どもに手を差し伸べることは、未来を望むことであると同時に過去を省みることでもある

一方で、子どもの方も大人をとてもよく見ている。小手先の対応は簡単に見破るし、真摯に向き合えばその気持ちはちゃんと伝わる。恐ろしいくらい素直に、大人に対して好き嫌いや賛否を表現する。いつか自分たちが歩むかもしれない未来として大人をじっと眺めながら、模倣や反発を繰り返す。

大人と子どもは合わせ鏡のように互いを照らしながら、相互に影響を及ぼし合う。この気づきが、一昨年子どもたちと一夏を過ごしたことで得た一番の衝撃であった。大人から子どもへ、決して一方通行ではない。むしろ子どもの姿に大人がハッとさせられることの方が多いような気さえする。子どもとの関わりは凝り固まった思考や心情をほどき、純粋な感動やささやかな幸福をもたらす。

―大人になるために、子どものことを知りたい

「監督は子ども?それとも大人?」
映画に参加してくれた小学生が、ふと私に尋ねた。私は少し考えて、「子どもかな」と答えた。しかしそれは厳密に言えば、「大人として、出来る限り子どもに近づきたい」という私の願望だった。私はもう子どもではない。これは子どもたちと出会ってすぐに直感した逃れようのない現実だ。もちろん、まだ私の中にも子どもじみた部分や、失いたくない童心があるけれど、本物の子どもたちを前にすればそんなの嘘っぱちだ。子どもたちの素の輝きには、もうどんなに手を伸ばしても届かない。

それでも出来る限り子どもたちの見ている世界を知りたい、子どもたちの感性に触れたい、せめて望ましい大人で在るために。『海辺の金魚』を撮ってから、そう思うようになった。20代の荒波を渡りきり、これからを豊かに生きていくためのヒントが、子どもたちとの関わりの中にあるような気がした。最も守られるべき小さく尊い存在が当たり前に守られる世の中であるために、まずは私自身がそういう大人になりたい。

「せかいじゅうのこどもたちが いちどにわらったら そらもわらうだろう ラララ うみもわらうだろう」
幼い頃そんな歌を歌ったが、この歌詞は本当だと思う。全ての子どもたちが笑えるような世の中であれば、それを囲む大人も街も社会も、きっと平安に包まれる。そういう豊かさの源泉のようなものを、子どもは潜在的に持っている

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―第一歩としての保育士資格

大人になると、子どもに関する職に就くか出産を経験するか以外では、子どもと関わる機会はほとんどなくなる。プライバシーやモラルを守ることが強く求められる現代社会において、子どもと大人を遮断する壁はますます分厚い。そうして街も、制度も、教育も、たいていは大人の都合で作られていく。そのような社会で「良い子」に育つことを求められた子どもたちは、「都合の良い子」へと成長を遂げる。

私は子どもと深く関わる仕事をしているわけでも、出産を経験しているわけでもない。ただの社会に出て間もない20代だ。それでも映画制作を通して子どもたちと向き合ったことで、同じ社会に生きる子どもという存在のかけがえのなさを実感した。かつての子どもとして、そしてこれからの子どもを支える大人として、子どもの豊かさを守りたいと思うようになった。

私に一体何が出来るのか。思いを巡らすうちに自粛期間を迎え、たっぷりできた時間的余裕に背中を押されて保育士資格を取得した。役者業で子役と関わるときや、映画で子どもを描くとき、また今後日常生活で子どもと関わる機会があったときにも、何か少しでも役立つ知識がつくかもしれない。子どもの心理学や保育の歴史、子どもに関する法律などを学びながら、私は一層児童福祉の世界に引き込まれていった。

―子どものことを学びながら、発信したい

資格の勉強を進める一方で、身近な保育士さんたちの姿を思い返していた。私の周りには保育の関係者が多い。例えば、『海辺の金魚』で協力してくださった保育士さんたち。映画のスタッフが慣れない子どもたちとの関わりにあたふたする中で、プロの関わり方を見せてくださった。いつも子どもの視点に寄り添いながら、的確に健康や安全に配慮し、複数人の子どもたちを同時に見守る。保育士は本当に大変で、格好良くて、尊い仕事だと間近で見て思った。

身近な友達も、何人か子どもに関わる仕事をしている。彼女たちの子どもを大切に思う気持ちを尊敬しつつ、度々聞かされる保育の世界の実情に心が痛くなる。これだけ必要とされていて、専門知識や体力が必要で、子どもの生涯に関わるかけがえのない仕事なのに、それに見合う労働環境があまりにも整っていない。やりがいや思いがあってもそれだけでは続けられない現実を、身近な人たちの姿を見ているだけでも強く感じる。

今、子どもを取り巻く世界がどういう状況にあるのか。少子化や待機児童問題、子どもに関わる事件等が取り沙汰される中、保育の現場で実際に何が起きているのか。私は20代の等身大の視点で真摯に学びながら、同時にそれを発信していきたいと思うようになった。僅かに培ってきた執筆の力や、身近な保育関係者との関わりを、ほんの少しでも子どもたちのことに活かしたい。

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―0からという思い

そういう思いで、私はこの「0から保育」という連載を立ち上げた。このタイトルには、2つの意味を込めている。ひとつは、前述したとおり社会に生きるいち大人として、子どもたちのことを0から真摯に学びたいという思い。そしてもうひとつは、私自身が0歳の頃から受けてきた保育の恩恵に対して、発信していくことで恩返しがしたいという思いだ。

保育のことを知れば知るほど、その尊さと重要性が身に染みる。コロナ禍で要不要に分別された世の中においても、保育は当然必要不可欠なものとして動き続けていた。社会に子どもたちが存在する限り、保育はその豊かさを守るべく、より良い形で機能しなければならない。

〈保育所保育指針〉では、「子どもが現在を最も良く生き、望ましい未来をつくり出す力の基礎を培う」という保育の目標が定められている。子どもがそういった力の基礎を培うことができれば、大人もまた現在を良く生き、望ましい未来をつくりだしていけるのだと思う。誰もがかつての子どもであり、それらが成長した結果の集合体が社会なのだから。長い目で見て子どもの豊かさを守り育むことは、それを囲む大人ひいては社会全体をより良くすることにきっと繋がる

まだ始まったばかりで、どこまでどんなことができるかわかりきらないが、20代の高揚と焦燥を抱えながらも、自分の信じたことをやってみようと思う。


次回は『海辺の金魚』でもお世話になった、阿久根めぐみこども園の園長・副園長さんの取材記事をお届けします!

 

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