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『タッチ』レポート〜小川紗良は浅倉南を…〜

私は甲子園をまともに見たことがないし、野球のルールすらろくにわからない。
ずっと文化系のコミュニティで生きてきて、体育会系の世界に縁もゆかりもない。
それでも、『タッチ』には特別な思い入れがある

大学を卒業し、一人暮らしを始めた去年の夏。
期待と不安で揺れる日々を支えてくれていたのが、アマプラで配信されていたアニメ『タッチ』だった。
最初は本当に何気なく見始めたものの、食事をしながら、家具を組み立てながら、寝る前に…と見続けるうちに『タッチ』とともに汗と涙を流し、アツい夏を過ごしている私がいた

あれから1年。
すっかり一人暮らしには慣れたが、去年とはまた違う夏が来た。
長引いた梅雨、容赦のない猛暑、そして世界中を揺るがす感染病…。
漠然とした不安の中で、再び『タッチ』は私の心を湧かせた。

中止となった第92回選抜高等学校野球大会(夏の甲子園)に代わって開催された、2020年甲子園高校野球交流試合
その開催期間に合わせて、漫画アプリ「サンデーうぇぶり」にて高校球児たちの青春を描いた国民的漫画『タッチ』全257話が無料開放されたのだ。
題して「あだち充夏祭り」。
なんて粋な祭だろう…。

8日間で257話。
単純計算で1日に32話ほど読まなければならない。
中々の試練ではあったが、2020年、このアツすぎる祭に乗らないわけにはいかなかった。
こうして私は仕事の合間や移動時間を全て『タッチ』に費やし、変わり果てた夏に変わらぬ熱を灯したのであった。

それにしても…当然だが今になって『タッチ』に熱中している友達などいない。
去年アニメを見ていた時も、話せる人といえば撮影スタッフのおじさんくらいで、リアルタイムでこの気持ちを共有できる人が全然周りにいない。
ということで、やり場のない私の『タッチ』への想いをここに綴っていく。

◉私の好きな『タッチ』ベスト3

「上杉達也は浅倉南を愛しています」「リンゴです」など、言わずと知れた名台詞・名場面で溢れる『タッチ』だが、中でも私の好きなシーンをめちゃくちゃ悩んで3つ選んだので紹介する。

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ある日、勉強部屋(上杉家と浅倉家の間に建てられた小屋)にて南の日記帳を発見するタッちゃん。
中身を見ようか見まいかと腕組みしていると、日記帳を忘れたことに気づいた南が戻ってくる。
「みたなァ!」と慌てる南にタッちゃんは「読んでねぇよ」と答えるが、結局南はタッちゃんを疑ったまま、タッちゃんは日記の中身が気になってしかたがないまま、夜が明ける。

次の日の昼休み、学校の屋上にタッちゃんを呼び出す南。

達「なんだよ?」
南「ほんとうの気持ちよ」
達「あん?」
南「日記に書いてあったこと」
達「え?なにが?」
南「好きだったの…ずっとタッちゃんのことを」
達「え?」

突然の告白に動揺するタッちゃん。
思わず咥えていた箸も地面に落とす。
すると、それまでずっと背を向けていた南がくるりと振り返り、タッちゃんを指差してこう言うのだ。

「読んでない!」

キョトンとするタッちゃんをよそに、安心した南はそのままお弁当を食べに教室へ戻ってしまう。
さっきの告白はなんだったのか?
結局日記帳には何が書いてあったのか??
様々な謎を残したままこのエピソードは終わる。

日記帳ひとつでこんなにもドキドキワクワクしてしまう、これぞあだち充マジック。
残された謎の余韻がたまらない、南のあざとさ満載のエピソードだ。

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カッちゃんを亡くし、弟の代わりに明青学園野球部のエースを引き継ぐタッちゃん。
高2の夏、甲子園予選に挑むも2回戦敗退。
初めて味わう悔しさの中、野球への熱も、南への想いも、徐々に高まっていく。

そんなある日、何気なく川原で足を止めるタッちゃんと南。
夕陽に染まる川を眺めながら、ずっと昔タッちゃんとカッちゃんと南の3人でここで遊んだときのことを思い出す。

達「なに考えてた?」
南「タッちゃんと同じよ。たぶん…」
達「現在の世界情勢か」
南「うん」

カッちゃん亡き今、もうあの頃の3人はいない。
その悲しみと向き合いながらも、前に進もうとする2人。
そんな最中「世界情勢か」とわざとボケてみせるタッちゃんの優しさと、それに乗ってあげる南のあたたかさ、そして言葉にせずとも同じ気持ちを共有できる2人の関係性が感じられる場面だ。

「がんばって生きるんだ!わたしたちはカッちゃんがこの世に生きていたという証なんだから」

そう言って2人は夕焼けの中を真っ直ぐ歩いて帰っていく。

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高3の夏、ようやくたどり着いた甲子園予選決勝。
夢の甲子園まで、あとひとつ。
8回裏、同点の状態をどうにか死守したい場面で、相手校・須見工のエース新田の打順を迎える。

本来ならば敬遠(わざと四球を与えて強いバッターを1塁に歩かせる)すべき場面だが、タッちゃんはここでも真っ向勝負に出て会場をどよめかせる。
結局新田にホームランを打たれ、再び須見工にリードされた状態で9回表を迎える。

ベンチへ戻ったタッちゃんに、鬼監督・柏葉が声をかける。

柏「おい、バカ」
達「あ、よびました?」
柏「なぜ新田と勝負した」
達「野球だから」

挑んだ理由が「野球だから」って、シンプルにめちゃくちゃかっこいい…。
普段はちゃらんぽらんを演じてるのに、時々さらっとこういうことが言えてしまうところがタッちゃんのたまらない魅力だ。

もうただのカッちゃんの代わりじゃない。
野球を真っ向から愛する紛れもない上杉達也が、自分の足でマウンドに立っている。

◉最高の脇役たち

タッちゃんカッちゃん南、幼なじみ3人組の関係性が面白いのはもちろんだが、『タッチ』の魅力は脇役にこそある
中でも私の大好きな登場人物を3人紹介する。

①新田由加

ゆかちゃん!!!
私が一番好きなキャラクターだ。

ゆかちゃんはタッちゃんの最大のライバルである須見工のエース・新田明男の妹でありながら、タッちゃんに恋心を抱いて明青学園に入学し野球部のマネージャーを務める。
お兄ちゃんも好きだけどタッちゃんも好き、という欲張りな心境でグラウンドを見つめる。

プールから上がる際に手を差し伸べてくる男たちがいれば、彼らをプールに引きずり落として、

「女の力でプールに落ちるような男のやさしさなんて、迷惑なだけだわ」

なんて言っちゃうような子だ。

タッちゃんを巡っては南と争い合うわけだが…。
なんてったって相手は美貌も頭脳も運動神経も性格の良さも、全てを兼ね揃えたみんなの憧れ、南ちゃんだ。
大してゆかちゃんは、男勝りで荒っぽく、意地っ張りで素直じゃない。
とにかく不器用で、何をやっても空回りだ。

それでもゆかちゃんはいつでも自分の思いにまっすぐで、不器用ながらも努力家だ。
合宿中の夕飯をうまく作れなくて夜な夜な練習したり、足を痛めているのを隠して無理してタッちゃんとデートしたり。
気が強いから、努力を他人に見せようとしないところも愛おしい。

南とタッちゃんの長年の絆を前にしても怖じけず、はちゃめちゃでも挑み続けるゆかちゃんを私は全力で応援している。

②佐々木くん

そんなゆかちゃんに密かに想いを寄せるのがこの男、佐々木くん。
明青学園野球部の部員でありながら、「佐々木くん」と下の名前もわからないくらいの控えめな男の子だ。

「人並みにキャッチボールができるようになりたい」と言う理由で入部して野球に対する思い入れもないし、普段は学級委員長で成績も優秀だが運動神経はほとんどない。
それでも、ゆかちゃんが好きという想いだけで鬼監督の猛特訓に耐えた、実は強靭な精神の持ち主である。

ゆかちゃんに対する想いの強さは半ば狂気的で、ゆかちゃんの料理特訓も陰で支え続けるし、時にはゆかちゃんを尾行して危険な目に遭わないよう見守る。
しかしその狂気の甲斐あって、ゆかちゃんが通り魔に遭遇した際すかさず身を投げ出し、自分の腕を負傷しながらもゆかちゃんを庇う。
普段は頼りないのにいざと言う時の男気がすごいのだ。

「やればできるんですよね、ぼくだって!人を好きになるって、すばらしいことなんですね!」

こうして自分に自信を持った佐々木くんは、さらに野球部に貢献しようと励み、プレーでは活躍できないものの頭脳を活かして相手校のデータを徹底解析する。
そしてそのデータが甲子園予選決勝で相手校の攻略に貢献し、チームを甲子園に導いたのだ。
ハリーポッター最終章でネビル・ロングボトムが大活躍した時のような快感…。

佐々木くんが佐々木くんのまま、佐々木くんらしいやり方で戦い抜いたことが心底嬉しい。

③原田正平

タッちゃんの同級生でボクシング部に所属する原田。
常に仏頂面で何を考えているかわからず、高校生とは思えぬ立派な体つきでみんなに恐れられているが、実は繊細で優しい心の持ち主だ。

あまり感情を表に出さないが人のことをよく見ており、大事な時に大事なことを言ってくれるのはいつも原田だ。

「弟を応援するのは野球だけにしとけよ」
「自分の夢を叶えてくれた男を、女はどうするんだろうな」
「舞台に上がれ、上杉!このままじゃ浅倉はどっちも選べねえ」
「おれがいいたいのは、あいつは上杉達也だってことだ!甲子園いくなら上杉達也でいけってんだ!今さら上杉和也がいったってしょうがねえだろ!」
「バカなことをいうな!なんでもかんでも死んだ男のせいにされちゃ、流す汗の意味がなくなるぜ」

たいていの名言は原田の口から出る
ボクシング部という一歩引いた距離だからこそ、そして本当は原田も南に想いを寄せているからこそ、投げかけることができる言葉たちだ。

アルプススタンドで口をへの字に曲げながら、心はいつも燃えている。

◉浅倉南

「ミナミは小さな巨人です」

そう言って左右のほっぺに人差し指を当て、にっこり笑ってみせる浅倉南に、私はなることができない。
そもそも彼女ほどの身体能力や器用さを持ち合わせていないし、完璧に見えてちゃんと隙や無防備さまで兼ね揃えているあたり、もうお手上げだ。

思えばいつの時代も、学年にひとりは浅倉南がいた。
私だって少しはモテたし勉強もできたけど、浅倉南には到底及ばない。
しかも浅倉南は私のような者にも分け隔てなく手を差し伸べ微笑みかけるから、へたに憎むこともできない。
私はただ憧憬と羨望の間の眼差しで、浅倉南を見つめることしかできなかった。

『タッチ』を読み進めるうちに、今までの人生で出会った数々の浅倉南たちが蘇り一体化して、まさに「小さな巨人」となって私の胸に押し寄せた。
私は浅倉南が大好きだ。
大好きだけど大嫌いだ。
彼女が私に差し伸べる手を掴んで離したくない一方で、突っぱねたくて仕方がない。
彼女を目の前にすると、私はたちまち大きな小人になってしまう。

「上杉達也は浅倉南を愛しています。世界中の誰よりも」

タッちゃんみたいに浅倉南へのはっきりとした気持ちがあったなら、どんなに楽だろうか。
浅倉南みたいに自分の夢を誰かに託せたなら、どんなに幸せだろうか。
小川紗良は浅倉南を………。
この先の感情にふさわしい言葉を、私は未だ持たない。

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