コミュニケーションと賢いギャル(架空)

コロナ禍初の新入社員が研修を終えて群れに参加した。
歓迎する。よく来た。
オガワはテレワークなので明日職場に行ったらしばらく会わないが。

歓迎会で上司と話した。
なんか2年くらい働いているが初めてちゃんと上司と話した。
面白い人であった。ただ、体感としてまだ仲間を持つことが至高と思っている節がある。
仲間はな〜!奇跡のたまものなのだ。

オガワは今年初めて仲間がいないことを実感して、ただべつにそれが悪いことではないと知った。
後出しだが、この記事では同じ世界を見ている人のことを仲間と定義しておく。
そんな人は本当の意味では存在しない。

だからこそ、違う世界の人ながらもオガワの意見を否定しない人はありがたいのだ。
きっとその人はオガワの言ってることが分からないのに…ありがとう…

勉強すると世界が拡張する。
これはしかし、ある程度拡張した人とそうでない人が一緒に話して初めて、拡張した人だけが観測することができる現象で、
1コミュニケーションの中で25%の人しか体感できない。

アニメを作っているとよくわかる。
上司も『ハケンアニメ』を見ると良い。
新米監督が違う世界を持った人たちにゴロゴロ揉まれて綺麗な石になるので。

コミュニケーションが異様に上手いのがアメリカ人である。
当たり前だ、言語を見ればわかるじゃないか。
英語話者がこの世に何億人あると思っておる。

あのひとたちは、「話の通じない他者」に対して寛容であり、執着せず、必要であれば努力を惜しまない。
だから異様にコミュニケーションがうまく見える。
文化的にコミュニケーションに甘えが無い。

対して日本、ことコミュニケーションにおいてあまあまのあまちゃんである。
察してくれて当たり前、察してあげて当たり前!
そこに上下関係が乗りまくる。
海外にだって上下関係はあるが、共に働く仲間の中では言語は上下を区別しない。(BtoCはこの限りではない。英語にも丁寧語は存在する)
それが日本はできない。上司は言いたいことの半分しか話せず(甘やかされたコミュニケーションのため)、部下は経験不足で全てを察する事はできず、チームであることが生産性を落とす。
三人よれば文殊の知恵っつーのは、3人が3人とも対等じゃないと意味がないんだわ。

オガワは常々、「クソ賢いギャルが日本を救う」と考えている。
コミュニケーションにおいて唯一不動の地位を築いているのがギャルなので。
あの、17〜22,3の華やかな女性はさらに、コミュニケーションを訓練してきたコミュ力戦士である。
しかも華やかで若い女性!ことコミュニケーションにおいてかなり有利に働く。残念ながら。
考えてみてくれ、

スーツ着た町工場の社長、56歳のおじさん(嫁と、子供2人いたけどもう手がかからなくなって5年弱。今の家をバリアフリーにしたいけどそれやるとちょっと老後の資金が減るな〜と思っている)がいて、
2人の人間がタメ口で話しかける。
22歳で就職したけど入社式の前日まで金髪で、慌てて黒染めしたけども〜忙しすぎてかなり茶色く抜けてきてしまった髪でやっぱりつけまはやめられなくて、それに合わせてスーツもメイクも若干派手めな新入社員のギャルと、
22歳のこいつもまた割と遊んでたけど就活の頃から黒染めしててもうほぼ地毛で清潔感はあるけどちゃんとワックスで前髪を上げてるスーツの男性新入社員(眉毛は整えてない)だ。
2人とも同じ事を言う。
「ここ、駅前で人通りも多いから自販機契約したら儲かるよ!」…

「男がタメ口じゃなかったら絶対勝つって言えるのにな…」てならん?
これが敬語の恐ろしさで、アメリカにはない恐ろしさ。またギャルのポテンシャルの高さでもある。日本のギャルは英語がバリバリ使えるだけで無双できる。すでにバケモンコミュ力なので。


ま〜でもコミュニケーションを頑張ってきた人間は、それが自分に有益だったから鍛えただけでその有用性を理解していないし、コミュニケーションを学んでこなかった技術系が怠けているように見えてあまり好きじゃない。
これが確執。「オタクに優しいギャル」は"だから"存在しないのだ。

あとほんとにコミュニケーションを頑張ってきたから勉強してなくて「クソ賢い」がクリアできない。英語もバリバリではない。
頭いいやつはコミュニケーション訓練を実践せず家で机にしがみついて勉強しててさ…

うーんでもこれも日本だけのような気がする。
そうでないとならない、みたいな?

どっちもできる人はそれこそ海外にはゴマンといるが、日本では…東大に行ってんのかな…オガワの知り合いにはいないね。

生産性の面においてはかなり悪い笑

ま、お国柄なのでこれからもコミュ強のアメリカに搾取し続けられるだろう。
チャンチャン♪