『アンリの靴』

オガワは靴屋の本が好き。
『赤のテアトル』と『IPPO』は棺桶に入れてほしい。

『アンリの靴』は1巻だけ入れてほしい。

1巻は悪くなかったのだが、2巻がよくなかった。

しかし好きな題材の話のはずなのに、なぜ面白くなかったかは検証しておかねばならない。

『アンリの靴』はコミックハルタから出ている漫画で、本書が作者の初連載作品となる。
見たことあるのは『ハクメイとミコチ』とか『ホテル・メッツァぺウラへようこそ』とか。

シナリオ的に、物語には2本の話が通っていなければならないと言われている。『IPPO』は父親との確執が全5巻の中に通っていて、1話ごとに「靴屋として客に満足してもらえるか」などの障害が起きる。

これは結局、お仕事ものではないが『赤のテアトル』でも同じで、「ふたりがくっつくかどうか」がシナリオの根幹に流れているが、1話ごとに「アバルキン社を立て直すための障害」がおこる。

『アンリの靴』はこの2本の柱が存在しないか、弱い。
唯一、兄との確執が表面化したのが1巻の最後の方だったのだが、それも1話で解決してしまった。
多分これが一番大きいと思う。1巻の終わりに「シナリオの2本柱」が崩れてしまったので、2巻が面白くない。

あと、1話目でお金をもらわなかっただろう。あれも2巻をつまらなくする。
身寄りのない、女性で、義肢の靴職人が、猫を飼っていて、いちご飴で白ごはんを食べるほど金が無く、「まあいいか」という顔をしている。
という設定に違和感を感じる。
そんな状態でも店を開きたくて、ひとりで店を切り盛りしている方が、無料で仕事をするだろうか?

上の、家族との確執の話にも通ずるが、まあいいかという顔をしている以上は、両親や叔父との確執も無いことが1話目で担保されてしまっている。
1話のタイミングではまだ叔父の生死が明かされていないので、確執材料としては上手く使えたようにも感じるのだが、いかんせん1話目で選択肢が潰されているのでもったいなく感じる。

もうひとつ。1巻の途中で、裁断職人に怒鳴られるだろう。
それで心底困って、マダムに相談したら、裁断職人に全てのヘイトを溜めるわけだが、なんの事はない。
「自分の仕事をいちご飴1個で提供してしまう自信の無さ」を見抜かれ舐められただけ。
しかし自分の仕事に対して自信のないことを嗜められない。優しい世界かもしれないが、主人公は成長しない。
佐藤さんに励ましてもらってはいるものの、方法論としてはアンリのような若い職人が真似できる方法ではない。

で、2巻も大体舐められているエピというか、オーダー靴をトンデモ短納期で注文した挙句、キャンセルされるとか、テレビ局に企画の構成を無断で変えられて弱者の不幸話にされるとか…
1話目でたとえ子供であろうと絶対に適切な対価を取るだけのプライドが無いキャラだから、自動的に物語もそっちの方に寄っていく。
少女から無理にお金を取れないのであれば、親に連絡してくれと言い、「子供が勝手に頼んだことなのに!」と親がブチギレながらお金を置いていくくらいで良かったのではないかと思う。

お仕事ものなのに、1話目で主人公の仕事に対するプライドの所在がわからなくなってしまったので、他の「靴屋としての障壁」に出会った時、「まあ1話目で無料で仕事してたしな…」と自信の無さが担保されてしまい、問題に対して本人がどう乗り越えるかではなく、仕事中の理不尽さをどう受け流すかを描く話が多くなってしまった。
恐らくそういうところでは成長してるのだとは思うが、主人公の技術的な挑戦や、交渉力の成長過程を見たいオガワの期待する場面は書けていない(というか現実でこの手の理不尽や人間関係の悪化を体験しているので、それに打開策が無いという話は悲しくて金払ってまで読みたくない…)。

今思いつくだけだとこのくらい。
え〜やはり大枠の問題はシナリオの2本柱が崩れたことであって、無料仕事で担保されたプライドの無さの問題視はオガワの「職人」の好みかなあ…。
でもどうしても「靴づくりで飯を食うぞ!」と覚悟した人間に見えなくて安心して読めない。
他はおおむね良かったと思う。絵も丁寧だし、コマ割も申し分ない。1巻まで問題なく読めていたのもそのためだろう。
しかして作者、「失ったものは戻らない」ということの美しさを描くことで右に出るものは少ないので、死者の魂を彼岸に渡している船乗りの話でも描くといい。主人公は記憶喪失で、自分の過去との対峙を軸に、1話ごとに死んだ人を送る仕事における障壁を描けばいい。
ガンで夫を亡くした女性の話と、トラの兄貴の話は最高だった。
アホほど泣いた。