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「せーの」で息を止める

感染を抑えるために、社会全体で「せーの」で息を止める試み。

上手くやればきっと何らかの効果はあるだろう。でも、人間と同じで社会全体もずっと息を止めてたら死んでしまうから、「せーの」をいつにするかはとても難しい判断だ。早すぎても遅すぎてもだめなのだ。

「せーの」をどのくらい強制するかも難しい。比較的息を長く止めていられる人もいればそうでない人もいる。お客さんが来なくてまじでやばいというお店、急に休校と言われても共働きで詰んでしまうよという家庭、人生の一大イベントが流れてしまった人、「せーの」で息を止めることに伴う痛みは、重症化する人を減らせる効果に果たして見合うか。(見合って欲しい。)

大袈裟でやり過ぎなのかもしれないし、今やらないと後でもっと大変になるのかもしれない。いや本当はもっと思い切ったことをやらないといけないのかもしれない。

こうなる前にもっと上手くやれたのかもしれないし、これでもまだ上手くやれてる方なのかもしれない。

本当に難しい舵取りだと思う。

ただ、難しい問題だからといってそれぞれの意見や行動を慎むべきとも思わない。ピリピリしてる人も、のほほんとしてる人も、理性的な論理を展開する人も、感情的に行動する人も、怒りも不安も、悲観も楽観も、肯定も否定も、当事者として色々あって当然だ。日々状況が変わったり新たなことがわかるのだから、180度意見が変わるのだってありだと思う。

一即全、全即一。当事者視点と全体視点を同時に持つことは本当に難しいなあと、トイレットペーパーの残りを気にしながら思う週末。

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デザインエンジニア / Takramディレクター / 東京大学工学部卒、IAMAS、LEADING EDGE DESIGNを経てTakramに参加。ソフトウェア、ハードウェアを問わず、デザイン、エンジニアリング、アート、サイエンスまで幅広く領域横断的な活動を行っています。

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