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非日常を日常にする。日常を非日常にする。

今年の夏は家族を連れて1ヶ月間ロンドンで過ごしていた。小学生の娘と息子にとっては人生初めての海外旅行でもある。AirBnBでサウスロンドンの一軒家を借り、大英博物館やタワーブリッジといった観光名所巡りだけでなく、子どもたちと近くの大きな公園に通ったり、ロンドンでしかできない自由研究を一緒に考えてみたり、足を伸ばして郊外の小さな街へ小旅行をしたり、またTakram Londonへ毎日出勤する週もあったりと、いつもの夏休みとは違う貴重な経験になった。

ニセコのこと

「いつもの夏休みとは違う」とは言いつつ、実はここのところ毎年夏の1ヶ月は東京では過ごしていない。いつもの行き先は北海道のニセコだ。もちろん避暑という目的もあるが、東京を離れ、普段無意識に染み付いてしまった「東京暮らしの当たり前」をリセットするのだ。そういう意味では、毎年のそれがニセコではなくロンドンになっただけと言えなくもない。

そもそも毎年ニセコに長期滞在するようになったきっかけは東日本大震災である。その年の夏が近づいた東京は、被災地とは比べ物にならないまでも、時折やってくる余震、情報が錯綜する放射能や食の安全の話題、計画停電のニュースなど、色々な意味でまだまだ混乱していた。そんな中、ニセコの観光協会が「リゾートオフィスプロジェクト」なるものを立ち上げているのをSNSで知る。当時から冬のリゾート地として海外から注目され始めていたニセコだったが、夏は閑散期で外国人向けのコンドミニアムが空いており、混乱する首都圏を避けてニセコでリモートワークしませんかと呼びかけるキャンペーンだったのだ。当時ちょうど独立して自分の会社を作り、ひとりで仕事をし始めたばかりだった私は、8月の1ヶ月をニセコで過ごす事にしてみた。

実際に夏をニセコで過ごしてみると、東京での震災後の混乱をある意味日常として受け入れて日々を過ごしていたつもりだったが、無意識のうちに肩に力が入っている状態だったことを思い知らされた。少しの揺れに身構えたり、スーパーでなんとなく産地が気になったり、停電の予定をチェックしたりと、子どもたちがまだ1歳と3歳だったことも大きいが、普段通りの生活をしているようでいて、ずっと気持ちが休まっていなかったのだ。それは一定期間東京から物理的に離れてみなければわからない感覚だった。

ベーグルとメロンとはちみつ

もう一つニセコに通い続けている理由は人との出会いだ。その中でもSEED BAGELという小さなベーグル屋さんを営む平野大輔さんとの出会いは大きい。はじめは只々ベーグルが美味しくて(本人は謙遜するが海外からリゾートに来る人たちも世界一と絶賛するほどだ。ニセコを訪れる際には是非食べてみて欲しい。)毎日のように通っていたのだが、話をしていくうちに、ちょうどその震災の年にカフェを始めたことや、同い年の子どもがいること、そして何よりオーナー平野さんの人懐っこい魅力に惹かれて、気づくと東京でのイベント出店を手伝ったり、夏だけでなく冬も訪れるようになったり、ニセコにいる間は毎日のように一緒に遊んだりと家族ぐるみで過ごすようになった。(ちなみに今年はニセコに行く代わりに平野ファミリーがロンドンへ遊びに来てくれた。)

ちなみに、数年前からはカフェの近くでメロン栽培とミツバチの養蜂を中心にした THE BEE AND THE FARMという農園もスタートし、Takramでもロゴなどブランディングのお手伝いを(そして、夏のニセコではメロンの収穫や出荷のお手伝いも)させてもらっている。人間中心ではなく、メロンをはじめとする果樹の交配に欠かせないミツバチたちを主役にした農園、というコンセプトだ。

非日常を日常にする。日常を非日常にする。

さて、ロンドンの話をし始めたつもりがすっかりニセコの話になってしまったが、いずれにしても、わたしにとって毎年1ヶ月を普段と違う場所で過ごすことは、単なる旅行とは違う意味をもっている。旅行とはそもそも日常を離れて非日常を味わう体験であり、それはそれでとても素晴らしいものだが、個人的に大事にしたいのは、非日常が日常になるくらいの時間をそこで過ごすことだ。例えば、自然豊かな環境に身を置くこと。普段と違う時間の流れの中で予定を立てずに過ごすこと。海外なら、電車の乗り方から横断歩道の渡り方、お店での支払い方まで、いつもと違うルールの中で振る舞うこと。それらすべてがはじめのうちは非日常の体験なのだが、同じ場所で数週間過ごしているとそれがだんだんと日常になっていく。そうすることではじめて東京で暮らす日常が相対化され、日々の「当たり前」に客観的な目を向けることができるのだ。また、それくらいの時間を過ごして東京に戻ってくると、今度は逆に東京の日常が非日常に感じられたりもする。

日常の小さな違和感や、なんとなく無意識に受け入れている「当たり前」を見過ごさずに目を向けることは、クリエイティビティの源泉にもなる。その意味でも、「非日常を日常に、日常を非日常にする」時間の過ごし方は、働き方という視点だけなく、未来を考えるための思考のリセットとしてもとても大事な時間となっている。

いわゆる働き方改革の一環として「サバティカル休暇」の導入も注目を集めているが、半年や一年となると組織としても個人としてもなかなかハードルが高い。一方で、この話をすると現実的に普通の会社ではなかなかそんな風には休みが取れないと言われることも多い。しかし、年間計画として少しまとまった休暇をつくることは本来不可能ではないはずだ。そしてその休暇の過ごし方として、ここもあそこもと欲張らず、同じ場所で「非日常が日常になる」くらいの時間を過ごしてみるのはどうだろうか。


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デザインエンジニア / Takramディレクター / 東京大学工学部卒、IAMAS、LEADING EDGE DESIGNを経てTakramに参加。ソフトウェア、ハードウェアを問わず、デザイン、エンジニアリング、アート、サイエンスまで幅広く領域横断的な活動を行っています。
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