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目覚めるために眠る

人は眠らなければ生きていけない。

先日お会いした医師の稲葉俊郎さんの著書『いのちを呼び覚ますもの』は、「なぜ人は眠らないといけないの?」という子どもの頃から抱いていた疑問が出発点になっているという。

寝る時、人は意識を失っている。周りがどういう状態なのか何も覚えていない。生物学的には極めて無防備で危険な状態だともいえる。(中略)なぜこうしたリスクの高い状態が、毎日周期的に訪れる必要があるのだろう。

稲葉さんは、人は眠る瞬間を自覚出来るのか?という疑問を確かめるため、実際に眠る瞬間を自覚しようと1年近く実験したりもしたそうだ。結局その瞬間を捉えることは出来なかったが、この問いは人は死ぬ瞬間を自覚出来るのかという疑問に通じていることに気づいたという。眠ることはいわば死の体験なのだと。

確かに、私たちは翌朝目覚めることを疑わずに毎日当たり前のように眠りについているが、それはただこれまでの経験からそう信じているに過ぎない。子どもが生まれてまだ小さい時、めちゃくちゃ眠そうなのにそれに抗うようにぎゃあぎゃあと泣く子どもをあやしながら、眠いなら寝りゃあいいのに(早く寝てくれ、、)と思ったものだが、ちゃんとまた起きれるということがまだわからないんだと考えたら、意識が薄れていくというのは確かに怖い体験かもしれない。

このまま意識が薄れて死んでしまうかもしれないという恐怖と、無事に翌朝また目覚められたという安心を繰り返しながら、人は次第に眠りは死ではないことを覚えていく。(そして同時に、人はいつかは必ず本当に死ぬことも覚えていくことになる。)

予測を信じたい脳

予測する脳」でも紹介したように、人は起きている間、目の前のりんごを見るといったどんな些細な瞬間であれ、常に脳の予測と現実を照らし合わせながら生きている。予測が現実と違えば予測モデルを修正するわけだが、その修正はとてもコストがかかることなので、すぐに予測を修正しようとしないで、まずは現実の方を疑ったり、信じたい世界だけを見ようとしてしまうのである。

もちろん、「世界に変えられてしまわないために」でも書いたように、現実を疑うことは創造性にとって大事なことである。ただ一方で、受け入れがたい現実を受け入れる事も時には大切だ。

今まさに、わたしたちはほんの少し前まで予測もできなかった受け入れがたい現実に直面している。見たい世界だけしか見ないようにするのか、新しい現実を受け入れて頭の中のモデルを修正し、新しい世界に対応していくのか、その岐路に立たされているのだと思う。

世界は眠れるか

眠りの話に戻ろう。稲葉さんはこう続ける。

人が治っていくプロセス、心が癒されて元気になっていくプロセスとは何かを自分なりに考えていた時、「眠り」という命がけで無防備な状態こそが、生命という全体性においても極めて大事なことだと気がついた。それは医療においても、芸術においても、極めて重要かつ基礎的な生命の営みであることがひしひしとわかってきたのだ。
「寝れば元気になる」「寝れば嫌なことを忘れる」というとあたりまえのようだが、改めて考えてみると不思議なことでもある。人は寝ることで、一度死んで、また新しい自分に生まれ変わっているのかと思うほど、寝る前と起きたあとの自分が違うと思えることがある。「眠り」の中には、我々が思いも及ばない深い深い生命の知恵が潜んでいるのだ。
私たちの意識活動は、どんな人でも例外なく、「睡眠」と「覚醒」のリズムを繰り返している。起きて、寝る。また起きて、寝る。この周期をリズムのように繰り返し、生きている限り続いていく。それは、意識がある状態と意識がない(無意識)状態とを振り子のように周期的に変動することが、生命の全体性を保つうえで重要だからこそ、こうした営みが生まれた時から初期設定として備えられている。

翻って、人間社会全体を見渡すと、そこにも「睡眠」と「覚醒」のリズムがあるように思う。アメリカのヘッジファンドマネージャー、レイ・ダリオ氏が2015年に発表した「30分でわかる経済の仕組み」というムービーを見ると、人間の営みである経済もまた「睡眠」と「覚醒」の繰り返しと同じようなリズムがあることがわかる。

経済が「覚醒」している(景気がいい)時、人は信じたい未来、もっとよくなる未来を予測して、未来のリターンを前借りして使う。これが投資だ。それは実際に世界を前に進めるが、その予測はいつのまにか期待に代わり、期待は現実から少しずつ乖離していく。これがバブルである。人は予測と現実の乖離にどこかで薄々気づいていても、受け入れがたい現実を受け入れて予測モデルを修正することが難しく、なかなかバブルを止めることができない。そして、その乖離が何かをきっかけに露呈するタイミングが訪れ、波は大きく反転する。このような景気と不景気の小さなリズムを繰り返しながら世界は進んでいくのだが、実はそれはさらに大きな波の一部であり、どこかでもっと大きなリズムの転換点が何かのきっかけで訪れるのだ。

しかし、その転換は決して悪いことばかりではない。人間にとってそうであるように、「睡眠」と「覚醒」のリズムは、人間社会全体の営みにとっても欠かせないものであるはずだ。「眠り」は無防備で命がけであるが、人間社会の全体性を保つための大事なプロセスなんじゃないかと思うのだ。

わたしたちは今、眠りにつく間際に混乱し泣き喚く赤子のような状態だが、今はまず少しの間、いい目覚めを信じて怖がらずに眠るべき時なのかもしれない。いやむしろ、そもそも本当はそろそろ眠るべき時間なのに、人間社会は眠い目をこすりながらカンフル剤を打ち続け、無理をしすぎてこなかっただろうか。「寝ると死んじゃう」ようで怖いけれど、むしろ今は「寝ないと死んじゃう」なんじゃないだろうか。

ちょうど今、Sleep Techと言われる分野が注目されているように、「眠り」はとても興味深く面白いテーマだ。人間がそうであるように、人間社会も「いい眠り」につくことで、新しい社会に生まれ変わるチャンスだと思う。いい目覚めのための、社会にとっての「いい眠り」のためには何ができるだろう。社会にとってのSleep Techが今必要かもしれない。


ちなみに今回紹介した稲葉俊郎さんは、東大病院で最先端の心臓外科手術などを専門にしながら、山岳医療や在宅医療にも関わり、また医学だけでなく思想や宗教や哲学や芸術も同時に思考し実践している方。この春から、東大病院をやめて軽井沢に移住し、医療と教育と芸術が重なるような新しい活動を始められるとのこと。今後の活動にも注目したい。

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デザインエンジニア / Takramディレクター / 東京大学工学部卒、IAMAS、LEADING EDGE DESIGNを経てTakramに参加。ソフトウェア、ハードウェアを問わず、デザイン、エンジニアリング、アート、サイエンスまで幅広く領域横断的な活動を行っています。

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