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新失楽園 (自作短編)

0.プロローグ


高校二年生の僕、健太、基治、亜由美、莉子の5人は、同じクラスの親友であり、よく連んでは、学校の屋上でお昼ご飯を食べていた。

僕と健太と基治は中学時代からの友達である。
同じ高校に進学し、ずっと一緒にいる仲だ。
健太は次男坊で、やんちゃな奴だ。僕とは性格が180度違う。
基治は長男で妹が二人いる。誰にでも誠実な男で、これまた僕とは180度性格が違う。
それでも僕たちは気が合う仲だ。

基治と亜由美は恋人同士で、高校一年の頃から付き合っている。
カップルなんだから2人でお昼ご飯も食べれば良いものの、俺たちはずっと一緒に居たからという基治の熱い友情によって、彼女である亜由美も含めていつも遊んでいる。

その亜由美の親友が莉子だ。
このグループにも亜由美が莉子を連れてきた。

莉子は、物静かな性格だが、明るく根性がある。
そして、大人っぽい顔立ちで、とても可愛い。
僕のクラスで一番可愛いと言っても過言ではないはず。

そして、密かに健太が莉子に好意を寄せていることは、僕は知っている。
そんなことは誰にも話しはしない。

他にも莉子は、料理が得意で、いつも手作り弁当を持って来ている。
それは、彼女が幼い頃に事故で両親を亡くしており、祖父母と一緒に住んでいるからだ。

僕らはこうしていつも集まっては、たわいもない話で盛り上がったり、休日の遊び場を探したりしてお昼ご飯の時間を過ごしている。


1.ボクトマッチ


僕たちが住む街には、ある大人気のテーマパークがある。
それは、バーチャルリアリティーで楽しめるアトラクション施設だ。ここでは誰もが望むような世界を作り、体験することができる。
登山やキャンプ、海水浴などのレジャー体験を始め、アイドルやプロ野球選手などの職業シミュレーションをすることも出来る。

そこへ僕らはよく遊びに行っている。

近々このシステムが、オンライン形式で遊べるように各家庭で実用化されるらしいが、高校生の貯金ではなかなか買える代物ではなさそうだ。
今は6000円の年間パスポートで十分楽しめる。

夏休みになったら、僕らは5人でこのバーチャルアトラクションへ行くことを事前に計画していた。

そして8月3日、夏休みに入った僕らはこのバーチャルアトラクションへ遊びにきた。
施設の中にあるプレイルームで、僕らはVRゴーグルを装着し、椅子に座る。
視界には設定画面が現れ、自分のアバターを作り、どんなシチュエーションでプレイするか自由に選択することができる。

この日のシチュエーションは、海辺のコテージに5人で泊まり、バーベキューや花火を楽しもうというものだ。
正直、この気温が高い状況で、野外でバーベキューなんてしたら命に関わるんじゃないかと思う。
それだったらバーチャルの中で楽しんだ方が安全だ。

僕はちょっと日に焼けた肌色で、アロハシャツを着たアバターに身を変えて、みんなが集まるコテージに向かった。

蝉の鳴き声すらリアルに聴こえる。
本当にすごい機械だ。

「あっつ…。」
バーチャルとは言えど、暑さまで再現しているとは驚きだ。


まずは、女子が調理班に、男子が火起こし班に分かれる。

もちろん僕は現実でバーベキューコンロに火なんて起こしたことがない。
でもバーチャルリアリティーの世界では、自分の頭の中で考えたことを簡単に実現させることができる"設定"にすることも可能だ。
つまり「火が着け」と願えば火が着くのだ。

しかし、今回僕らはあえてその設定をしなかった。
僕は、健太よりも先に火を起こしてやると内心競っていた。
結果、健太の方が先に火を起こし、相変わらずの憎たらしい顔で、汗の流れた僕の顔を覗いてきた。

「くっそ…。」
腹立たしさを覚えながら、コテージの台所を覗くと、莉子と亜由美が調理をしている。

バーチャルの中でも莉子は料理が上手い。
丁寧に肉や野菜を切り、お皿に盛り付けている。
莉子は本当に家庭的な子だなと感心する。

盛り付けられた肉や野菜を基治と亜由美がバーベキュー場まで運び、それを僕と健太で焼いていく。

このバーチャル体験は、匂いや味までリアルに感じることができる。
もはや擬似体験ではなく、その場にいるかのように錯覚してしまう程だ。

***

一通りバーベキューを楽しんだ後、景色は暗くなっていく。
そしたらお待ちかねの花火タイムだ。

みんなはコテージの前にある浜辺に集まり花火をする準備を始める。

健太が率先してバケツに水を汲みに水道の蛇口をひねる。
僕はロウソクを立てて、火を着けようとマッチ棒を箱に擦り付ける。
しかし、一向にマッチに火がつかない。
ポキポキと折れてしまって、何本マッチを無駄にしたことか。

「私、ライター取ってくるね。」
その姿を見ていた莉子がコテージまで走ってライターを取りに行ってくれた。

諦めずに僕はマッチを擦り続けていた。

その直後、一瞬ボワッと大きな音を上げて炎が舞い上がったのだ。
それと同時に今までにない熱さ感じた。

僕は驚いて尻もちをついた。

異常な程に燃え上がった炎のおかげで、火を得たロウソクを見つめ、なぜ急にこんなに火がついたのか不思議だった。

辺りを見回すと誰もいない。
あれ、みんなどうしたんだろう。

不安になっていたら、システムからメッセージが来た。
健太からのメッセージだった。

「あまりにも時間がかかるから、設定変えたぜ。」

どうやら、僕がなかなか火を着けられないことに見兼ねて、一度みんなログアウトして設定を変えていたようだ。

僕はホッとした。
何も全員でログアウトする必要もないのに。

その後は、何事もなかったかのように僕らは花火を楽しんだ。


現実世界では2時間しか経っていないのに、バーチャルの世界では2日間も遊んでいたように感じる。

2.モウソウ


夏休みは終わり、9月に入ると、蝉の鳴き声も聴こえなくなり、ついに新学期が始まる。
しかし、夏休み明けから莉子が体調を崩し、度々学校を休むようになってしまった。

たまに登校した日には、「大丈夫、大丈夫」と持ち前の明るさで、周囲に心配をかけまいと振る舞っている。

そんな日々が続いた10月のこと。

「もう一度みんなであのバーチャルアトラクションへ行かないか」
健太が、僕と基治に提案した。

それは、莉子を元気づけようと思ってのことだ。
もちろん僕は賛同した。
僕は、楽しかったあの夏の花火をもう一度やりたいと言った。

そして、莉子の体調が良い日にみんなで集まった。
しかし、亜由美は生憎にも都合が悪かったので、この日は4人でバーチャルアトラクションを楽しむことにした。

今回は男3人が積極的に準備をした。
僕と基治が台所で肉と野菜を切り、健太は外で火を起こしていた。
前回の反省も踏まえて、今回は予め"設定"をしている。

莉子は台所の様子を気にしつつも、コテージから見えるバーチャルの海をじっと眺めていた。

僕もそんな莉子の背中をじっと見ていた。
「莉子を助けたい」
そんな想いが過ぎったそんな時だった。

突然、あるシーンが僕の頭を巡る。
それは、歩けない莉子を僕が背負って瓦礫を進む映像だった。

なんだ今のは。バーチャルのせいなのか。
まるでそれは世界の終焉のようだった。

確かにバーチャルリアリティーでは、そんな世界を体験することもできる。
しかし僕が望んだのはそんな世界ではない。
僕は、自分がこんな妄想をしてしまったことに絶望した。


3.ウワサ


また日常が戻ってきた。
しかし、それでも莉子の体調は一向に優れない。

僕はだんだん心配になってきた。
このまま莉子の体調が戻らなかったらどうしよう。
どこかへ行ってしまったらどうしよう。
そんな不安に包まれてしまった。

僕は、気晴らしに1人でバーチャルアトラクションへ向かった。
しかし臨時休業になっている。メンテナンスの為、11月末までは使えないらしい。


しぶしぶ家へ帰ることにした。
帰路の途中、同じクラスメイトが噂話をしているところを小耳に挟む。

「近々、莉子が海外へに引っ越すらしい。」

そんな話は聞いていない。急いで莉子にメッセージを送ろうとした。しかし、躊躇した。

これが本当だったらどうしよう。
真実から目を避けたい。
結論を先延ばしにしたい。
何とかして引っ越しを無しには出来ないか。

僕の頭はエゴの塊のようだった。


とりあえず一旦落ち着いて、莉子に電話をかけた。
しかし、やっぱり体調が悪いのかなと思い、電話を切ろうとした。
5回目のコール音がしたところで、莉子が電話に出てくれた。

「もしもし、莉子か。突然で悪いんだけど、海外に引っ越すって本当なのか。そんな噂を聞いたからさ。」

少し沈黙があったが、莉子は切れ切れとした声で返事をした。

「そんなことないよ。どこにも行かないよ。ずっとみんなと一緒にいるよ。」


何かを隠しているなと思ったが、僕はその言葉を素直に受け入れた。
ということよりも、莉子の言葉を信じたかった。

「そうか、良かった。突然ごめん。また早く元気になって今度はリアルで花火しよう。」

「うん。バーチャルじゃなくて、リアルで花火がしたいね。」

そんな会話を交わして電話を切った。

少し不安は残ったが、莉子がそう言うんだから僕は信じることにした。


4.ケツダン


翌日から莉子は元気に登校するようになった。

僕は心をホッと撫で下ろした。

もしかして昨日の僕の電話のおかげか。
なんて淡い期待を抱いたが、心の中に居るもう一人の僕がその妄想を許さなかった。


お昼休みになり、僕は、久しぶりに屋上でみんなで食べようと莉子を誘った。

しかし莉子は、
「今は屋上には上がれないの。」
と言い、誘いを断る。

お弁当を持って来ていないらしく、亜由美と一緒に1階の売店へ向かった。


残った男3人で屋上で昼ごはんを食べているときに、莉子の引っ越しの件について聞いてみた。

健太と基治は、一瞬、真剣な眼差しで何かを言いたそうな表情になった。
しかし、すぐに健太の顔はいつもの憎たらしい顔に変わり、
「いや、そんなのただの噂だろ。莉子もそんなこと無いって言ってたんだろ。」
「そうだけど…。」

何か隠しているとは思ったが、その時の僕は、健太のその言葉を受け入れるしかなかった。

***

そんな出来事から1週間ほど経ち、12月に変わった時に、嫌な予感は的中した。
莉子が遠くへ引っ越すのだ。しかも来月のお正月の終わりには引っ越すというのだ。
ホームルームで担任の先生が公表したのだから間違いない。
噂にあった海外ではなく、家族の都合で地方へ引っ越すそうだ。

しかし僕にとって、場所が問題なのではない。
僕は悲しみよりも、何故引っ越しの件を黙っていたんだ、という憤りの方が大きかった。

放課後、僕は莉子を呼んで事情を聞いた。

「ごめんなさい。別れるのが寂しくて、どうしても言えなかった。」
「そうか。」

そんな言葉を言われたら僕はもう責められない。そもそも僕には責める資格なんてない。

もしかしたら体調を崩したのも、引っ越してみんなと別れなければならない悲しみからなのかと思うと、尚更だ。


僕はこの時、僕の中に居るもう一人の僕が、ひた隠しにしていた感情を無理矢理引きずり出した。

君が好きだと。

「今度のクリスマス、空いていないかな。一緒に行きたいところがあるんだ。」

もちろん行きたいところなんて決まっていない。
告白したいという想いが、勢いで口から出てしまった言葉だ。

莉子は戸惑っていた。

それはそうだ。
引っ越しの準備に追われているかからか。
それとももう予定があるのか。
色んな憶測が僕の頭を巡って、誘った直後にその言葉を撤回したくなる気持ちになった。

そんな僕の表情を悟ってかはわからないが、莉子はその誘いを快く承諾してくれた。

「ちょうど予定なかったし、引っ越し準備に追われている中で気晴らしになるかな。」

僕の心が静かに喜んだ。

そうと決まれば準備だ。
しかし、告白なんてしたことがない。プレゼントは何を渡すべきか。全くの未経験だ。
一度シミュレーションしてみるか。
臨時休業明けのバーチャルアトラクションへ向かった。便利な世界だ。

***

そして、クリスマス当日が来る。
いつもはバーチャルの世界で遊んでいるが、今日はリアルの遊園地へ来ている。

子どもの頃はよく家族と行ったっけな。
今の時代は、ここはアトラクションを楽しむ場所というよりは、子どものストレス発散場所か、僕みたいなデート目的にカップルがその空間を味わいに来る場所でしかない。
そびえ立つ巨大観覧車も、来場者の気分を演出するためのオブジェとしての役割のみを担っているようだ。


僕は待ち合わせ場所に1時間も早く着いてしまった。
しかし僕にとってその待ち時間は、1日くらい長い時間に感じられた。

待ち合わせ時間の15分前くらいに莉子が来る。

「ごめん、お待たせしちゃった。」
「いや僕も今来たところ」

早く来た僕が悪いんだよと心の中で囁きながら、小さい嘘をついた。


そういえば、莉子の私服、こんなにまじまじと見たことなかったな。
いつもはバーチャルの世界で遊んでいるので、リアルの私服のままの莉子と長時間居ることはあまりない。
僕ももっと良い格好でくれば良かったと、デート開始から気分が下がった。


しかしそんな下がった気分は、莉子と一緒に過ごすことで、回復するのにそう時間はかからなかった。

ジェットコースター、メリーゴーランド、お化け屋敷と、遊園地の王道的なアトラクションには一通り体験した。
何せ来場者は少なく、どのアトラクションも空いているのだから、あまり長時間並ばずに済む。

リアルでもバーチャルでも臨場感は変わらない。
わざわざ並ぶくらいなら、家で体験した方が楽だよなと僕は頭の中で考えていた。

しかし、そんな余裕は最後の観覧車の列に並んだときに打ち砕かれた。

ここで告白する。

莉子には悟られないように、余裕な素振りを見せて、僕たちは観覧車に乗った。
僕たちを乗せたゴンドラが、港の夜景を一望できる地点に到達した時、僕は用意していたプレゼントを取り出した。

ちょっと高校生には似合わないかもしれない大人っぽいネックレスだ。
胸元にはダイヤのような形をした飾りがある。しかしそんなに値段は高くない。値段はバレたくない。

ちょっと気持ちが重いかな。
いやでも、どうせ離れ離れになるんだからどうにでもなれ。
それでも喜んでくれたら良いな。

根拠のない自信と、投げやりな気持ちと、莉子を自分のものにしたいという感情が渦巻いている。

「僕と付き合ってください。」

莉子は驚いた表情でそのネックレスをじっと見つめた。

「ありがとう。これつけてみていいかな。」

僕は莉子の首の後ろに手を回し、ネックレスをかけた。
高校生には大人すぎるかと思ったが、莉子の美しい顔立ちと、普段あまり見ることができない私服と相まって、十分すぎる程に似合っていた。

「ありがとう。私もずっと言いたかった。自分の気持ちを。先に言われちゃったね。でも、私はもうすぐ遠い街に引っ越す。なかなか会えないかもしれない。私と一緒にいても、辛い想いをさせてしまうかもしれない。それでも良いですか。」

照れと葛藤を隠すように顔を下に向けたまま、莉子は他に選択肢のない選択を迫ってきた。

そう、僕は莉子の言う条件なんて聞いていなかった。
そんなことより莉子も僕のことが好きだったという事実に興奮して、そんな条件なんていくらでも乗り越えられると思っていた。

高校を卒業したら莉子が住む街へ行こう。
そして一緒に暮らすんだ。
僕の頭はそんな想いでいっぱいだった。

「僕こそありがとう。これからは…。」
と僕が話し出そうとした瞬間、観覧車が一時的に停まった。
どうやら下で乗客が乗り込みに失敗して緊急停止したようだ。

てっぺんからやや下がったところで停まっている僕らのゴンドラ。
普段だったら不安になる僕でも、この時は永遠にこのまま動き出さないでほしいと心で叫んでいた。


こうして僕らは離れ離れを約束された恋人同士になることになった。


5.アツイオモイデ


莉子と一緒に居れる時間は限られている。

今度は僕からみんなに提案した。
「年明けにもう一度バーチャルアトラクションへ行かないか。最後に5人みんなで、あの楽しかった夏の花火を体験して、元気よく莉子を送り出したいんだ。」
僕は、健太、基治、亜由美に言った。

もちろん僕らが付き合っていることは報告済みだ。
みんなに報告した時は、健太は少し悔しそうにしていたが、いつもの憎たらしい顔で、おめでとうと言ってくれた。

離れ離れになってしまう親友を笑顔で送り出したいという思いはみんな一緒だった。

そして、お正月のある日、僕ら5人は再びバーチャルアトラクションに訪れた。
あの時と同じ格好、同じ気温、同じシチュエーションで設定をする。ただ一つ違うところは俺と莉子が恋人同士だということだ。

いざ、バーチャル体験をスタートする。

以前と同じように、前半はバーベキューを楽しみ、辺りが暗くなってきたら浜辺に移動して花火を始める。
健太がバケツに水を入れて持ってきて、僕がマッチでロウソクに火を着ける。

今度こそ一発で火を着けるぞとマッチを擦ったが、やっぱり火は着かない。

「こればっかりは以前と変わらないか。」

と、ボソッとボヤく。続けて僕は、

「莉子、申し訳ないけどコテージからライター持ってきて。」

「うん、わかった!」

莉子は元気よく返事をして、ひとり走ってコテージに向かう。
そんな莉子の姿を僕はずっと目で追って、幸せを噛み締めていた。

莉子がコテージの玄関のドアを開けて中に入ったその瞬間、僕の視界は一瞬にして赤く染まった。
そして、鼓膜を破るような轟音、皮膚を焼くような熱風、鼻に付くガスのような臭いが僕を包んだ。

僕は全てを理解するのに時間を要した。

声を上げて叫ぶ亜由美。
燃え盛るコテージへ走って向かう健太と基治。

何が起きたんだ。

なんと、莉子がいるコテージが大爆発を起こしたのだ。メラメラと炎がコテージを包んでいく。亜由美は泣き叫び、健太と基治は、取り残された莉子を助けようとコテージに入ろうとしている。


しかし、これだけの大惨事の中で僕は意外にも冷静だった。
何故なら、ここはバーチャル世界だからログアウトすればいいだろうと思っていた。
ちょっとしたバグが起きたんだ。そうに違いない。

しかし、一向にログアウトできない。
目の前の状況は変わらないまま。


そして、しばらく呆然と立ち尽くしている僕に対して、名前も顔も分からない男性が勢いよく話しかけてきた。

「お客様!!大丈夫ですか!!」

僕はさらに頭が真っ白になった。
5人しか居ないバーチャル世界の中で、僕らは花火を楽しんでいたはずなのにも関わらず、なぜ知らないアバターがここに居るんだろうと。

どうやらその男性はこの施設の従業員だった。
その後すぐに健太が僕に声をかけてきた。

「急げ!逃げるぞ!」

その瞬間、僕は目の前で起きていることの全てを理解した。

大爆発を起こしたのは、バーチャル世界のコテージではなく、このアトラクションの施設そのものだったのだ。

僕は健太に肩を担がれ、施設の外へ出た。
莉子は大丈夫なのか。基治は。亜由美は。

そんな心配を抱きながら、炎に包まれた施設を薄れゆく視界の中に見ていた。


6.ゲンジツ


次に僕の目に写ったものは、真っ白い天井と、今にも死にそうな表情をした父と母の顔だった。

僕らは近くの病院に運ばれたらしい。

僕はすぐに両親に何が起こったのか尋ねた。
母は苦しそうに出来事を話し出した。

バーチャルアトラクションの施設内でシステムトラブルによるガス爆発が起きた。
爆発の影響は、僕らが居たプレイルームにまで及び、天井は一部崩落し、ルーム全体が炎に包まれたそうだ。

僕は幸いなことに、頭を強く打っただけで目立ったケガはなかった。
しかし、僕は5日間も意識を失っていたそうだ。

これだけの事故にも関わらず、重傷者はあまり居らず、他の"3人"も軽症で済んだそうだ。

ただ1人を除いては。

「莉子は、大丈夫なの。」
と続けて僕は尋ねた。

すると母は先程よりももっと苦しそうに、

「莉子ちゃんも、この病院に運ばれたわ。あんたは明日には動けるようになるらしいから、明日一緒に莉子ちゃんの病棟へ行こう。」

そうして僕は一旦目を閉じ眠りについた。


翌日、僕は両親と一緒に莉子が治療を受けている病棟へ向かった。

しかしそこは集中治療室だった。

治療室の外には、莉子の祖父母が座っていた。
僕は以前より2人とは何度か会ったことがあったので、莉子の状況について尋ねてみた。

莉子の祖母は全てを悟ったようにこう話した。

「あの爆発が起きた時に、莉子の頭上の天井だけが崩れ落ちて、莉子はその下敷きになったんだ。そのせいで、莉子の右足は使いもんにならなくなっちゃって、あんなに可愛い顔も半分焼け爛れちゃったんだよ。」
「えっ…。」
「今は辛うじて意識がある状態でね。命が助かっただけでも良かったと思えば良いのか。」

僕は言葉を失った。
なんて事をしてしまったんだ。僕が誘わなければ、莉子はこんな事故には巻き込まれなかったのに。
僕は強く自分を責めて後悔した。

そんな僕の顔がどんな表情だったのか分からないけれど、それを見た莉子の祖父が続けてこう言った。

「君はあの時、莉子を必死で助けに行ってくれたんだよね。ありがとう。君のおかげで莉子の命だけでも助かったよ。」

違う。それは僕じゃなくて、健太と基治だ。
僕は現実とバーチャルの区別も付かず、ただ立ち尽くしていただけなんだ。

「いえ…。そんなことないです。」
「良いんだよ。莉子の元気が出るように、またみんなで一緒に遊んでほしいんだ。」
「わかりました。」


僕は何も出来ず、自分の病室へ戻ることにした。
その途中、僕は同じくこの病院に搬送された健太に会った。

「健太!大丈夫だったか!」
「おう、俺は大丈夫だ。この通りピンピンしている。しかしお前の方が心配したよ。」
「僕は5日間も寝ていたらしいね。」
「それもそうなんだけど。」
「うん。」
「2人で外に避難した後、お前は莉子がまだ中にいる!って叫んで燃える施設の中に飛び込んで行っちゃったんだからよ。」
「えっ。」
「そのおかげで莉子を見つけることが出来てよ、お前は莉子を背負って施設から出てきたんだぞ。」

そうだったのか。莉子のお祖父ちゃんが言ってたことは本当だったのか。

「それでも、ごめん。僕がみんなを誘わなければ、こんな事故に遭わなかったんだから。」

僕は健太にも顔向けが出来ないほど後悔していた。

「何言ってんだよ。夏休みだからみんなで出かけようって、5人で決めたことだろ。お前だけが責任を感じるなよ。」

えっ、夏休みとはどう言うことだ。
今はお正月ではないのか。

健太の言葉に疑問を抱いた瞬間、窓の外から蝉の鳴く音が段々と聴こえてきた。

慌てた僕は、待合室のテレビを覗く。
ちょうど、今回の爆発事故のニュースが報じられていたが、そんなことよりも僕は日付を確認した。

「8月9日」

僕らが最初に夏休みに遊んだ日の6日後だった。

どう言うことだ。
僕は何がなんだか分からなくなった。


いったい、何が現実なんだ。

7.ヤクソク


しばらく僕ら5人はこの病院で入院することとなった。
医者の話によると、僕らは順調に回復しているそうだ。

亜由美は心に大きな傷を負ってしまい、病室に籠るようになってしまったらしい。基治も心配して、毎日亜由美の病室に顔を出している。
それでも身体には異常はないとのことだ。


しかし、莉子だけはこの病院では治療を続けるのが難しく、遠い病院へ移るという話を聞いた。
回復には向かっているとのことだが、心配は消えない。

莉子との面会の許可が出たので、僕ら4人は勇気を出して会いに行くことにした。

例え莉子がどんな姿になっていようとも、僕らは今まで通りの僕らで莉子に会いに行こうと決意した。

僕はそっと病室のドアを開けた。
そこには、右足の先と顔の全体に包帯が巻かれていて、顔は微かに左目だけが見える状態で、ベッドの上に横たわる"莉子と思われる人"が居た。

「莉子…。」

と恐る恐る亜由美が問いかけた。

「あっ…。みんな来てくれてありがとう。みんなが無事で本当に良かった。」

枯れた声だったが、確かに莉子の声だった。
僕は今にも溢れ落ちそうな涙を瞳の奥側に押し流しながら、いつも通り、莉子に話しかけた。

それからの記憶はあまりない。何を話したかは分からないが、莉子がみんなに心配をかけまいと、必死で元気を装ってくれているのは感じられた。


僕は思わず、ある質問を口に出してしまった。
「ところで莉子は別の病院に移るって聞いたんだけど、本当なのか。」

今思えば、こんな状況で何であんな失礼な質問をしてしまったんだろう。

莉子は一瞬黙ったが、やはり枯れた声でこう言った。
「そんなことないよ。どこにも行かないよ。ずっとみんなと一緒にいるよ。」

僕は、溢れる感情を押し殺し、答えた。
「そうだよな、そんなことないよな。早く元気になって、今度はリアルで花火をやろう。絶対やろう。」

その会話を聞いていた亜由美は耐えきれなかったのか、
「私、飲み物買ってくるね。」
と一声かけて、1階の売店へ向かうフリをして病室を出た。

泣きたいのはみんな一緒だったみたいだ。
僕らはただただ、莉子の言葉を信じるしかなかった。

莉子は少し沈黙した後に、こう言った。
「そうだね。今度はリアルで花火がしたいね!バーチャルじゃなくて。」

***

それから1週間が経ち、莉子以外の4人は無事に退院の日を迎えた。
そして、莉子の病院の移り先が決まった。
とても遠い場所に移るそうだ。

僕らは莉子と莉子の祖父母に、必ずお見舞いに行くことを約束した。

「また屋上に登って、みんなでお昼ご飯食べようぜ。新しい病院の屋上で。」

「そうだね。でも今の状態じゃ屋上には上がれないから、頑張って元気になるね。」

そんな約束を交わして、僕らは病院を去った。

***

そして蝉の声も聴こえなくなった秋。
新学期が始まり、最初のホームルームで担任の先生がクラスのみんなにこう伝えた。


莉子が亡くなった。


それは、新しい病院に移る前日のことだったらしい。
莉子は祖父母に、しっかりと治療に専念して、必ず元気になることを約束をした。
その後、莉子は誰かに電話をかけると言うので、祖父母は病室を後にした。

そして、莉子の想いは二度と届くことはなかった。



莉子の訃報を聞いた僕は、再び自分を責めて後悔した。


8.エピローグ


僕は今、社会人と呼ばれる年齢の人間になっている。
一昔前は高校生のお小遣いでは買えなかったこのバーチャルリアリティーアトラクションのシステムも、「Play Around」という自家用ゲーム機として進化し、一家に一台が当たり前の時代となった。

すごい時代になったもんだと僕は感心する。
このゲームを使えば、誰でも自分の思い通りの世界をバーチャルで作り、様々な体験をすることが出来るんだから。



こうして僕は今日も、いつまでも元気で可愛い大人びた莉子との世界で、"リアル"の花火を楽しんでいる。


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