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補完医療としての靈氣の可能性

龍神靈氣読本は、毎週月曜更新します。
今週は一日遅れで更新。

臼井靈氣を伝承して15年が過ぎました。
その前は単なるヒーラーだったので、かれこれ20年近くこのお仕事をしています。
この20年の間にいろいろいろいろやり過ぎて、「何屋?」ってよくいわれます。
でも、実は何屋でもいいんじゃないかと思うようなことがありました。
そのきっかけは先週末に最終回を迎えたTOKYO MER、靈氣はもともと補完医療なので、どうしても医療の部分と重なることが多いです。
開祖である臼井甕男氏は元はお坊さん、でもいま世の中に出回っている靈氣はその弟子だった林忠次郎氏によって広められたものが大半なので、医療色が強いように思います。

よく靈氣の原型の話をするのですが。
私見では、臼井式靈氣は霊気とは明らか一線を介していると思っています。
なぜなら林忠次郎氏が伝承した霊気は「林式」と銘打って広まっていたから。
高田はわよ氏が広めたものはいろいろな事情で林式のそれとも形が違っているため霊気というよりレイキより、というのがわたしの考え方です。
そして、この三つの違いを明確に理解して使っていくべきものが臼井靈氣なんじゃないかなぁ、と。
かくいう自分も親元(師範)は二度変わっています。
一度は自分で飛び出し、もう一度は破門という形を取られました。
その流れの中で「いったい何の研究をしているのだ」と叱責されたことは、自分の中ではだいぶ衝撃でした。
100年近く続きながら、自由に研究したらいけないものってなんだろう、そう思ったからです。

元祖があれば発展系もある、それは伝統芸能をみるとよくわかります。
流派があって、でも、その流派間で「研究してはいけない」なんて話は聞いたことがない。
もしいま臼井氏が生きていらしたらきっと、「盛大に研究し、その答えを持ってきなさい」とおっしゃったのではないかと思うのです。
僧侶でありながら仏教以外に救いの道を見つけてしまった臼井氏はきっと、仏教的には「外道」と呼ばれた時期があったのではないかと思うから。
居合にも流派がありますが、師事していたのは若いながらも他流派のことも伝えられる師範でした。
研究しようとして叱責された経験があるわたしからしたら、それは、なかなかのインパクト。

東西関係なく、靈氣にはまだ解明されていない可能性があります。
だからこそ、自由に研究されるべきだと思う。
自教室の生徒さん統計だと、靈氣を使うとコロナワクチンの副反応が軽く済んでいる、という報告があるのですが、でもそれを証明する方法はありません。
実際コロナに対してどのくらい対応できるのだろう、という部分も未知数です。
311のときは、靈氣の原発に対するケアの可能性を、わたし含めた靈氣術者の多くが模索しました。
今回は、コロナの予後に対してその可能性を模索しています。
どうしたら現実的なのか見当もつかないけれど。
ただ、罹患者が後遺症に苦しんでいる症状を軽減できるお手伝いが遠隔施療の可能性として、できればいいな、と。
補完医療である靈氣が、正しく医療の下でその役割を果たせる環境にならないかな。
そうしたら、入門した20年前に「海外水準のスキルを身に着け、病院で働ける靈氣術者になれ」と師匠からスパルタ教育を受けたことが報われる気がする。
自分自身、少しは役に立つことがあるんじゃないかと思うのだけれど。
最近はそんなことを、思っています。

日本に数えるほどしかいない故人の通訳。イタコでも口寄せでもなく三者面談風にお筆書きという自動書記を使い故人と遺された人をつなぎ明日を照らす活動をしています。サポートくださると嬉しいです。よろしくお願いいたします。