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龍神靈氣読本は、毎週月曜更新します。
今週はもう週末近いけれど、更新。

えみこは、臼井靈氣を生業として、そろそろ20年になります。
以前は某大手組織公認師範でしたが、いろいろな理由でそこを独立。
その後フリーになってから、組織での教育含め個人的に臼井靈氣を研究するようになりました。
きっかけの一つに、この組織が提唱していた靈氣療法を研究しようと研究会をつくったことを組織長に咎められたことがあります。
それが独立する一因にもなりました。
まるで「我々を冒涜するな」とでもいうような組織長の物言い。
いま「それはオリジナルでしょ」と言われてしまうであろう靈氣を伝授する身となってなおさら、なぜあのとき研究することを咎められたのか、と思うのです。
自分が編み出した靈氣を社中さんが研究したいと言ってきたら、「どうぞいくらでも。何かわかったら教えて」と答えると思うから。
臼井靈氣には、わたしの知らない真実がある。
独立してからこの10年、ずっとそう思ってきました。

靈氣というものは、本当に不思議なものです。
気にしていたら、願っていたら、思っていたら、必ずチャンスが巡ってくる。
確かに簡単なことじゃなかったけれど、何かに導かれるように靈氣発祥の地である京都で暮らせることになりました。
そして、「このエリアに住むといいよ」と言われる市内北部に居住。
同時に「こんな人には、気を付けるんだよ」という人の見極め方も、暗に教えてもらえた、と思っています。
それでも、やっぱり事実が知りたい。
知りたいけれど、10年を経てもまだ、たどり着くことができない。

そんなとき、こんな記事を目にすることになりました。
記事が公開されたのは2010年、ちょうどわたしが組織の研究を始め、詰問が始まった時期と同じ。
この世に偶然はない、あるのは必然だけ、なんていうけれど。
昨日は、そんなことを心から信じられた日。
同時に、自分がずっと追ってきたある仮説はもしかしたら……かもしれない、と思うようなことでした。
そして、気になることを新たに見つけてしまった。
この先の10年をかけて、わたしはこの「事実」を明白にしてから死んでいきたいと思っています。

昨日は真珠湾攻撃から80年めの日でした。
朝のNHKでは真珠湾が行われる際戦力で不利なことを改ざんして国民に伝えていたという特集が組まれていましたよ、と生徒さんが教えてくれました。
歴史とは、勝者が語る物語。
故に誰がその物語を語るのかによって、事実はいくらでも歪んでしまう。
事実は一つですが、真実は関わった人間の数だけある。
それを紐解き、調和させる技術、それが臼井靈氣の特徴のひとつ。
臼井靈氣の奥義とされる中に「家系浄化(現代では家系分析)」と呼ばれるものがあります。
家系図から自分の人生の影響を見つけ出し、それを現実に有効に活かすための手法。
うちで臼井靈氣を学ぶ生徒さんたちは平均一年半で、この技術を取得し、現実を変えていくスキルを身に着けています。
臼井甕男氏がなくなって、まもなく100年。
来年2022年は臼井靈氣発祥から100年めです、渋沢栄一氏の日記に残されていた「臼井というものが発明し」の一文。
その一文に、臼井靈氣を伝承しているものへのなにがしかのメッセージが託されている気がして。

えみこの仕事は、通詞人。
映画「ツナグ」のような役割を果たします。
ま、再会の仕方から見たら「想いのこし」に近いけれど。
どちらにしても、わたし自身は会いたい故人に会えない。
ツナグからわかったのは、黄泉と現世の間(あわい)に立つ人間はある種の公人だから自分のために力を使うことができない、のようなこと。
それでも、先輩通詞人に会ったとき、彼女は教えてくれた。
「やり方の問題。向こうが望むなら、聲を聴く方法はあなたにもあるはずだよ」
渋沢栄一氏の日記がもし、その聲なのだとしたら。
そんな仮説の元、自分が信じてきたことを追い続けてみようと思う。

もうすぐ大河は終盤を迎えますが。
大河なんて全く観なかった人間が、「青天を衝け」だけは見られていた理由がまさかこれとはね。
日記だと、臼井靈氣と縁ができたのは渋沢栄一氏が亡くなる7年ほど前。
そこまで大河でやるかな、どうかな。
まったく興味がなかった「帝都物語」にも、少しは興味が沸いて。
いままでと違った角度で、これから忙しくなりそうな予感がしています。

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