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妄想読書会『星の旅人 伊能忠敬と伝説の怪魚』

1.「読書会」という体験

「いま、あなたが子供だったら、どんな習い事をしたいですか」

Facebookの掲示板に上がった質問を見て少し考えた。ピアノ、習字、水泳、子供の頃ありがちだった習い事をならべてみる。絵とか習ってみたかった気もする。

この質問を「どんな体験がしたかったか」という質問に変えて良いならば、と思い付いたのが「読書会」だった。

子供の頃、読書感想文というものが、とにかく苦手だった。本を読むのは好きだ。ところが、感想を書け、と言われると、「面白かった」「特に面白かった」「凄く面白かった」しか思い浮かばない。できるだけ本文を多く引用し、「面白かった」を最後に付け加える。これを繰り返してなんとか字数を稼ぎ、原稿用紙を提出した。教師からは特にコメントもなかったが、自分でも「イケてない」感はあって気になっていた。

大人になって、読書会(という名の雑談)に参加し始めた。課題図書を要約することで頭も整理され、感想を述べ合い、時に違う話題へと展開し、その「揺れ」も含めて、とても刺激的な体験だと思う。頭を使うので、終わった後も、ほど良い緊張が続き、感想戦が脳内で継続する。

そこで、リレーマガジン(*1)というこの機会に便乗し、苦い思い出のある「青少年読書感想文コンクール」の課題図書(*2)で、架空の読書会(*3)を開催してみたい。

*1 リレーマガジン「Feature FUTURE」はこちら
*2 「青少年読書感想文コンクール」2019年の課題図書はこちら
*3 架空の読書会は、読書猿 『アイデア大全』(フォレスト出版)のヴァーチャル賢人会議が理想。まだまだ実力不足。

2. 妄想読書会の開催

海:海坊主、海の妖怪
鰆:さわら、出世魚
缶:海に浮かぶ孤高のアルミ缶

読書会.001

海;えー、それでは、若干唐突ながら、読書会を始めます。海坊主です。本日はお暑いなか、お集まりいただきありがとうございます。今回は2019年の課題図書、小前亮『星の旅人 伊能忠敬と伝説の怪魚』(小峰書店)を取り上げます。よろしくお願いします。

まずは、あらすじをまとめてみました。だいたい、こんな感じです。

<あらすじ>
江戸時代、寛政12年(1800年)、56歳になる伊能忠敬は、次男で15歳になる秀蔵と他数名を引き連れ、地図作成のために蝦夷地測量の旅へ出発しようとしていた。そこへ突如、12歳ほどの上林平次という少年が現れる。先行の蝦夷測量隊に同行していた父が、その蝦夷で事故死したという。その死を確かめるため、自分を同行させてほしいという。そんな平次を加えた一行は、歩測と天体観察による測量を繰り返し、江戸から蝦夷へ向かう。
平次は、次男である。父から教えられた算術は得意であるが、父亡き後では将来も危うい。父の死を確かめたい気持ちはあるものの、実は同行することで己の実力を示し、認められ、故郷に帰らず身を立てる算段を立てたいとも考えていた。そんな平次は、道中の失敗を契機に学問に改めて向かい合う。そして、蝦夷へと渡り、父の手がかりへと辿り着くのである。

海: それでは自己紹介と簡単な感想など、お願いします。

鰆: 読書会に参加する鰆(さわら)です。「得意なことを生かして、はなばなしく生きるのだ。」っていう平次の野心はなんか良かった。そんな感じです。

缶: 同じく缶(かん)です。怪魚というサブタイトルに惹かれて読みました。個人的には薬師寺涼子(*4)シリーズのようなものを期待してたんですが、怪魚が大暴れする話ではありませんでした。がっかりです。

*4 田中秀樹『薬師寺涼子の怪奇事件簿』(祥伝社)。怪物が出てきて、わちゃわちゃ痛快な小説。徐々に政治風刺が強くなったこともあって最近ご無沙汰。

3. 計算した数字と測量結果と

海: では、本書のヤマ場の一つを取り上げて話を進めたいと思います。平次は、道中、自分の失敗を挽回しようと、汚れてしまった測量記録を、皆に黙って新しい紙に書き写します。汚れて読めなくなった箇所は自分なりに計算したりして数値を書き込みます。そのあと、気付いた忠敬が大激怒するのが次の場面です。

「おまえたちに聞きたいことがある」
氷のように張りつめた声だった。平次はびくりとして顔をあげた。
「記録を写したのはだれだ」
明らかに怒っている。平次はとっさに返事ができなかった。目を合わせられず、うつむいてしまう。
「読みとれない数字を勝手に書きこむなど、言語道断だ。計算で求めた数字を当てはめるなら、実際に測量する意味などない。何のために歩いてきたと思っているのだ」
(太字引用者)

鰆: お仕事小説として読むなら、素人が黙って勝手に仕事するなって感じ。平次は算術は得意かもしれないけど、測量はド素人。初心者らしく「こうやってもいいですか」と確認入れるべき。平次は「実際に測量する」意味が分かってない。理論値と実績値との違いにこそ新しい発見があるのにね。
取引伝票から足し引きで計算される現金残高(=理論値)が100万円なのに、金庫に80万円(=実績値)しかなかったら、なんか変だって話になるじゃん。原因調べるでしょ。それと一緒。

海: 後の場面で、もう少し詳しく忠敬が説明していますね。平次が名乗り出て謝った後の、忠敬と平次の場面が次です。

「あらかじめ用意した答えを導くために、都合のいい数字をあてはめる。それは学問においては絶対にやってはならないことだ。予想と観測結果がちがうことなど、いくらでもある。それがどうしてか考える。学問はそこからはじまるのだ」
(太字引用者)

鰆: 「都合のいい数字」は「自分の望んでいる結果」でもあって、それを安易に利用するってのはダメだよ。忠敬もそのあと言ってるけど「でっちあげ」になっちゃう。

缶: ここでは「都合のいい数字」についての話ですが、例えば、分からないことを「自分なりに解釈」することと「都合の良い解釈」との違いって、どこにあると思います?会話でも読書でも、分からないところを自分の思考で埋めて先に進むことってよくあるじゃないですか?

鰆: それ、一緒だと思う。程度の差はあるにせよ「解釈」だって自覚はいるでしょ。で、「解釈」に自信がないなら、相手の言動や本の文章に立ち戻る。計算して出した数字と測量結果を照らし合わせるって、要はそういうことだと思うよ。

観測結果.001

4. 初心者の失敗と、その回復

缶: 平次の失敗回避ルートを検証してみたいです。

海: では、時間をさかのぼって、測量記録が書かれた記録紙と一緒に池に落ちる場面をみてみましょう。

陸奥国(今の青森県、岩手県、宮城県、福島県)に入って、三日目のことだった。
平次の疲労は頂点に達していた。前日遅くまで、地図の下書きを見て勉強していたのがひびいたのかもしれない。
歩いているうちに、頭がぼうっとしてきた。ふわふわして、足もとがおぼつかない。雲の上を歩いているようだ。
「平次!」
秀蔵の声にはっとした。
そのときにはもう、平次は足を踏みはずして、斜面を滑り落ちていた。
(太字引用者)

鰆: 蝦夷まで一日10里(約40キロ)歩く、しかも測量しながら歩く。緊張感半端ないし、とにかく体調を整えるしかない。食べる、寝る、たまに気分転換。回避ルートは、これかな。

海: 水辺に近寄らないのがベストですね。ただ、記録紙が汚れたり、破損したりするリスクは水辺だけとは限りません。体調は整えるにしても、似たようなトラブルも含めれば回避不能な気もします。

次の、池に落ちて記録紙を汚した後、測量記録を勝手に修正した場面に進みます。

平次は筆を手に取った。
(中略)
しかし、どうしても読めない数字もある。そういうときは、予備の記録や下図とつきあわせて確認した。簡単ではないが、計算すれば答えは出るので、やりがいがある。夢中になって書き写し、計算で空きをうめた。予備の記録をそのまま写したところもあれば、もっともらしい数字をあてはめたところもある。とにかく、空白は残さなかった。
(中略)
平次は汚れた記録を箱に戻し、書き写したほうはもとの記録の束に加えておいた。わざわざ報告するつもりはない。自分がやったとは知られなくてもよかった。この満足感があれば充分だ。
(太字引用者)

鰆: 勝手に直さない。さっきも言ったけど実行する前に上司に確認をとる。初心者らしく、忠敬に「こうやって直したいのですが、いいでしょうか」って確認とるべきだったと思うよ。

缶: そうは言っても、伝えたらむしろ「直さなくてもいいよ」と言われるかもしれませんよ。そうなったら平次は悶々としたままです。

鰆: 直さなくていいって言われたって、そこは「直したいんです」って食らいつけばいい。もしかしたら、他にも気をつけることがあるかもしれないし、まず聞く、不慣れであることを自覚する。自分の知らないことがあるって前提で、他の人に助けを求められることは、大事な能力だと思うよ。

海: 話がちょっと飛んでしまうんですが、「初心者が質問する」と言えば、別の本でこういう文章があります。

(はじめて研究者に接する場合に気後れしてしまうことがあるが、)だからそこではむしろ、「自分の無知はどのように活用できるだろうか」という問いを立てたほうがよい。
たとえば、現在では多くの学術論文はウェブで公開されている。誰かに会いに行くことが決まっているなら、事前に論文を何本か読んで〈読んでわかったこと/わからなかったこと〉をなるべく明確な言葉にまとめておき、機会があれば相手にそれを伝えてみよう。そのとき相手は、「わかったこと」を読解の水準を測るために使い、それに応じて「わからなかったこと」を有用な情報としてみなすはずである(そうした対応をしてくれない研究者もいるが、そういう人とつきあう必要はない)。そのような仕方で、当該研究対象について詳しく知らないことは、相手にとって非常に重要な価値を持ちうるのである。
『在野研究ビギナーズ-勝手に始める研究生活』荒木優太編著 
第11章「<思想の管理(マネジメント)>の部分課題としての研究支援 酒井泰斗」
(太字引用者)

海: 荒木優太編著『在野研究ビギナーズ』(明石書店)にある文章なんですが、この考え方、好きです。「研究者」は「自分より何らかの知見のある人」と読み替えていいと思います。

鰆: 「分かったこと」「分かっていること」を先に言ってもらうと、質問の意図もはっきりして答える方もラクだね。質問されると緊張するけど、質問者と自分の前提知識の違いとか知るのも面白いんだよね。「おぉ、これ常識ちゃうんかー?」みたいな発見あるから。

缶: 何が「分からない」かが分からないので、頭の中身を吐き出したいです。最初から整理するのは無理そうなんで、落書きレベルから始めたいです。

鰆: その落書きを中心に置いて、他の人と話してみるのもいいかもね。

缶: ですね。で、単なる開き直りではない、初心者としての矜持を持ちたいです。ところで、鰆さん、人生で一番の「失敗」って何ですか?

鰆: え、なんか唐突だし、趣旨が分からない。ちょっと答えるのが怖い。

海: 「失敗」とは何かって、なんか面白そうですね。

(終わり)