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要諦の要諦①

睡魔を倒した先で得られる民事裁判実務の知恵

 判例時報で連載されていた橋本英史「講話 民事裁判実務の要諦(1)〜(12・完)ー裁判官と代理人弁護士の方々へ」を読みました。全12回、1回あたり見開き3〜7頁、合計見開き57頁。見開きの片側で終わっている場合もありましたけれど、全体を通して約100頁に亘る作品で、毎回おなかいっぱいの読後感でした。
 「講話」、「民事裁判実務」、「要諦」とカクカクした漢字がタイトルに並んでいます。裁判官に任官してから約39年の東京高等裁判所の部総括判事が「裁判官と代理人弁護士の方々へ」講話をしようというのです。どうせ「公平・誠実に」などと精神論が溢れているか、「書面の締切は守りましょう」などと何百回も聞かされたお小言が書かれているか、「簡にして要を得た書面を書きましょう」などとわかってはいるけれど具体的にどうしたら良いの?と思うような抽象的アドバイスが満載かという偏見を持って、斜に構えて読み始めました。
 全体を通して見れば、そうした精神論やお小言、抽象的なアドバイスがないわけではないのです。でも、連載第1回の1頁目から単刀直入に見落としやすく、技術的に重要な事柄が具体的に説明されていて、これはなんだか読んでおかないと大切な知識を身につける機会を失ってしまうのではないかと思わされました。
 総論なしにいきなり訴訟物の特定や文書の成立の認否の話から幕開けです。各説明の密度が高く、不適切な主張・立証・訴訟進行の具体例も詳細に記述されていて、読んでいると頭がぼーっとしてきて、眠くなること請け合いです。それでも睡魔と闘って読み通す価値がありました。裁判官に誤った判断をさせないために代理人ができることのヒントがそこここに埋まっています。
 全体の目次はこんな感じです。

判例時報2534号127頁
判例時報2534号128頁

手続の基礎

 連載は、「手続の基礎」と銘打って、訴訟物の特定や書証、証拠説明書の記載などから始まります。連載回数で言うと、(1)〜(3)(判例時報2502号3頁、2503号3頁、判例時報2506・2507合併号218頁)。

要諦(1) 複数債権の請求の特定

 橋本さんは、「特定」に並々ならぬ拘りを見せます。弁護士は、この辺りニュアンスとか雰囲気とかでやり過ごそうとするタイプが多いように見受けられます。でも、本来は、文字、文、文章で、できる限り多くの人に同じ意味が伝わるようにしなくてはいけない職人ですから、橋本さんと同じレベルの解像度を身につけておいて損はないと思いました。

 訴訟物が複数の債権の場合の金員請求は、訴訟物ごとに請求金額を特定する必要がある。

橋本英史「講話 民事裁判実務の要諦(1)ー裁判官と代理人弁護士の方々へ」判例時報2502号4頁(2022年)

 そんなの当たり前じゃん。そう言いたくなります。「酔っても忘れないよって書き」との言い習わしに従って、「請求の趣旨記載のとおり請求する」という記載は避けて、訴訟物の特定には意を割いているつもりです(新人の頃によって書きに訴訟物特定のための記載をしたら、指導担当から「修習生じゃないんだから」と言われて、「請求の趣旨記載のとおり請求する」に書き直されたことがあります。今でもその指導は間違いだったと思っています)。
 それでも我が身を振り返るに、忙しさにかまけて、書式集や自分が別事件で作った訴状を参考に書面を作ることを優先して、訴訟物の検討が不十分なことがあるのは率直なところです。審判対象が訴訟物なわけですから、本来は最も慎重に検討する必要があるところですよね。
 橋本さんに拠れば、「目的工事等を別とする2個以上の請負代金請求」について、請負代金請求権が各別に特定されていないことが目につくそうです(同4頁)。この「応用例として、不動産賃貸借契約に基づく未払賃料請求」をする場合の「賃貸借契約の賃料の支払方法の約定に応じた月ごとの支分権債権としての賃料債権」や「月締めの支払方法の約定のある継続的売買基本契約に基づく支分権としての未払代金(売掛金)」債権の特定を欠く場合も多いそうです(同4頁)。他にも、不法行為に基づく損害賠償金請求の訴訟物について、「侵害行為と被侵害権利利益の2要素を考慮して」特定されていない事案も目立つみたいですね(同5頁)。
 訴訟物の特定については、判決書の「事案の概要」欄の機能を論じた箇所でも、もう一度注意が促されています。

 「事案の概要」欄の冒頭の「本件は……求める事案である。」の記載部分(以下「冒頭部分」という)……は、既判力の生じる訴訟物の特定をするとともに、附帯請求の法律上の根拠を確認して、これらをチェックする重要な機能を果たしている。
(中略)
 特に不法行為に基づく損害賠償請求については、……訴訟物を特定する2要素である侵害行為と被侵害権利利益により各損害賠償請求権及びその請求金額が明確に特定されているかについて、この「事案の概要」欄の冒頭部分の記載と次の当事者の主張部分における原告の請求原因に当たる具体的な主張の記載とによって、具体的に特定されているか注意を要する。また、不法行為構成の場合は、条文上の根拠(被告が法人の場合は民法709条、715条、会社法350条等)の表示や、被侵害権利利益が明確に特定されているかを確認するとともに、それが不法行為構成に相応しいものか(単なる金銭支払債務の不履行ではないのか)についても注意する必要がある。

橋本英史「講話 民事裁判実務の要諦(9)ー裁判官と代理人弁護士の方々へ」判例時報2524・2525合併号342〜343頁(2022年)

 最近も、建物明渡請求事件で、貸借契約の終了に基づく返還請求権と所有権に基づく返還請求権とのいずれを訴訟物にするか、誰が貸借契約の当事者で、誰が占有補助者なのかと絡めて悩んだ事案がありました。もっとベタなところでは、損害賠償請求権について、債務不履行に基づくか、それとも不法行為に基づくかで迷うこともありました。
 附帯請求も、本音を言えば、苦手意識があるところです。

 附帯請求の金員請求の法律上の根拠(条文・約定・法定)・性質(利息・遅延損害金・賃料相当損害金)とこれと結び付く附帯請求の始期の法律上の根拠(履行期限の翌日・催告の日の翌日・不法行為の日等)とその該当事実(年月日)

橋本英史「講話 民事裁判実務の要諦(9)ー裁判官と代理人弁護士の方々へ」判例時報2524・2525合併号342〜343頁(2022年)

の検討が基本かつ重要です。
 一にも二にも民法の勉強ですね。

要諦(1) 1筆の土地・1棟の建物の一部に係る請求の特定

 続いて、「1筆の土地・1棟の建物の一部」に係る請求の特定が俎上に載せられます。
 図面が必要になる事件は、訴え提起が億劫になりやすいので、個人的には要注意です。宿題先延ばし癖がある方には共感してもらえそうですが、訴え提起その他の申立て系のしごとって、締切がきっちりしているものと比べて、スケジュールが比較的柔軟な分、後回しにしがちですよね。土地・建物の一部を特定するために図面が必要になると、面倒臭さのレベルも5段階ぐらいアップして、着手が遅くなりがちです。
 「1筆の土地・1棟の建物の一部」に係る請求の特定の箇所は、橋本連載の中でも、最初の挫折ポイントだと思いますが、眠さに耐えてじっくり読むと、苦手克服のためになかなか良いことが書いてあります。

 係争中の対象土地を構成する各地点とは別の地点に存在する恒久的な現地物を「起点」とするのが相当である。……この基点を2つ設けて、図面上に当該2点を「基点1、同2」と表示し、図面上又は図面余白の「図面の説明」欄にそれぞれの現地物に係る説明を文章で特定して記載する。その上で、基点2点からのそれぞれの距離を測量することにより対象土地を構成する1地点(1角)を特定する。順次、このようにして特定されていく2点からのそれぞれの距離を測量して、全ての地点について、当該2つの測量の成果値(×m××cmの距離数)を、図面上又は「図面の説明」欄の「距離一覧表」として記載し、特定を完了する。

橋本英史「講話 民事裁判実務の要諦(1)ー裁判官と代理人弁護士の方々へ」判例時報2502号5頁(2022年)

 最初は、「・・・」となります。でも、何度も噛むと、旨味がじわっと滲み出てきませんか?
 図示してくれれば良いものの、これを文で全部説明してしまうのが橋本さんの凄い(?)ところです。
 他にもこんな説明が続きます。

 対象土地の正しい呼称は、「(右の土地(登記特定事項記載)のうち)別紙図面表示のア、イ、ウ、エ、アの各点を順次直線で結んだ線で囲まれた土地」である。アの起点から途中のエまででなく、アの終点に戻る必要がある。「各点を順次結んだ直線で囲まれた土地」という表現は、各点をどのように結ぶかが不明で、各点を結んでできた線も直線ではないため適切ではない。

橋本英史「講話 民事裁判実務の要諦(1)ー裁判官と代理人弁護士の方々へ」判例時報2502号5頁(2022年)

 「別紙物件目録」の1に土地、2に建物の記載があるなどの場合の土地は、「別紙物件目録1記載の土地」でなく、「別紙物件目録記載1の土地」と呼称する。これは、「別紙物件目録1」と「同2」がある場合にも適応できるためである。

橋本英史「講話 民事裁判実務の要諦(1)ー裁判官と代理人弁護士の方々へ」判例時報2502号5頁(2022年)

 1棟の建物の一部が明渡請求の対象である場合は、登記特定事項に加え、建物平面図等の図面……を添付し、「ただし、別紙図面表示の斜線部分」などと記載して特定する。……なお、「赤斜線部分」という表示は、判決書の原・正本作成にカラーコピーを要するなど適切でないから避けられたい。

橋本英史「講話 民事裁判実務の要諦(1)ー裁判官と代理人弁護士の方々へ」判例時報2502号5頁(2022年)

 細かっ!
 当該事件において、別紙物件目録2がないならば、「別紙物件目録1記載の土地」でも「別紙物件目録記載1の土地」でも変わらなくないかと思わなくもありません。それでも、体操選手が爪先まで揃える意識を持って練習するように、「ニ義を許さない」はここまで険しい修行を要するのだと前向きに捉えることにしました。

要諦(1) 文書の単複と成立の認否の在り方

 書証の提出も、多くの弁護士は、修習で見聞きした情報や指導を受けた弁護士のやり方になんとなく追随して、それとなく「実務っぽく」こなしているところでしょうか。本来は『民事実務講義案』や『証拠法大系』を紐解いて考え方を身につけるべきなのかもしれませんが……。
 私が無知なだけなのですけれど、橋本さんの論攷には基礎からへーと思うような記載がたくさんありました。

 書面(書証)の単複(個数)は、「物的(書面の個数)」と、「人的(思想内容の主体の人数)」に大別して観念され、特定される。書証番号(甲第×号証)は、このうち物的な書面の単複により個別の番号を付して表示するものである。……部的には2つであるが、相互に密接に関連している文書に限り、「甲第×号証の1及び2」と枝番を付けるのが通例であり、分かり易い。謄写した刑事記録や医療記録を1つの番号で提出する例も見られる。しかし、これらは、物的に複数の文書の編綴体であり、枝番(又は個別の番号)を付す必要がある。医療記録で文書数が多く、各種の文書(カルテ、看護記録、各種検査書等)が混在しており、文書の標題、作成者、作成日が、その文書の趣旨から明らかな場合に限り、枝番を付さずに下部に通し頁数を付して特定し、準備書面の引用に供することも許容される。

橋本英史「講話 民事裁判実務の要諦(1)ー裁判官と代理人弁護士の方々へ」判例時報2502号7
頁(2022年)

 書面の物的・人的個数は把握していたものの、書証番号は物的個数を基準に付すという理解を書いていたために、物的に1つの書面について、作成名義人が複数いる場合に、複数文書として書証番号を振ったこともあったように記憶しています。
 また、当事者間でやりとりされた携帯電話のメールをスクリーンショットで保存したものを提出する際、膨大な枚数に上ることから、1通の写真撮影報告書を作成し、その添付資料として通し頁を振った写真を付けて提出したことがありました。これも前記の橋本基準に従えば、写真1枚ごとに枝番を振るのが正解だったのかもしれません(特定されていれば、結局のところ問題はないのでしょうけれど)。
 余談ですが、刑事手続では、枝番が許されていないことを知っていますか?初めての刑事被告事件で、弁号証を提出したとき、物的には複数の文書だけれども、相互に密接に関連していると考えて、枝番を振って証拠調べ請求したら、書記官の方から電話がかかってきて、「刑事では枝番は使わないんです」と注意されました。何か根拠はあるのでしょうか。

 さて、連載第1回の締めくくりは、文書の成立の認否の話です。

 代理人弁護士においても、常に相手方提出の書証について実質的に争って否認するか否かを検討し、否認する場合は自ら積極的にその理由を主張する必要がある(規則145条)。そうしないと実質的に争いがないものとして扱われるおそれがある。

橋本英史「講話 民事裁判実務の要諦(1)ー裁判官と代理人弁護士の方々へ」判例時報2502号7頁(2022年)

 文書に捺された印影が作成名義人の印章に拠るものではないと主張するのか、作成名義人がその意思に基づいて署名・押印をしていないと主張するのか、署名・押印欄以外の部分が偽造・変造されたと主張するのか、それらを常に検討しなさいという内容です。
 このことは当たり前のようで、実務上は当たり前になっていない気がします。
 刑事訴訟と比較して、民事訴訟は証拠法の規律が緩やかです。書証も何でもかんでも許容される風潮があり、裁判所もルーズですから、代理人もルーズになりがちです。一方では、とりあえず証拠調べをしておいて、裁判所の自由心証に委ねる良さもあるとは思います。しかし、他方で、成立の真正や関連性の吟味が甘すぎないかと思うことも、間々あります。
 刑事弁護において証拠意見を決めるときのように、証拠書類が手許に届いたら、1通ずつ丁寧に検討しないといけないですね。

 自分の拙い経験に照らしても、相手方から「陳述書」と題する文書が提出されたけれども、作成名義人の記名しかなかった上、相手方の主張書面からすると、どうも作成名義人がその意思に基づいて「陳述書」を作成したわけではなさそうなことが窺われたので、成立の真正を否認したことがありました。でも、裁判官には、弁論準備手続期日においてもまともに取り合ってもらえませんでした。
 この裁判官は、相手方が証拠の申出はしていたものの、未だ取り調べられていない書証について、取調べ済みかのように調書に記載したので、異議を申し立て、常に書記官に立ち会っていただくようにしたので、元々特にルーズな方だったのかもしれません。

 他にも、準備書面において、相手方から提出された契約書の捺印部分は、当方の依頼者の印章に拠って顕出されたものではない旨の主張をして、成立の真正を否認したものの、裁判官に無視されそうになったので、弁論準備手続期日で慌ててそれを指摘して、原本との照合をさせてもらったこともありました。
 橋本さんは、「裁判官においては、各文書の真正な成立に実質的に争いがあるか否かについて常に留意する必要がある」(同7頁)とおっしゃっていますが、現実にはそうなっていない印象があります。

 自分の勉強用のメモで、誰が読むわけでもない気がしますが、だいぶ長くなってしまいました。
 気が向いたら、連載の第2回以降の紹介・感想も書き綴っていこうかと思います。

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