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サッカー選手、岸田和人の長い長い試合という物語

岸田和人、というサッカー選手がいる。

我々(オフナテオッターズ)が、なぜ岸田和人選手を『推し』ているのかを書こうと思う。

元々、サッカーはプレミアしか見ていなかった。
せいぜい日本代表を見るくらいで、テレビで放映があればたまに流し見、代表の選手が気に入れば、そのチームの試合を時々見る。
その程度だった。

そんな折、この地域の実業団で凄い選手がいると聞いた。

サッカー選手を好きになる理由はカッコいいとか強いとか上手いとか。
ありがちな理由としてはそんな感じで、我々も同じく得点王の岸田和人というやたら凄い選手だ、という事を知って好きになった。

試合を見れば姿を追い、ゴールが決まれば『流石岸田だ!』と喜んだ。
年に一度、下関で開催される試合を見に行った。

岸田という選手を好きになり、たまに出てくる情報で性格の一部を知った気になって、そうそう、岸田はこういう奴だよな、判る!と楽しんでいた。
楽しかった。

どんどん強くなるチームを応援するのは楽しいばかりだった。
実業団から一気にJ3、J2に駆けあがった時はやたら誇らしかった。

その頃から、我が家で父の看病、介護が始まった。
父は眉を顰めるような人間で、もしいい所があるとすれば、他人の命を巻き込まなかった、という事くらいしかない。
今の時代なら何度も逮捕されただろう。そういう人だった。
起こさない問題がなかった。が、家族に対してしか迷惑をかけなかった。
外ではいい顔ばかりしていたが、家族には犯罪者そのものだった。

数年後、父は亡くなったが、介護に振り回されている間にそれまでの世界は変わっていた。

友人は、やはり同じように親の介護に追われたり、なにかに苦しむ人しか残らなかった。
まっとうな親に恵まれた人の余計なアドバイスは、むき出しの心臓に槍で貫かれるような思いしか生まなかった。

看病の為、断るしかなかった大きな仕事のプロジェクトは大成功していて、自分も関わっていたかったな、と残念に思った。
大好きだったバンドは複数、メンバーが亡くなってしまって活動しなくなっていた。
毎年出るシリーズで集めていた本も、あわただしさに買う事すら忘れ、その年の本は抜けて落ちている。
もっと勉強を教わりたかった恩師も施設へと入られた。


自分は取り残されたんだな、と思った。

そんな時、毎年下関で開催されるサッカーの試合がある頃だと気づく。
そっか、もうそんな時期になるのか。試合か。介護の前は行けてたな。


家族が言った。
「サッカーの試合行こうよ!」

「やだよめんどい。どうせ知ってる選手、もういないし」

知ってる選手は大抵、上位リーグに行ってしまっていた。
そういうものだと判っていても、今更見る気はしなかった。

「でも、岸田がいるよ。岸田見たいじゃん」

え、と思った。
岸田がずっと同じチームに所属していたのは情報としては知っている。
放映がある時、たまたまタイミングが合えば見る事もあった。

トラブルは家族がいなくなれば終わるものではなかった。
どこに隠れていたのかというほど次々に嫌なものばかり出て来た。
それを処理するだけでもしんどくて、サッカーを見る気すら起きなかった。
でも。

「岸田かあ。確かに見たいかも。でもなんかしんどいじゃん」

やっと以前の生活に戻ると思いながら取り戻そうとするのに、面倒が次々と襲い掛かってきていた。
整ったものをいくつも失うのは辛かった。
何の為に取得したのだろう、と思う資格を全く生かせなくなっていた。
必死で働いて得た結果は、とっくに亡くなった人のミスを補うために消えて行った。

でも、家族がまた言った。

「……こういう時はサッカーに行くんだよ」

今も十分しんどいし、忙しいし、出来ればもう何もしたくない。
時間だってあるわけじゃない。少しでも稼いだ方が。遊んでいる暇なんか。

「こういう時こそ、サッカー行こう。絶対楽しいし」
「いや、お前絶対に岸田見たいだけじゃん」
「そうだけど」
「まあでもそっか。岸田いるのか。そっか」
「そうだよ岸田だよ。絶対決めるって」

そうだよな、と思った。
岸田だったら、いつだってゴール決めてたもんな。
決めまくっていた頃を思い出して、思わず笑ってしまっていた。

「岸田は絶対、準備してるもんな」
「そーだよ。岸田だよ。ギリラストにばちこん決めるって」

そっか。岸田が居るのか。
知ってる場所に、この場所に、まだ居てくれてるのか。
数年間、振り回されていろんな事に取り残されていた間にも、岸田はサッカー選手で、ここに居てくれたのか。


取り残されてしまったんだ、という気持ちが少し消えた。
行こう、と決めた。

数年ぶりに行った会場は、やっぱり以前とはちょっと雰囲気が違うと思った。
残念ながら、その試合は岸田選手は控えだったけれど、チームの結果は勝利だった。
楽しかった。試合に出る岸田を見たい!と思って、時々、スタジアムへも出かけるようになった。

あの時に岸田選手を見に行かなかったら、サッカー自体を思い出さなかった気がする。

アディショナルタイム、残り時間わずか、接戦の最中、スコアはドロー。
気づかずにいたけれど、我々にとっては、多分そういう時間帯だった。

でも岸田だったら。
そういう時間帯でも絶対にチャンスを掴むんだ。

岸田が居るから見に行こうよ。
そうして見に行ったサッカー場で勝利した瞬間、思わず立ち上がって腕を振り上げて声を上げていた。

試合に出ていないその時にも、岸田選手はぼくらというサポーターへ、サッカーに繋がるチャンスを作った。
何年もの、岸田選手の結果や貢献や信頼が、ぼくらをスタジアムに呼んだんだ、と思っている。

一介のサポーターが、選手の事なんか知れるはずない。
どんな努力をしてるのか、なんて妄想に過ぎないし、ただの思い込みでしかない事は判っている。
素人が判る事はたかが知れていて、多分教わったとしても、百分の一すら理解できないだろう。

きっと妄想でしかないけど、90分じゃない、多分、その前の試合が終わった時から、その一瞬の為にも準備してるんだ。

今日の試合が終わったんじゃなく、岸田和人の長い試合はずっと続いていて、その中の一つが今日の試合。
だから今日の試合の結果は、それで終わったんじゃなくて次の、更にその次の試合の続きなんだろう。

いつも試合が楽しみなのは、岸田和人という選手の長い長い試合の一つを見続けているからだ。

取り残された気持ちが薄らいだのは、ずっと物語が続いてくれていたからだろう。

サッカー選手、岸田和人という物語が、決して平坦ではなかった事を知っている。
今だってきっとそうだろう。


それでも願わくば、この長い長い試合の物語が、少しでも長く続きますように。

ぼくらの住んでるこの街に、サッカー選手として来てくれて、本当にありがとう!

Vamos岸田!ぼくらの最高のヒーロー!



オフナテオッターズより愛をこめて

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