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アラサーの頃を思い出す
その夜は推し球団のシーズン最終日だった。
彼氏のいない三十路女3人は"いつもの"場所でその試合をテレビ観戦した。東京、日暮里駅近くの焼肉屋。推し球団の人気選手の実家である。それほど広くない店内には野球中継を流すテレビと、壁には球団のポスターやカレンダーやチームの記念写真などが飾られており、本拠地が遠い北国のその球団を推す東京都民にとっての憩いの場であり聖地である。おしゃれなイタリアンで女子会をする代わりに西武ドームやマリンスタジアムで野球観戦を兼ねた女子会をするような私たちは野球中継を一緒に見たい時よくここを利用していた。焼肉は美味しいし、いつも前菜代わりに頼む韓国風冷奴は絶品で、何よりも選手の父親であるここの店主が選手に瓜二つなのである。
私たちはいつも仕事帰りにその店に行った。やっぱり今日は合コンに行こうか、と急遽行き先が変わっても対応できる程度に小綺麗なアラサー女たちは野球好きのおじさんがメインの客層であるこの店にはいつでも異質な存在だった。ただし、その日は私たちよりも異質な客がいた。
縦長の店内には4人用のテーブルが5〜6卓ほど。全員が同じ球団のファンだからヒットの場面や得点の場面ではどの卓も沸き、逆転なんかしようものなら店内にいる他人同士がハイタッチした。その日もそんな場面が何度かあったのだが、私たちの隣席に座る男女二人だけは他の客のようには興奮せず、小さく拍手したり、興奮する客を堅い笑顔で慣れないように眺めるだけだった。
「デートで来たのかな…しかしなぜこんな場所に…」
すぐ隣にいるため彼らの話題は出さなかったが、私たちは3人とも同じようなことを考えていた。時折聞こえてくる二人の会話がぎこちなくて、二人がまだ付き合っていないことはすぐにわかったし、このデートがあまり上手くいっていないことも明快だった。
試合終了を待たずして彼らは店を出た。友達の一人は「なんか、間違って入っちゃったのかな、この店に」と言った。もう一人も「初デートっぽかったよね」と言った。そして私たちはまた野球と肉をつまみに女子会を続けた。
それから20分ほど経って、店のドアが開いた。すると奥の座敷に座るおじさんが叫んだ。
「おう!オネーちゃん!忘れ物かい?どうしたの!」
その声に反応してドアの方を見るのとほぼ同時に、ドアの前にいたその「オネーちゃん」が私に駆け寄った。
「きゃー!久しぶりー!」
その「オネーちゃん」はさっきまで隣でデートしていた女子だった。それなのに「久しぶり!」と満面の笑みで私のところへ駆け寄ってきたのだ。私の反応は「え?何?誰?」だった。
「私だよ!去年の日本シリーズで近くの席にいた〇〇!」
私はやっと思い出した。彼女はその前年開催された対巨人の日本シリーズにて、巨人ファンで埋め尽くされた東京ドーム外野席にいる数少ない同志の女子ということでメアドまで交換した人だった。メールのやりとりも何回かはしたのだが会うことはなく、日本シリーズ以来の再会だった。ちなみに隣に座っていた彼女に全く気付かなかった私に落ち度はない。何故なら、デート向けに髪を巻き揺れる系ピアスをして着飾っていた彼女は、東京ドームでは緑のジャージにTシャツをインして職人みたいに頭にタオルを巻いていたのだ。勿論ノーメイクで。びっくりするくらい別人のようだった。
この不思議な再会に店にいた客全員が沸いた。店主もにこやかに、彼女にまたおしぼりと水を出した。
聞くと、彼女はその年のシーズンが始まる時に「今のままではいけない!」と野球から身を遠ざけ婚活を頑張っていたのだとか。その日も勿論婚活目的のデートだったが、待ち合わせがこのエリアだったために彼女自身がどうしても一度行ってみたいと思っていたこの焼肉屋に来てしまったのだという。相手の男性とお決まりパターンの会話を続けるその横で私たちが楽しそうに野球の話をしているものだから、デートの間もずっとこっちに加わりたい気持ちで心落ち着かず、相手の男性とは駅前で早々にお別れし走って店に戻ってきたそうな。
こうして、妙齢女は3人から4人になって、野球話と婚活話で盛り上がった。
「婚活、1年頑張ってはみたけどなかなか上手くいかないんだよねー」と彼女は言った。友達が「婚活なんてやめてまた野球に戻っておいでよ」と言うと彼女は「あー、でも私、今マキダイにはまっちゃってて金欠なんだよね」と言った。ちなみに私はその時マキダイが誰か知らなくて「誰?」って聞いたら友達のみならず店にいた50代くらいの男性にまで「マキダイは俺でも知ってるよ」と総ツッコミされた。てか、この店の客、みんな距離感近すぎる。
そんなある夜の出来事をふと思い出してしまってこんな文を書いてしまっているのだけど唐突感すみません。婚活彼女とは結局その後会うことはなく、推し球団はこの年のドラフト会議でハンカチ王子を引き当てフィーバーが巻き起こるものの成績は芳しくなく、野球応援にダレた私は野球友達の「合コン強化月間」に巻き込まれ、結果「この世にロクな男は残ってない」の結論と共に、合コンで知り合った女子から東方神起の洗礼を受けて見事ハマり韓国語まで勉強し始めて遂には韓国人と結婚!という、この日の誰もが予想もしなかった人生を歩みました。あの頃の数年って今思えば圧倒的Y字路の多い道というか、見える景色にあまり変化がないからその時は「変わり映えのしない日々…」なんて思っているんだけど実際にはY字路に出くわす度になんとなく選んだ道によって驚くような場所に到達するような?そんな時期だったなぁなんて思います。だから、これは完全なる個人的考えだけど、無理やりないところに道を作って行くような人生の歩み方より、既にある道をゆっくり散歩しながらなんとなくその時行きたい方向に進んでいけばいいんじゃないかなぁ、なんて思ったりするんですよ。ちなみに婚活否定ではないよ。婚活する、という道もまたひとつの道なわけで、「来年はマキダイに集中したいから婚活はちょっと休もうかなぁ」なんて言っていた彼女もきっと結婚して、子供産んで、今頃はアミになっているかもしれない。ミーハーの魂百まで。
(※マキダイのカタカナ表記すみません)
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