【無料公開】アグリゲーターからプラットフォーム化するAmazon戦略 Daily Memo - 9/8/2023
今日のDaily MemoはFlexportのCEO復帰の話とAmazonのフルフィルメント事業戦略についての話です。こちらはOff Topic Clubメンバーシップ向けに平日に投稿している「Daily Memo」ではありますが、少し長文で画像やTwitterを表示する必要があったため記事として書かせていただいてます。気になる方は是非Off Topic Clubに参加してみてください!今回は特別に無料で配信してみました。
FlexportのCEO復帰の騒動
Amazonの戦略のトピックについて話す前に、昨日Flexport CEOで元Amazon経営者のDave Clarkが退任して元CEOで創業者のRyan PetersenがCEOとして復帰したことが発表された。
こちらがDave Clarkさんの退任発表メッセージ。
そしてこちらがCEOとして復帰したRyan Petersenのメッセージ。
20年以上Amazonに勤めていたDave Clarkが2022年9月にFlexportにCo-CEOとしてジョインした時は業界内では衝撃が走った。Dave Clarkは元々AmazonのConsumer部門のCEOで、Amazonのロジスティクス事業の立ち上げやKivaの買収を担当した重要人物。そのDave Clarkがロジスティクス企業のFlexportに入るのはFlexportがAmazonレベルのロジスティクス事業を立ち上げられる可能性を示した。Flexportにジョインした時はまず創業者兼CEOのRyan Petersenと共同代表 (Co-CEO)になり、半年後にRyan Petersenが会長となってDave ClarkがCEOとなる計画と発表された。
就任してから半年後にCo-CEOからCEOになったDave Clarkだったが、CEOになってから半年後に退任となったのは方向性の違いだと思われる。Dave ClarkとRyan Petersenは同じビジョンを抱えていたが、実行する方法やリスクの考え方が違った。Amazonと対抗するフルフィルメントネットワークを作ることを二人とも考えていて、Flexportとしてはリテールブランドのラストマイルのロジスティクスの支援もすることによって、より多くのロジスティクスのプロセスをコントロールできる会社になることを考えた。それを実行するためにDave Clarkは数名のAmazon経営者を採用した。
何故Dave Clarkは退任したのか?
Dave ClarkはAmazonでも大きく投資してリスクを取る人として有名だったが、Flexportにジョインしたタイミングがもしかしたら厳しかったのかもしれない。ちょうどコロナ明けでFlexportのコア事業の成長が鈍化し始めた時に入り、市場環境も悪化していたので投資やリスクをするよりも黒字化を気にする株主が増えた。実際に先週Flexportの取締役会で売上成長が鈍化したためコストカットが必要と話していたらしい。Dave Clark曰く、取締役会の数日前からRyan Petersenは距離を置き始めたが、取締役会では極端に方向性を変えるという形ではなかったと語る。
Dave Clarkが言うにはRyan Petersenが戻ってきたかったのが原因ではあるが、これはもう少しDave Clarkの判断によって行われたものなのかもしれない。Ryan Petersenの復帰した時の社内向けメモでは黒字化と顧客とのコミュニケーションを重要視したいと記載したが、書いた感じだと前CEOに対しての批判に見える。今回は退任というよりもクビにされたのが正しい表現。木曜日に退任発表する前日にRyan PetersenおよびFlexportの取締役がDave Clarkと電話会議を行い、そこでクビにされるか退任するかの選択肢を与えた。同時にDave ClarkがAmazonから引き抜いたFlexport経営メンバーを少なくとも5名ほどクビにした。
Shopifyのロジスティクス事業の脱退とAmazonのBuy with Primeの脅威
今回の退任の恐らく大きな原因はDave Clarkが単独CEOとなって行ったShopifyのロジスティクス事業の買収の判断だったのかもしれない。FlexportはShopifyに13%の株式を引き換えにロジスティクス企業Deliverrを買い取った。Shopifyは2022年5月に$2.1Bで買収したので、Flexportの前回ラウンドの時価総額の$8Bの13%を取得したと考えると、$1.3Bほどの減損をして売却した。その買収によってFlexportはラストマイル事業に入れるようになったが、Deliverrは2022年中旬時点では$130MぐらいのARRしかなかったので、Amazonに対抗できるほどの事業ではなかった。
ShopifyはFlexportの大株主になったため、FlexportがよりShopifyブランドのフルフィルメントを勝ち取れる可能性はある。ただ、それも直近発表されたShopifyとAmazonの提携によって複雑になってくる。この2社の提携によってShopifyブランドはAmazonの「Buy with Prime」チェックアウト機能を自社サイトに組み込めるようになる。Buy with PrimeはAmazon Prime会員がAmazonサイトで購入する時と同じ配送体験を受けられる。例えばショップAがBuy with Primeを導入すると、Prime会員がそのショップのサイトに行って何か購入すればAmazonが1〜2日間で配送してくれる。返品含めて全てのロジスティクスをAmazonが提供することによって、Shopifyブランドは裏方の業務を気にしなくて良いという機能。
Shopifyとしてはプラットフォームを使ってくれているブランドにAmazonの高いクオリティのロジスティクスを提供できるのと、今回のAmazonとの交渉で重要な条件を組み込んだ。それは決済手数料をもらえるということ。過去のOff Topicポッドキャストでも話したように、Shopifyはサブスクメインの会社から決済手数料から主に売上を作る会社へとシフトした。そうすることによってリテール企業の数ではなく、その成長と一緒にShopifyが拡大していく、インセンティブを揃った事業体制を作ることが出来た。
2年前のエピソードとなりますが、Shopifyの戦略について考察したポッドキャストに興味ある方はこちらをお聴きください!
そんなShopifyからするとBuy with Primeは非常に驚異的な存在だった。そもそもAmazonが提供している時点で気にしてたのもあったが、Buy with Primeは元々Amazonの決済システムを活用するため、ShopifyからするとBuy with Primeを対応してしまうとAmazonのツールに魅力を感じてShopifyブランドがAmazonに移行もしくはよりAmazonにフォーカスするリスクだけではなく、そもそもBuy with Primeを使うとShopifyに決済売上が入ってこなくなる恐れがあった。そのため、2022年4月にBuy with Primeがローンチしてから数ヶ月以内にShopifyブランドがBuy with Primeを検証し始めた時にShopifyはBuy with PrimeのHTMLボタンのコードを導入する際に忠告画面を出した。そこでは「Shopifyの利用規約に違反したコードを入力しています」と記載があり、規約書にはShopifyのチェックアウト機能を利用するのが必須と記載されている。
今はアメリカだけでしか使えないが、アメリカだけでも1.48億人のAmazon Prime会員がいる。それを考えると、Prime会員用のチェックアウト機能を入れてAmazonのロジスティクスにアクセスできるのはShopifyブランドにとっては魅力。そう考えるとAmazonはそれをレバレッジしてより良い条件でBuy with Primeの導入を交渉出来たはずだが、Business InsiderによるとShopifyの方が優位的な立ち位置で交渉していた。その理由はAmazonがよりBuy with PrimeをShopifyと連携させたかったからとのこと。結果的にShopifyはBuy with Primeの指標がShopifyダッシュボードで表示されること、そして最も重要な決済売上はShopifyがもらえるようになった。
実際のプロセスとしてはShopifyブランドのサイトでBuy with Primeボタンを選択するとAmazonアカウントにサインインして決済方法を選んでから最終的にShopify Paymentsに戻り、Shopifyのチェックアウト画面で処理されるようになる。このプロセスを見ると、もしかしたらAmazonはBuy with Prime経由の取引の一部の決済売上を貰えているかもしれないが、レベシェアがない可能性もある。
そうなると、何故Amazonはわざわざこの提携を行ったのか?答えはAmazonのAWS戦略を見ると分かる。
アグリゲーター経由のプラットフォームビジネス
Amazonのコア事業であるECサイトAmazon.comはユーザーのアテンションを集めるアグリゲータービジネスである。元々は自社販売していたが、スケールするための徐々に第三者のブランドを抱え込むマーケットプレイスへと進化した。実際に今年の終わりには第三者からの売上が全体のGMVの6割を占めると予想されている。
そのECサイトを支えるために出てきたのがAWS。AWSは元々AmazonのEC事業が顧客だったため、高いコストを投資してでも開発が出来た。その開発コストをコア事業が補ってくれるため、後にそれをAmazon以外の顧客にも販売できるようになった。競合サービスはそもそもAmazonのようなEC事業を抱えていないため、同じような開発投資するのが厳しい。AWSを事業化することによって、今ではAWS単体で$80Bの売上と$23Bの利益を去年出している。
今では$40B以上の年間売上を抱えるAmazonの広告事業も実は似たようなストーリーがある。広告を出す前にAmazonではサイト内で商品のレコメンドを強化することによってユーザーの消費額を向上させる研究を行っていた。2003年に行われた研究ではユーザーのCTRやコンバージョン率をベースにダイナミックにサイトが変わり、パーソナライズされたショッピング体験を提供することが提案された。その考えで生まれたのが「よく一緒に購入されている商品」や「この商品を見た購入者が見た商品」のレコメンド欄。
一緒に購入されている商品のレコメンド欄は残っているが、もう一つのレコメンドは「この商品に関連する商品」と広告枠に変更している。その理由は2000年代の初めに広告事業がなかったAmazonはサイトトラフィックを上げるためにGoogleに頼りすぎていた。当時は社内で「Google Reliance metric」とGoogleにどれだけ頼っているかの指標まで作っていた。Googleに広告を出してユーザーを獲得するのではなく、自ら広告を出してコストを売上に変えることをAmazonは決めた。
実はこれはAmazonの何回も行ってきた戦略。コストを売上に変える戦略はプロダクト、フルフィルメント、技術、マーケティング、決済、広告などの領域で行っている。
AWS化するフルフィルメント事業
Amazonのフルフィルメント事業は広告事業と同じようにコストだったのを売上に変えられていた。ただ、AmazonのAWS事業と広告事業で大きな違いがある。それは広告事業はAmazonサイト内で制限されるが、AWS事業はAmazonのコア事業だけに頼らなくても成り立つビジネスであること。別の言い方で言うと、広告事業はAmazonの成長によって制限されるもので、AWSはより大きな市場規模を狙える。
この話が何故重要かと言うと、今回のAmazonのBuy with Primeの動きはAmazonのフルフィルメント事業を広告事業みたいにAmazonの成長に制限される事業ではなく、AWSのような単体の事業部になり得る規模の会社にシフトさせるための大きなステップである。この展開が行われているタイミングがAWSを元々担当したAndy JassyがAmazonのCEOになってからであるのも非常に興味深い。
Amazonとしてはフルフィルメント事業のコアな顧客はAmazonでありながら、それをどう拡大させるのか一番の課題だった。特にShopifyや他のECプラットフォームではAmazonで販売しなくても自社サイトで販売して成り立つビジネスが出てきたため、Amazonはコア事業以外の領域でもECブランドを獲得する方法が必要になった。だからこそBuy with Primeの展開を始めたと思われる。
過去2年間AmazonはShopifyと競合するECサイトを作れるサービスを開発している。コードネーム「プロジェクトSantos」はShopifyと似たような機能が含まれるらしいが、恐らくShopifyほどのプロダクトではない。ただ、Amazon専門で販売しているリテーラー向けに自社サイトを作れるオプションを提供しながら、裏方の決済やフルフィルメントはAmazonがBuy with Primeで対応できるようにする可能性がある。そうするともしかしたらより多くのD2CブランドがAmazonとbuy with Primeを活用してくれるかもしれない。
今回のShopifyとの契約ではAmazonは決済売上が入ってこないかもしれないが、フルフィルメント側では売上が出るようになる。Buy with Primeを使うためにはブランドはAmazonのフルフィルメントセンターに在庫を置かないといけない。在庫の保管料とサービス手数料はブランドとしてコストがかかるが、これだけでも今までAmazonがリーチ出来なかったブランドから売上を獲得できるようになる。
Amazonとしては自社サイト以外でもリーチできるからこそ、今までのコア事業の展開も拡大出来る。
プライムデーを拡大させる"Amazon外"プライム戦略
今年のAmazonプライムデーの2日間では$12.7Bの消費があったと言われている。これは世界の6.7%の売上を占める数字で、Amazonで販売するブランドからすると多くの顧客が購入する姿勢でAmazonにきてくれるため、売上により繋がりやすい。逆に競合のTarget、コストコ、Best Buyなどはプライムデーの時にはそこまでトラフィックが上がらない傾向にあるので、ブランドとしてはどうやってこのプライムデーに相乗りするかを考えないといけない。
今年のプライムデーで非常に興味深かった動きはプライムデーの日にAmazonではなく自社サイトでプライムデーのディスカウントを提供したブランドが150社いたこと。それを可能にしたのがAmazonのBuy with Prime機能。参加企業はプライムデー用のディスカウントクーポンを提供できることを考えると、より多くのブランドは次のプライムデーまでにBuy with Primeを導入してその日にユーザー獲得するはず。実際に2PMがトラッキングしたブランドからでは1,603社のShopifyブランドがBuy with Primeを導入している中、そのうち241社はプライムデーの30日前以内に導入している。
Amazonとしてはプライムデーをショッピングする日として認識させようとしている。2015年から始まったプライムデーはAmazonとしては売上にかなり貢献してくれる日でもある。アメリカでは全員がショッピングするBlack FridayとCyber Mondayがあるが、それと並ぶショッピングイベントをAmazonが作ろうとしている。ただ、それを全店舗で可能にしなければいけない。去年Black Fridayの1日だけで$9.2Bのオンライン消費があった。さらにCyber Mondayでは$11Bのオンライン売上があった。Amazonはその規模感に成長するにはAmazonを使っていないブランドにもプライムデーに参加してもらわなければいけない。
結論
FlexportのCEO交代は一つのニュースにしかすぎないかもしれないが、裏ではAmazonの戦略を感じさせる動きだった。今回CEOとして退任したDave Clarkはテキサス州の知事になることを検討していると噂されているが、SHEIN、TikTok、Temuがかなりアメリカ展開に投資をしていることを考えると、そこに行ってもおかしくない気がする。もしかしたら最もフィットする企業はWalmartで、WalmartがDave Clarkを採用してFedExなどロジスティクス企業を買収してスピンオフさせてDave Clarkをその会社のCEOにさせてAmazonと対抗する道も見える。
ただ、個人的にメインのストーリーはDave Clarkが退任した理由とそれがどのようにAmazonを影響するのか。面白いことに、Amazonは過去12ヶ月間で2社の競合となり得る会社を弱めることが出来た。FlexportはShopifyのロジスティクス事業を買収することによってAmazonの強敵になるはずだったが、コア事業の売上成長がフラットになり、コスト削減をしないといけない中でリーダーシップの交代が起きた。この事態を作り上げたのが元Amazon経営メンバーだったため、人によってはAmazonがスパイを送り込んでクーデターを起こしたのではないかと思う人もいる(個人的にはそうではないと思っている)。
そしてAmazonが弱めたもう一社はShopify。元々ロジスティクス事業を拡大してAmazonと対抗する予定だったShopifyはその事業をFlexportに売った。さらに売るだけではなく、AmazonのBuy with Primeを受け入れたので、Amazonのロジスティクス事業はECエコシステム内ではより重要なプレイヤーとして成り立つようになった。
AmazonとしてはこのままBuy with Primeを通して、AWSのようにAmazonサイト内以外のブランドにリーチして、フルフィルメント事業をマーケティング材料としてAmazonで販売するブランドを増やしながらAWSと同じぐらいの規模の事業として目指すはず。コストから売上、そして自社エコシステムの売上からプラットフォーム化する戦略をとっているからこそ、Amazonは成長し続けているのかもしれない。
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