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警察の盾 : アメリカの警察はなぜ暴走が許されるのか?

自己紹介

こんにちは、宮武(@tmiyatake1)です。これまで日本のVCで米国を拠点にキャピタリストとして働いてきて、現在は、LAにあるスタートアップでCOOをしています。Off Topicでは、アメリカのテックニュースや、直近ではアメリカの人種問題など社会問題を解説するnoteとポッドキャストをやっています。まだ購読されてない方はチェックしてみてください。

はじめに

先日公開した記事「BLACK LIVES MATTER:ジョージ・フロイド事件が表すアメリカの社会的課題」を色んな方が読んでいただき、共有していただき、コメントしていただいたことが非常に嬉しかったです。少しでもこの課題を皆さんに認知してもらうことが重要かたくさんの方が理解してくれたと私にも希望を与えてくれた。記事の中でアメリカには「システマチックな問題は組織・社会として存在する」と記載してますが、その一例を紹介します。

今回の記事は人種差別問題ではないが、ジョージ・フロイド事件に関わること、警察が持つ圧倒的権利と免責について解説したいと思います。実は法律上だと、警官は大体何をやっても守られるようになっているのが今のアメリカの現状。ここ何十年分の警官が殺害など犯罪の疑いで裁判まで行った案件を見ると、ほとんど(何千件)が警官側の判定に終わっている。
今回は警官を守っている法律の「Qualified Immunity」の話をしたいと思います。

Qualified Immunity(限定的免責)とは

Qualified Immunityとは、1982年に正式に最高裁判所が作った法律制度。これは警察含め、政府系の関係者に対して設けた限定的免責。日本にはQualified Immunityの良い翻訳がほぼ無く、ほとんど研究されていない。唯一ネットで見つけたのは、早稲田大学の研究資料で書かれていたQualified Immunityの定義:

有効な令状に基づく、客観的に見て合理的な重要承認の逮捕及び抑留については、逮捕期間が不適切な動機を持っていたとしても、その違憲性を争うことはできない。政府職員は、①連邦法上の権利を侵害したときでも、②その権利がその当時明確に確立された物であった場合を除いて、賠償責任を負わない。東裁判所は、①②の判断の何を先行させるかは下級裁判所の裁量に委ねられていることを確認している。

ここで重要なのは②の「明確に確立された物」と言う記載。この大したことなさそうな文面が実は大きなハードルを作っている。この「明確に確立された物」の条件を満たしたい場合は、過去に最高裁判所、もしくは連邦控訴裁判所で同じ状況なおかつ同じ行為が行われて有罪と判断された事例を見つけなければいけない。

逆に事例が無ければ、警官が例え人を殺害や犯罪を行ってたとしても、その警官はQualified Immunityに当てはまり、有罪には出来ない。

ほぼ勝つことができない、Qualified Immunityの壁

このQualified Immunityのハードルをクリアするのにどれだけ難しいかを幾つかの事例でお見せします。

まずは2019年11月の事件。既に逮捕された容疑者に対してテネシー州の警官が警察犬にその容疑者を噛むように命じた。そこで、容疑者が裁判中に過去の事例で逮捕されて横になって手を横に向けてた容疑者を警察犬が噛んで有罪になったケースを出した。裁判所としてはこの状況は違うと返した。理由は事例では容疑者は横になって手を横に置いてたが、今回の事例は容疑者が地面に座って手をあげてたからと理由付けした。

2020年2月にはテキサス州の牢屋で警備員が牢屋に入っていた人を理由なくトウガラシスプレーをかけた。これも裁判所ではQualified Immunityに当てはまると言った。理由はまたまた事例が同じ状況ではなかったこと。あがった事例は警備員が理由なく牢屋の人たちを拳で殴ったりスタンガンで撃ったため、同じではないと。

2020年5月には複数人の警察官が容疑者の家の侵入調査をした時に$200K(約2,150万円)分相当のキャッシュとコレクターコインなどを盗んだのに、Qualified Immunityが適用されて警官は罰を受けてない。

2020年1月にはある女性の元彼を逮捕するために、その女性から家の鍵をもらってたのに侵入調査の際に催涙ガス手榴弾を使った。これも結局Qualified Immunityが適用された。

ロイター調査によると、このQualified Immunityのおかげで警察は異常なる力を使っても無罪になったことが何千件もある。そして最高裁判所に行ってもほぼ勝てない。ここ30年間で30件ほどQualified Immunity案件を最高裁判所が議論した結果、28件がQualified Immunityが適用されると判断している。特に2017年から警察寄りに判断する傾向になっている。

Qualified Immunityの定義の変更?
たまたまではあるが、今週に最高裁判所が集まり、Qualified Immunity自体を再検討する必要があるかディスカッションをする。数名はこのQualified Immunityは警察の盾になっているとも話しているので、定義の変更、もしくはQualified Immunity自体の削除を期待したいです。ただ、もしかしたら少しずつの変化になる可能性もある。逆に何も変わらなければこのまま警察が圧倒的に権力を持つことになる。

警察の暴力の「少ない腐ったリンゴ」

今回のミネアポリスの暴行事件でジョージ・フロイドを殺害したデレク・ショーヴィン元警官に対して使われた言葉は「He's just one of few bad apples(彼は数少ない腐ったリンゴでしかない)」という発言。これは本当なのか?これまでにも人種差別的に殺害した警察官に対して言われた言葉だったが、警察官による黒人射殺が相次いだ2016年にコメディアンのジョン・オリバーがすでに説明してくれている。

まず、これを把握するのは大変。2016年に当時FBI長官のジェームズ・コミーも話しているが、警察からもらえるデータ量は非常に少ない。1年、1ヶ月に何名が警察に撃たれたかすら分からない。警察が撃って殺された人数は記録されていて、2013年〜2019年で7,666人が撃たれて亡くなっている。そして、その中のデータを見ると、黒人は白人の2.5倍の確率で撃たれて亡くなっている。

しかも、この「腐ったリンゴ」が発覚しても、ほとんど処分を受けない理由は先ほど話したQualified Immunity以外にもいくつか理由がある。まず、不正行為の調査は起こった警察の部署内で調査される。自分の同僚を本当に有罪にさせるかと考えると、このシステムが壊れているのが分かる。さらに、懲戒記録を削除できるルールもある。過去にアリゾナ州で記者がある警察署の懲戒記録を要求した時に、その警察署の署長が社内向け動画で記録を削除するリマインドをした。

さらに悪いことをやっても、その罰を受ける前に辞めて、別の警察署に行く人も多い。頻繁に起こっているため、警察業界では頻繁に移動する警官を「ジプシー警官」と呼ばれている。ある警官は9年で9箇所の警察署に移動、うち1年で3箇所の移動をしたこともある。

2014年におもちゃの銃で遊んでいた12歳の黒人のタミヤ・ライスを射殺した警官は実は前の職場でクビになるところだったので辞めて、彼を撃つ前の拳銃トレーニングで上司が感情維持を出来なく、勤務するのに困難であるとフィードバックしてた。その警官も無罪となっている。

ちなみに、警察が全員悪い人ではない時に使う「腐ったリンゴ」の表現の使い方は実は間違っている。その「腐ったリンゴ」の本来のことわざは「One bad apple spoils the barrel」。翻訳すると、「一つの腐ったリンゴがその木の全部のリンゴを腐らせる」。これが、まさに今アメリカで起きている現状。

今のシステムでは腐ったリンゴを無視して、圧倒的な権力を与え、法律を彼らの盾にして、過去の悪い出来事の小緑を消して、感情が不安定なリンゴをいろんな警察署にシャッフルして回している。

最後にもう一度人種差別問題の話へ

このQualified Immunityは正式に1982年に作られたと話しましたが、実は一番最初に最高裁判所がQualified Immunityと似た概念のことを言い始めたのは1967年。当時ミシシッピ州の抗議者たちに警察が暴力をしたのが最高裁判所まだ上がり、警察側は無罪となった。何故この1967年が重要かと言うと、この年にマイアミ警察のウォルター・ヘッドリー署長が黒人に対する人種差別的なことを発言した年である。ヘッドリーは黒人に対して警察の残虐行為をするように命じて、彼の有名な発言は「when the looting starts, the shooting starts(略奪が始まれば、銃撃を開始する)」。

この発言を聞いて分かる方はいますか?この言葉の引用はアメリカの大統領の言葉です。

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引用:Donald Trump Twitter

個人的にはトランプはウォルター・ヘッドリーを知っていてこの発言をしたとは思えない。ただ、人種差別主義者と全く同じ言葉を使っているのは誰が考えても良くはない。トランプは過去にもセントラルパーク・ジョガー事件事件の時も、大統領として立候補するときにきっかけとなったオバマの母国を疑うことも、2017年のシャーロッツヴィルでの事件の時も、人種差別主義者でありそうな発言を繰り返し行っている。そのようなリーダーが今起きている問題、そしてこの記事の警察の暴力問題について本当に真剣に考えて、ソリューションを出すと思いますか?

結論

アメリカでは多くの人が警察が有効に活動できるためには暴力を使える権利を広く許すことに賛成する人がいる。それに最も賛成している人たちは自分たちにその暴力の対象にならないと分かっているから(白人)。ただ、Qualified Immunityのように暴力を広く許してしまうと、警察の社会責任が失われ、それが国民からの信頼を失うこととなってしまう。それがまさに今の状況。

アメリカの法律、システム、組織設計、警察の軍事化など、様々なルールや仕組みによってジョージ・フロイド事件が毎日のように起こっている。これをまずみんなでこのような仕組みやルールが存在していること、そしてそれが誰(白人)のためにあることを認めなければいけない。これが恐らく一番難しいこと。

2016年にアメフト選手のコリン・キャパニックが警察の暴行を抗議するために試合が始まる前のアメリカ国家の途中で跪いた時に、多くの白人、そしてアメリカの大統領と副大統領が批判した。彼は暴動に参加した訳ではなく、誰も傷つけていないのに、これは「非アメリカ的だ」と言われ、場合によっては「アメリカ軍への無礼だ」とも大統領から言われた(コリン・キャパニックに跪くようにアドバイスをしたのは元軍人の方だったのにもかかわらず)。

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引用:The Telegraph

一部の白人にとって跪く行為だけでもやり過ぎであれば、黒人はどうやったら壊れたシステム・国に対して思いを語れば良いのだろうか?結局は白人の慰めが黒人の安心・安全より優先されているのが見える。ニューヨーク・タイムズ記者のニコール・ハンナ=ジョーンズが語るように、「アメリカ歴史で黒人の非暴力の抗議が成功したことはない」と発言している。しかも白人も過去に何回も暴動を犯しているが、特に大きな問題とはならないことが多い:

壊れたシステムにはもしかしたら暴動が必要かもしれない。今は暴動の中に悪い人たちが混ざって略奪や意味のない暴力などを起こしている。ただ、その悪い人たちを除いた前提で考えると、暴動は非アメリカ的なことではない。むしろ、アメリカへの愛国心を最も表す行動かもしれない。

私が通っていたボストンにある高校の街のコンコード市はアメリカ独立戦争の口火となった場所でもある。アメリカでは国を良くするために暴動が繰り返された場所でもある。アフリカ系アメリカ人公民権運動を非暴力的な抗議と見られがちだが、それをもたらしたのは暴力的な行動の繰り返しだった。

暴動を批判する人たちに問いかけたいのは、逆に抑圧されたものた抑圧者とどう対抗すれば良いのか?どうやれば抑圧されたものは権力を得られるのか?暴動は嫌でも反応を引き出すものでもある。元の状況に戻れなくする。アメリカの独立革命や南北戦争だけではなく、フランス革命やハイチ革命など世界中の歴史的瞬間の多くは暴力がきっかけとなっている。一つの瞬間や出来事が連動になるエンジンでもある。今最も望んでいるのは、今回の抗議・暴動は一瞬の出来事ではなく、この壊れたシステムを変えるきっかけとなること。

この壊れたシステムの小さい事例のQualified Immunityはもしかしたら変わるかもしれない。ただ、これはたった一つの事例でしかない。今のアメリカ大統領、そして共和党がコントロールするアメリカ議会の発言と行動を見ると、この問題を最も早く解決するのは11月3日に行われる上院選挙と大統領選挙の結果次第かもしれない。その期間中にみんなで情報収集をしつつ、不利なシステムを理解するのが大事。

今後も、アメリカ選挙や不正システムなどについてOff Topicで解説していきたいと思います。

ジョージ・フロイド事件の記事

まだ読まれてない方は、今起きている暴動、そしてその暴動がきっかけとなったジョージ・フロイド事件の解説している記事をご覧ください。

Written by Tetsuro (@tmiyatake1) | Edited by Miki (@mikirepo)

引用:

https://www.waseda.jp/folaw/icl/assets/uploads/2014/05/A04408055-00-046010178.pdf
https://www.nytimes.com/2020/05/29/opinion/Minneapolis-police-George-Floyd.html
https://www.nytimes.com/2020/05/29/us/politics/trump-looting-shooting.html
https://www.usatoday.com/story/opinion/2020/05/30/police-george-floyd-qualified-immunity-supreme-court-column/5283349002/
https://www.usatoday.com/story/news/politics/2020/05/29/police-misconduct-supreme-court-reconsider-qualified-immunity/5275816002/
https://reason.com/2020/01/16/does-letting-police-enter-your-house-give-them-permission-to-wreck-it/
https://www.reuters.com/investigates/special-report/usa-police-immunity-scotus/
https://www.reuters.com/investigates/special-report/usa-police-immunity-opposition/
https://www.law.cornell.edu/wex/qualified_immunity
https://www.youtube.com/watch?v=zaD84DTGULo
https://www.buzzfeednews.com/article/scaachikoul/protests-minnesota-george-floyd-black-lives-matter
https://www.newyorker.com/news/daily-comment/an-american-uprising-george-floyd-minneapolis-protests
https://edition.cnn.com/2020/05/31/politics/trump-protests-george-floyd/index.html
https://www.brookings.edu/blog/up-front/2020/05/30/bad-apples-come-from-rotten-trees-in-policing/
https://www.npr.org/2018/09/09/646115651/the-veteran-and-nfl-player-who-advised-kaepernick-to-take-a-knee
https://edition.cnn.com/2020/06/01/politics/trump-white-house-racial-unrest-leadership/index.html
https://twitter.com/alfonslopeztena/status/1267194603247226880?s=20
https://www.theatlantic.com/culture/archive/2020/06/riots-are-american-way-george-floyd-protests/612466/

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