今夜あの子にもう一杯

雑居ビルの薄暗い階段を降りていくと「テナント募集」の看板が掲げられた扉がある。

しかし耳を澄ますと扉の向こう側から微かに人の話し声が聴こえてくる。

テナント募集は仮の姿。そう、ここはBAR中間省略。紳士淑女が世の喧騒を忘れ自由になれる店…。

扉を開けるとメイド服を着た男性がその姿に似合わぬ太い声で私に声をかけた。

「BAR中間省略へようこそ。お待ちしておりました。」

……。

1日店長dayにいらしてくれた方も、遠隔ドリンクをいただいた方も、TLを眺め唖然としていた方も、笑ってくれた方もみんなみんなありがとうございました。

お話をいただいたあと、みんなが峰に何を求めているのかな、とか考えてしまい、気がついたらドンキホーテでメイド服とニーハイを買っていました。来てくれた人も、来れなかった人も、楽しんでくれたらいいなって気持ちが空回りしすぎたのかもしれない。

思えばバーカウンターの向こう側に立つのは十数年ぶりでした。

私の生まれ育った港町、横浜には古き良きオーセンティックなBARや、生演奏が聴けるジャズBAR、都橋の向こう側か、石川町のラブホ街に行くための3件目に使うBARなど、様々なお店があります。

私が初めてBARの扉を叩いたのは16歳の頃、関内のライブハウスでライブをしたあとのことです。時間は23時。未成年ですが当時は大らかな時代で、成人しているギターの先輩と一緒に入った記憶があります。

カウンターの奥には色とりどりのボトルがあり、その中でも摩訶不思議な瓶の中に丸々林檎が入ったものが目に着きました。カルバドスです。

ロックグラスにはまん丸の氷。そこに注がれたカルバドス。華やかな香りとは裏腹に口をつけたそれはすえた匂いがあとに残る酒でした。

バンドの初ライブは緊張で散々な出来でした。目の前のすえた匂いの酒は1杯1,000円もします。色々な気持ちが顔に出ていたのでしょう。マスターが私に声をかけてくれました。

今日が初ライブだったこと、初めて飲んだ目の前の酒があまり美味しくないこと、たくさん練習したのに上手く演奏できなかったこと、日常生活のことなど、ぽつり、ぽつりと私は語りました。

「この街は良い街だ。港町っていうのは色んな人間がいる。人の数だけ人生があり、悩みがある。そして、人の数だけ酒の飲み方がある。この街には悩みを抱えた奴も多い。だからこの1杯は俺からのサービスだ。今夜お前にもう一杯。もう少し酒の味がわかるようになったらまた遊びに来てくれよ。」

マスターはそういうと私に琥珀色の酒を出してくれました。

これは私が酒の味がわかるようになってから知った話ですが、マスターは似たような話を女性客に良くしており、別の店では「今夜あの子にもう一杯」と酒を奢り、ベロベロに酔わせてお持ち帰りするスタイルを確立していたらしいです。ほんと横浜はろくな街じゃない。

ろくな街じゃないけれど、見知らぬ誰かにもう一杯って、男としてはちょっと憧れます。

カウンターの向こうにいる女の子にはすぐ一杯入れるのに、どうして同じカウンターに座る人には出せないんですかね。その先にセックスがないからなのかな。

今夜あの子にもう一杯。いつかどこかで使ってみたいものです。ありがとうございました。

アディオス

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