種苗法の問題点2

■ジャーナリストの印鑰智哉さんという方が、種苗法改正案についてたとえ話で説明されていました。
『今後、本は読む度に料金を払う必要があります。一度、買った本は好きな時に好きな部分を何度でも読める。そういうものだったのに、一度、読む毎にお金を払わなければならない。買った本が気に入ったら、友だちにそのままプレゼントすることもできたし、子どもにいつか読ませようと大事に取っておくこともできた。買わなくても図書館で借りて読むこともできた。しかし、今後はそれはすべて非合法です。お金を払えば読むことができます。ただし払うたびに一度だけです』
農家はこれまで、種を買って来て育て、実を取って再び種を植える、自家採種・自家増殖ができました。改正案では、お金を払って権利者から許諾を取らなくてはなりません。

現行法でも、登録品種の育種権者(品種を開発した人)は、自家採種を禁止したり、栽培地を制限するなどの条件を契約でつけることができます。権利者が権利を守りたければ、守れる仕組みになっています。ではなぜ改正なのか。


海外流出阻止が目的ではありません。
中国や韓国で安く作って輸入したり、他国へ輸出したりしたい者が誰なのか、それが本当に日本の業者ではないのか。少なくとも農家ではないことは農水省はよくわかっているはずです。種はポケットに入れて持ちだそうと思えばいくらでも持ち出せます。農水省自身も、この法改正では防げないとはっきり答弁しています。

登録品種を自家増殖している農家はそれほど多くありません。8~9割程度が一般品種・在来品種を栽培しているので、そういう農家は自家採種が可能です。ただ、少ないから無視してよいのかという問題もあります。農水省に「どのぐらいの農家が登録品種を自家採種をしているのか」と聞いても、つかんでいないと言うのです。法改正をしようというのに、影響の及ぶ範囲を把握していないのは問題です。
農民運動全国連合会が調査した範囲ですが、聞き取りを行った千葉のサツマイモ農家はほとんどが登録品種を自家増殖していました。いちごや果樹でも自家増殖が前提となっている品目が多い。一部ではありますが、確実に存在します。

改正案は農家の自家増殖の権利が原則だったものを、原則と例外をひっくり返し、登録品種は一律に許諾性としました。
農家は、自家増殖をしようとする場合、品種開発者にいちいち許諾してくれるかどうか、確認する必要が出てきます。
これに対し、権利を守りたい品種開発者のほうは楽になります。栽培農家と契約を結んで条件を付ける手間を省けるからです。
つまり育種権を守るための、育種権者と農家とのコストのバランスが変化します。農家のコスト負担のもとに、登録品種が販売しやすくなる=品種改良もしやすくなるということです。

これまで品種改良のメインは、公的な種苗開発機関、つまり国の農研機構と都道府県の農業試験場でしたが、この試験場の根拠法となる主要農作物種子法が、2018年に突然廃止されました。安倍政権の種苗開発の方針は、都道府県の試験場はもう開発しなくてよい、データは民間企業に提供せよ、というものです。農水省の事務次官の指示(29政統第1238号農林水産事務次官依命通知)にはっきりそう書かれました。

ここから浮かび上がるのは、この改正が、地域の特産の種苗を安価で提供してきた農業試験場による公的品種開発を縮小させ、企業の利益のための私的品種開発に比重を移していくための1つのステップであるということです(鈴木先生がそのほかの各ステップを挙げてくださってます=https://www.jacom.or.jp/column/2020/05/200507-44177.php?fbclid=IwAR3OKDte2gyXC9sCxfnjFjf2g7SlgH_wo24FFhsDrsN56RSUz-olU6zXQgc)。
これを是とするかどうかという点が、この法案の賛否を分ける大きなポイントだと思います。

さらに、研究開発のための自家増殖はUPOV条約でOKにしなければならないとされているので、改正案でもOKになってはいるんですが、では農家が自分で土地に適合した品種に改良しようと選抜することは研究開発として許されるのか、不明確です。また、それでより良い品種に変化した場合、それを自家増殖するのは権利侵害に当たるのか当たらないのか、それもはっきりしません。

そもそも、誰かが開発した品種の種は、もともとは他の誰かが開発した品種を元にせざるを得ません。もっと言えば自然に生えていた植物を、ながい歴史の中で農家が選別に選別を重ねて改良してきた「人類の財産」ともいえるものが元になっているわけです。どこからをどの程度、品種開発した個人の利益にするべきなのか、繊細なバランスの議論が必要なテーマです。

なのに改正案を、この緊急事態のさなかに、本会議で議論もせず、専門家の意見も聞かず(参考人質疑)、農家の意見も聞かず(中央・地方公聴会)、わずか3時間あまりの審議1回で押し通そうとするなら、はたしてそれは正当なプロセスと言えるのか。そういう問題もあると思います。