大気汚染防止法改正案が火事場泥棒法案である理由

 検察庁法改正案の採決が見送りとなったとの報道が出ました(5月18日朝)。民主主義は投票だけではない、国民の声で政治を変えられる。あと一息です。
 さて、火事場泥棒法案は検察庁法だけではありません。大気汚染防止法もです。と言っても、このゴタゴタのさなかにサラっと環境委員会で採決され、本会議採決の後参議院に送られようとしている段階です。
 なぜこの法案が火事場泥棒と言えるのか。ぜひみなさんに知ってほしい。田村貴昭事務所の考えを書きます。

■改正のテーマは、死に至る病「中皮種」を引き起こす、危険なアスベスト(=石綿)についてです。これまで、大気汚染防止法は飛散性が高い吹き付け石綿(レベル1建材)や、石綿含有断熱材等(レベル2建材)を規制の対象としてきましたが、もっとも沢山使われている石綿含有建材(レベル3建材)が規制の対象から外されていました。今回、このレベル3建材が新たに規制されることになりました。

■今なお、大変危険な曝露事故が後を絶ちません。2018年には、長野県飯田市の保育園で、業者が吹付石綿があることを知りながら必要な飛散防止対策を怠り、園児と職員が大量のアスベストに曝露してしまいました。
 同年の石綿による中皮種や肺がんの死亡者数は4650人にのぼり、同年の交通事故の死亡者数3532人を大きく上回りました。石綿は、2006年に全面使用禁止になるまで、吹付け建材や断熱材を始め、成形板や塗装、コンクリートの表面にも使用されており、総数は約3300万棟にも及びます。
 2028年にはこれらの解体がピークを迎えます。抜本的な飛散防止対策がなされなければ、石綿ばく露により、多くの労働者・市民、そして子どもたちに甚大な健康被害を及ぼします。


■一刻も早く対策を――。専門家をはじめ多くの関係者、患者団体等が抜本的な飛散防止の対策を求め、ようやく出てきたのが今回の改正案でした。ところが中身を見てみると、とても事故を防げるような改正ではありませんでした。
 ①まず、石綿飛散・ばく露防止の対策において最も重要な、建築物の解体およびリフォームの際の大気濃度測定の義務化が見送られてしまいました。石綿が飛んでいるかどうかがわかってしまうと、対策をしなければならない=業者の負担が大きすぎる、というのです。
 ②また、今回新たな規制対象となるレベル3建材について、事前調査の対象としただけで、都道府県への作業実施届の義務付けもせず、隔離養生や集じん・排気装置の設置も不要となりました。
 ③そもそも石綿含有建材が、住宅を含め広く使用されてきたのは、国やメーカーが危険性を知りながら、耐火・防火建材として建築基準法で使用を推奨してきたためです。建物の所有者に責任を押しつけるべきではありません。除去費用は、国や製造者責任を負うメーカーが負担する仕組みが必要です。
 ④さらに、違反者に直接罰を科すとしましたが、法定刑の上限が低すぎ、抑止力が期待できません。

 こうした問題点を解決するため、共産党をはじめ野党は以下のような修正案を提出しました。
 ①政府案でレベル1・2に限定している作業実施届と隔離養生及び集じん・排気装置の使用等について、レベル3建材を含めたすべての石綿含有建材を対象に義務化を図りました。
 ②大気濃度測定、第三者による事前調査及び完了検査の実施の義務付けなど具体的な飛散防止対策を行うとしました。
 ③調査費用や飛散防止措置に係る費用などへの財政支援を行うとしました。
 ④違反者については、故意犯だけでなく、過失に対しても罰則を科すなどの、罰則強化の検討を行うとしました。
 ところが、与党は野党案を審議すらせず否決。原案のまま成立させてしまいました。

■田村議員は委員会で、遺族の手記を紹介しました。
 「手術は13時間にもおよびました。臓器を摘出したために、体にうまく血液や酸素がまわらず、トイレに行くにも心肺が乱れ、呼吸困難になり、『こんな思いをするなら殺してくれ』と何度も言われました。モルヒネをどんなに増やしてもとれない痛み。これまで一緒に出かけたり踊ったりすることが普通にできていたのに、横断歩道を渡るのに時間内で渡り切れるか、恐怖を感じながらリハビリを続けました。その後、腹膜に再発が見つかっても手術もできず、亡くなりました」

手記はこう続いています。

 「危険を知りながら、安価で加工しやすいために、人の命より儲けを優先した国と企業の責任は重大です。ただ、懸命に仕事をしただけの人が普通に暮らすことを奪われました。人の命の奪うような石綿アスベストが日本で使われるようなことがないよう、世界からなくなるよう、二度と私たちのような被害に遭う人が出ないようにすることが、亡くなった人への償いだし、国と企業の本当の謝罪になると思っています」

 このような残酷な病気はなんとしても防がなくてはなりません。政府案は、業界に配慮し、規制を強化するどころか、石綿飛散・曝露を容認するものです。一体、人の命を何だと思っているのか。コロナ禍のさなかにサラっと通してしまうような法案ではありません。参議院で、なんとしても規制の徹底が図られるよう、全力を尽くします。