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トルコへの情熱と奇跡 3

エスキシェヒルへの遠足

​ベシクタシュの試合(確か負けた)の興奮も冷めやらぬ
翌朝は早朝からエスキシェヒルへとおでかけ。

前日のうちに明日は6時には出発するので、朝食はBOXにしてくれと頼んでおいたのだが、やっぱり準備されてない。
こんなこともあろうかと、最初から保存容器を準備していた彼女たち。

その時すでに流行っていたカスピ海ヨーグルトを持ち帰れるか〜ということも考えていたようでおかげで助かりました。

もちろん、ホテルにもボックス用の箱はあるのでそれも使いましたが。

手際よく、みんなでサラダは保存容器へ入れ、ハムやチーズでサンドウィッチを作ったり、フルーツも詰め込んで・・・楽しい遠足にいざ出発。

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ホテルの朝食ビュッフェから持参、バス車中で朝ごはん


エスキシェヒルはイスタンブールから東方向へ500キロほどの距離。

往復を考えると相当な時間がかかると見込んでの早朝出発。

Kさんの会社から手配してもらった12人乗りのベンツのバンに乗り込み

すっかりサッカーの試合でも応援で意気投合し盛り上がったKさんも一緒に車中でイルハン談義しながらみんなで朝食のサラダやサンドウィッチを食べながらのドライブだ。

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新しめのベンツでシートも広く乗り心地GOOD

ひまわり畑では種の収穫真っ最中。高速道路から一般道に移るとそこはほとんど舗装のない砂利道または土の道。田舎の風景を堪能しながら走っていくと道には山羊や鶏が歩き回っている。

道路上にはその糞もコロコロと・・・

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ほとんど舗装されてないエスキシェヒル(当時)

なんてのどかな風景〜。エスキシェヒルの村はひっそりしていて歩く人もいない。多分まだ夏の日差しが残っているからだろう。

そこに忽然とこの家だけ妙に立派・・・と思ったらイルハンの実家だった。

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イルハンの自宅はとっても豪華だった

パラボラアンテナもいろんな方を向いている。

彼の両親が息子の試合をいつでもみられるように〜ということでこうなっているそうだ。あいにく、イルハンはドイツに入院してるし彼の母親もそれに付き添っているというところまではベシクタシュのスタッフから聞いていたがきっと近くに知り合いとか親戚とかもいるだろう。

Kさんに「あの道端に立ってるおじさんにイルハンの関係者はいないかきいてみてください」ということで早速、ドライバーとKさんがおじさんに声をかけた。

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なんとこのおじさんは・・・

あんたたち、イルハンのファンなの?へえ〜。そうかい。

「私はイルハンの叔父だ。」

いきなり第一村人で大当たり。これには笑ってしまった。

遠く何千キロも離れた日本からわざわざ〜と感動していただき・・・

「うちに来てお茶でも〜」となる。トルコ人はまずはチャイでおもてなしというのが定番。
「え〜〜いいんですか?!有難うございます。」

トルコの家の内部はほとんどみんな漆喰の壁、床には絨毯。夏はヒンヤリ、冬は暖かな過ごしやすい建物。

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手前がイルハンの叔母。真ん中にいるのは従兄弟にあたる


小さい頃のイルハンはサッカー大好き少年で、ちっとも勉強をしないから、おじいさんにそんなことではダメだ〜と何度もボールを取り上げられたそうで〜
その度にお父さんは新しいボールを買ってきたそうだ。
そんな両親のおかげで国を代表する選手になれたんだね。

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幼き頃のイルハン

この画像はちょっとぼやけているが叔母さんに見せていただいた昔のアルバムの中の1枚。左側の小さい子がイルハンだ。

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皆さん、今どこで何をされてるのかしら?

話が弾んでいる間に、チャイからお菓子やフルーツ、最後にトルココーヒーまで出してもらい彼女たちは大感激。持参したイルハンへのお土産も渡してもらえるように預けていた。日本のお菓子ということで「和三盆」の御干菓子を持参している人も。思い出深いひとときとなった。

従兄弟と談笑している間にちょっと席を外していた叔母さんが戻ってきて「これな〜んだ?」というふうに1つの鍵を見せた。

もしかして・・・・「そう、イルハン家族が留守の間は私が鍵を持ってるの」と得意げ。一同「え〜〜〜〜〜」となったのは言うまでもない。

だがしかし、さすがにご自宅拝見というわけにはいかないから、庭だけ見せてもらうことにした。イルハンちの庭で、玄関前で、みんなで記念撮影〜〜パチリ。今でもこの写真は宝物だ。

「やっぱり来てよかった」と言って頂き私もホッとしたのを覚えている。

別れを惜しみながら親戚ご一家を後に帰路についた。
が、さらにこの後 サプライズな出会いとニュースが待っていた。

                     つづく




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