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オーケストラ・アンサンブル金沢第461回定期公演フィルハーモニー・シリーズ(安永徹(リーダー),市野あゆみ(Pf),2022年11月10日)

2022年11月10日(木) 19:00~ 石川県立音楽堂コンサートホール

1) モーツァルト/ピアノ協奏曲第27番変ロ長調, K.595
2) (アンコール)ショスタコーヴィチ/ピアノ協奏曲第2番~第2楽章
3) ヤナーチェク/弦楽のための組曲, JW VI/2
4) モーツァルト/交響曲第40番ト短調, K.550
5) (アンコール)レーガー/叙情的アンダンテ(愛の夢)

●演奏
オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:町田琴和)安永徹(リーダー,ヴァイオリン1,3-5),市野あゆみ(ピアノ1-2)

オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)2022年11月の定期公演は,安永徹さんのリードによる「指揮者なし」公演でした。安永さんのリードに市野あゆみさんのピアノが加わってのモーツァルトの協奏曲というプログラムはこれで3回目です。今回は,交響曲第40番とピアノ協奏曲第27番という,モーツァルト晩年(といっても30代ですが)の名曲2曲とヤナーチェクの弦楽オーケストラのための作品が取り上げられました。この日のOEKの響きにはいつもに増して豊かさがあり,OEKらしい選曲による,極上の時間を過ごすことができました。

ただし...「おなじみ」と書きましたが,安永さんが登場したのは,結構久しぶりで,9年ぶりでした。安永さんがベルリン・フィルを離れてからも,かなり長くなりますが,オーケストラのサウンドを内側から輝かせるような存在感は全く変わりがないなと感じました。

最初に演奏されたモーツァルトのピアノ協奏曲第27番は,私にとっては神棚に入れたくなるような「別格」的な作品です。安永さんのリードによる包み込まれるような暖かさのある響きと市野さんの自然体でありながら深さのあるピアノの絶妙のブレンドが素晴らしく,私が持つこの曲のイメージにぴったりでした。要所要所で合いの手を入れる木管の清澄な響きも,曲全体に美しい彩りを加えていました。

第1楽章冒頭は弦楽セクションの豊かな低音から開始。その上に乗るヴァイオリンのとろけるような音が大変魅力的でした。その後も丁寧かつ自然にニュアンスの変化を付けていくOEKらしい演奏だったと思いました。

この日のピアノは蓋を外して演奏していました(マイクが出ていたので,その代わりにマイクを使っていた?詳細は不明です)。市野さんのピアノの音は穏やか,かつ暖かで,明るさの中に自然に悲しみが滲むようでした。音響的にもこだわりがあったのかもしれません。

開演前に撮影。かなりピンボケですが,ピアノはこんな感じでした。

地味目の演奏でしたが,展開部になると淵の傍らでじっと水をのぞき込んでいるような,深遠さが漂ってくるようでした。カデンツァには停滞することのない闊達さがありましたが,そこにフッと影がよぎる感じが素晴らしいと思いました。

第2楽章は,じっくりと念を押すように演奏するピアノのモノローグで開始。ここでも澄み切った境地が伝わってくるようでした。少し即興的な音を加えていましたが,浮ついた感じにはならず,優雅さを感じました。この楽章では,松木さんのフルートとのハモリも絶品でした。

第3楽章は快活なテンポで開始。童心に返ったような気分がありましたが,そのことを客観的に眺め,それを懐かしんでいるような余裕を感じました。明るい曲想で,絶えず微笑みをたたえているようでしたが,この楽章でも少しずつ悲しみが滲んできます。この楽章でも澄み切ったフルートの音との掛け合いが素晴らしく,晩年のモーツァルトの音の世界が広がっていました。

市野さんのピアノには,緻密さと安定感があり,カデンツァなどでは,適度な華やかさがも感じられました。何よりもオーケストラとのバランスが素晴らしいと思いました。第3楽章のカデンツァが終わった後,静か~に弦楽器が入ってくるところが大好きなのですが,この辺りの何とも言いようのないピアノとオーケストラの対話が美しいなと思いました。

この曲の後,市野さんのトークがあり,世界平和への祈りを込めて,ショスタコーヴィチのピアノ協奏曲第2番の第2楽章が演奏されました。市野さんが語ったとおり,「悲しみと希望に満ちた曲」で,弦楽器とピアノが一体となった暖かく深い響きにホールは包まれました。かなり意表を突いた選曲でしたが,「ラフマニノフ風味の混ざったショスタコーヴィッチ」といった趣きもあり,とても面白く感じました。「そういえばこの曲は,3年前(コロナ前)のOEKの定期公演で津田裕也のピアノで聴いたな」ということも思い出しました。

後半はヤナーチェクの「弦楽のための組曲」という初めて聞く作品で開始。ヤナーチェクについては,「ちょっと変な(?)作曲家」という印象を持っていたのですが,初期の作品ということもあり,意表を突くほど,素直な美しさがありました。その点でモーツァルトと相性もぴったりでした。

6つの曲から成っている組曲で,ドヴォルザークの弦楽セレナードの影響も受けている感じでした。OEKの弦楽セクションの響き,第1曲からゴージャスな迫力がありました。演奏後のポスト・トークでOEKメンバーが語っていたとおり,奏法面での安永さんのアドバイスというのがしっかり生きているのではと感じました。

第2曲はやさしくとろけるような響き。少しローカルな気分のある親しみやすさが感じられました。第3曲「アンダンテ・コン・モート」,第4曲「プレスト」では,文字通り動きが加わっていきましたが,その中には,常に優雅な美しさが漂っていました。

第5曲「アダージョ」は,低弦の迫力のある音が印象的でした。この日の首席チェロ奏者はルドヴィート・カンタさんでしたが,この曲では,変わることのない高貴さのあるソロを聞かせてくれました。最後の第6曲には,訴えかけてくるような旋律の魅力がありました。底光りするような美しさと風格のある演奏が見事でした。

というわけで,曲ごとに違った表情を見せてくれるような多彩さのある魅力的かつ聴き応えのする作品であり,演奏でした。是非,もう一度,聞いてみたい曲です。

最後に演奏されたモーツァルトの交響曲第40番は,色々なアイデアが盛り込まれた演奏でした。第1楽章冒頭から特に合図なしでヴィオラパートから開始するなど,全パートが主役になったような自発性あふれる演奏だったと思います(半年ほど前,NHK-BSPで放送していた,矢部達哉さんがリーダーを務める「晴れオケ」による,指揮者無しでのベートーヴェンの「第9」の演奏での音作りなどを思い出してしまいました)。

その第1楽章は速め,軽めのスマートな雰囲気で開始。第2主題になるとクラリネットなどがパッと浮き上がってきて表情が一転。ぐいぐい進む推進力と鮮やかな気分の変化が新鮮な演奏でした。弦楽器のフレージングにも,時折「おやっ」と思わせる独特なところがありました。

提示部の繰り返しの後の展開部では,さらに各楽器のソリスティックな活躍が目立ち,色々な音が色々な方向から飛び込んでくるような面白さがありました。再現部でのたたみ掛けてくるような迫力も素晴らしいと思いました。

第2楽章もヴィオラ・パートからのスタートでした。静かだけれども運動性のある演奏で,停滞することのない生命力を感じました。中間部でのキリッとした力強さを持った表情も印象的でした。

第3楽章もキリッと速め。厳しい表情を持った,独特の感触がありました。もはや,踊るためのメヌエットから完全に脱却してしまっているような表現力の豊かさを感じました。中間部は木管楽器の対話が美しく,一転して穏やかな気分に。前半との対比で,とても柔らかな響きに感じました。

第4楽章は...ここでは意表をついてかなり遅めのテンポ設定。じっくりと悲しみを噛みしめるようでした。丁寧にニュアンスを付け,各声部の動きをくっきりと聞かせる辺り,聴き応え十分でした。ここでも第2主題になる気分が変わり,クラリネットの音を中心に深い味わいが出てきました。

展開部になると,各声部が絡み合う対位法的な面白さがさらに出てきて,立体感を感じました。再現部の直前「リズム感が崩壊する」みたいな部分がありますが,この部分での「大胆な乱れ方」が面白かったですね(2年前の高関さん指揮OEKでのこの曲の演奏も思い出しました)。

以上のとおり,色々なところで新機軸を出した,初めて聞くような新鮮さを持った演奏でした。それでいて曲の最後の部分にはどっしりと構えた安定感があり,何事もなかったように,しっかりと終わっていたのもクールでした。

この曲の後のアンコールでは,レーガーの「叙情的アンダンテ(別名「愛の夢」」が演奏されました。安永さんお気に入りのこだわりに一品という感じの美しい作品。渋さと甘さが合わさった(この曲でもカンタさんのチェロが活躍),まさに熟練の味わいを持った演奏でした。

今回,安永さん以外に,ベルリン・フィルの町田琴和さんが「コンサートマスター」として参加されていました。OEKの松井直さんも加えると,一種,コンサートマスター3人という布陣で(この辺の役割分担にも関心がありましたが),その辺がいつもにも増して豊かなサウンドの秘密だったのかもと思いました。その中でも,特に「安永リーダー」の存在感の強さを改めて感じさせてくれる公演でした。

PS
終演後は,第2ヴァイオリンのヴォーン・ヒューズさんと若松みなみさんによるアフタートークが行われました。演奏者側からの視点を知ることができる,興味深いものでした。そして安永さんの素晴らしさを再認識できました。SNSで紹介をしても良いということで写真の方も1枚付けてみました。

トークの内容は次のような感じでした(不正確です。その他,会場からの質問もありましたが,質問がよく聞こえなかったので省略しました)。

●指揮無しでの演奏はどんな感じだったか?
ヒューズ:合わせやすいこともある。互いにコミュニケーションを取る必要があり,そこが楽しい。その一方,少し不安で緊張感もある。
若松:どのように演奏を持っていくか,細部に渡るリハーサルを行い,目から鱗といった刺激を受けた。
●安永さんとOEKは20年の付き合いになる。
ヒューズ:安永さんの音はとても柔らかく,やさしい音。それが全体に広がっていたのでは。
●ヒューズさんによるジャズ公演(12月15日)について
ヒューズ:昨年,渡辺俊幸さんとクリスマス・コンサートを行った,TOKUさん(ヴォーカル+フリューゲルホルン)との公演を行う。
●若松さんも参加している金澤弦楽四重奏団の公演(12月25日)について
若松:2019年から活動を開始ししている。今回は,3番,10番「ハープ」,14番を演奏する。



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