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ミュージアム・コンサート「よみがえったチェンバロ」(石川県立美術館,2024年1月28日)

2024年1月28日(日)13:30~ 石川県立美術館ホール
クープラン,L./前奏曲へ長調
クープラン,F./コンティ
クープラン,F./お気に入り,2拍子のシャコンヌ
クープラン,F./ガブリエル
フォルクレ/クープラン
マリー・アントワネット/魅惑の肖像画
マリー・アントワネット/私の恋人
ラモー/サラバンド
フォルクレ/ラモー
デュフリ/三美神
デュフリ/フォルクレ
デュフリ/シャコンヌ
(追悼演奏)フローベルガー/哀悼歌
●演奏・構成
加藤純子(チェンバロ)

1月最後の日曜日の午後,石川県立美術館内のホールで行われたミュージアムコンサート「よみがえったチェンバロ」を聴いてきました。

この演奏会は,現在,石川県立美術館で行っている「よみがえった文化財」の関連イベントとして実施されたもので,加藤純子さんの構成・チェンバロ演奏で,クープラン(親子)やラモーが活躍していたフランスのバロック音楽をスクリーンに投影された画像付きで楽しんできました。美術館の企画ならではの,楽しくためになる内容でした。

この時代,画家が肖像画を描く感じで,人名がタイトルになった「音の肖像画」的な作品が沢山作られていたそうです。そういった曲を実際の肖像画を投影しながら演奏するという趣向でした。ちなみに今回の演奏に使われていた石川県立美術館所蔵のチェンバロ自身も最近修理されたばかりということで,この企画につながったようです。

今回,加藤純子さんの解説がとても面白かったので,メモを取りながら聞いていたのですが,以下その解説の概要とステージ上に投影された絵,そして演奏された曲を合せて紹介しましょう。

クープラン,L./前奏曲へ長調(投影画像なし)
といいつつ…1曲目は肖像画の投影はなく,加藤純子さんによるチェンバロのみでした。この「よみがえったチェンバロ」の音自体に自然な美しさがあり,素晴らしかったですね。染み渡るような音でした。即興的な曲でありながら,ゆったりと音楽が流れていきました。この演奏会の中心は,フランソワ・クープランの作品だったのですが,最初の1曲だけは父親のルイ・クープランの作品というのも良い選曲だと思いました。

クープラン,F./コンティ(投影画像:コンティ公フレンソワ=ルイ・ド・ブルボンの肖像)
この曲のタイトルになっている,コンティ公はクープランの知人で「笑い方がロバの鳴き声に似ている」人。その辺も描写していたのですが…よく分かりませんでした。1曲目とは違う軽やかな音でスキップするような雰囲気があり,「いい人そうだな」と感じさせてくれるような音楽でした。ちなみにコンティさんはワイン用のブドウ畑を持っており,現在でもロマネ・コンティの名で知られているとのことでした。

クープラン,F./お気に入り,2拍子のシャコンヌ(投影画像:マントゥノン夫人の肖像)
この曲はルイ14世の愛人だったマントゥノン夫人を描いた作品。ルイ14世は贅沢三昧の生活をしていたけれども,この方は倹約家。クープランの評価は「世の中が暗くなった」と悪意を持っていたとのことです。そのことを反映して,通常は3拍子のシャコンヌを2拍子で書いたとのことです。どこか暗く,せっかちな感じがある曲だったかもしれません。

クープラン,F./ガブリエル(投影画像:ガブリエル=ヴァンサン・テヴナール(歌手)の肖像)
この曲は当時の有名なバリトン歌手,ガブリエル=ヴァンサン・テヴナールの肖像。「ワインは声に良い」という理屈でお酒をよく飲んでいたそうで,気軽にスッと楽しめるような明るさのある曲でした。

フォルクレ/クープラン(投影画像:クープラン)
前半最後は,他の作曲家がクープランを描いた作品でした。作曲家のフォルクレの名前は知らなかったのですが,クープランのライバル作曲家とのこと。性格は悪かったけれども音楽家としての才能は豊かで,ヴィオール奏者としても知られた人。フォルクレの息子がチェンバロ用に編曲したもので,しっかりとした音の厚みや威厳のある音楽でした。それで居て重苦しくならず,透明感があるのは,チェンバロならではかもしれません。

マリー・アントワネット/魅惑の肖像画(投影画像なし)
後半最初は,有名なマリー・アントワネットの作ったシンプルな曲で始まりました。ダンスに加え,音楽の才能もあった方で,歌曲を12作っているそうです。この曲もオリジナルは歌曲だったものをチェンバロ用にアレンジしたもの。ギターで演奏しているような軽やかさがありました。

マリー・アントワネット/私の恋人(投影画像:アントワネットとフェルゼンの肖像)
この曲は,マンガ「ベルサイユのバラ」の世界に通じる曲。「私の彼氏はこんな人」といった作品。誰を描いたかはっきりしないのですが,加藤さん的には,夫のルイ16世ではなく,恋人のフェルゼンを描いたという説を取りたいとのことでした。純粋な思いが表現されたどこか素朴さのある曲で,色々とイメージを膨らませてくれるような作品でした。

ラモー/サラバンド(投影画像:サラバンドの舞踏譜)
この曲は,マリー・アントワネットも踊っていたであろう舞曲「サラバンド」の舞踏譜と投影しながら演奏されました。当時は「左右対称が良い」という美意識で,ダンスの振り付けも左右対称が重視されていたとのことです。そう思って聞いたせいか,とてもバランスの良い曲だと思いました。中間部では音色に変化が付けられており,曲の構成的にもシンメトリーだなと思いました。

フォルクレ/ラモー(投影画像:ラモーの肖像)
フォルクレは前半最後に演奏された「クープラン」を描いた作曲家ですが,ラモーの肖像作品も作曲しています。50歳を過ぎてからオペラを作曲し,巨匠と見なされるようになったラモーに対する尊敬の念が湧き出てくるようなじっくりと聴かせてくれる作品でした。

デュフリ/三美神(投影画像:三美神を描いた三つの絵の比較)
この曲はこれまでとは趣向を変え,当時の絵画のモチーフとしてよく登場していた,「3つの美しさを象徴する女神」を描いた作品が演奏されました。「愛」「慎み」「美」を象徴した3女神を描いた作品は非常に多く,その例としてクラナッハ,ルーベンス,ルニョーの作品が示されました。構図としては,3女神が輪を描くように配置しているのが定番で,ボッティチェリの有名な「春」の中の向かって左側に3人描かれているのも3美神とのことです。今回は,3つの「三美神」作品を投影しながら,デュフリが作曲した頃に描かれたのはどれでしょう?というクイズが出されました。デュフリの曲は18世紀半ばに作られた作品ということでしたが… すみません答を忘れてしまいました。トリルが美しいとても優雅な作品でした。

デュフリ/フォルクレ(投影画像:フォルクレ)
だんだん「どちらが作曲者名?」という感じになってきましたが,次はデュフレが作曲した「フォルクレ」。短調だけれども叙情的な感じのする曲で,少し癖のある人物だったフォルクレへのちょっと複雑な思いを描いているようでした。今回のように各曲ごとに解説があると,よい面白く聴けるということが分かりました。

デュフリ/シャコンヌ(投影画像:オペラの最後の場を描いた絵画)
演奏会の最後は,当時オペラの最後に演奏されることの多かったシャコンヌ。シャコンヌといえば,バッハの無伴奏ヴァイオリン・パルティータを思い出しますが,楽しく終わる平和な曲ということが多かったようです。3拍子の軽快な曲で最後に相応しい華やかさを感じました。フランスのバロック音楽の全盛期はフランス革命で終わってしまった,ということでその最後を締めるシャコンヌとも言えそうです。

「当然,アンコール」という雰囲気でしたが,今回は最後に能登半島地震の被災者を追悼する意味でフローベルガーの「哀悼歌」が演奏されて演奏会は終了しました。前半はゆっくりとポツリポツリとつぶやくように演奏する感じで開始。途中,気分を変えてテンポが早くなりましたが,再度静かな響きに。チェンバロの澄んだ響きが深く印象に残る曲でした。

演奏会の前,石川県立美術館の学芸員の村瀬さんが,1983年に石川県立美術館が開館した際に今回演奏に使われたヒストリカル・チェンバロを購入した際のエピソード紹介されました。当時の中西石川県知事,島崎県立美術館長(懐かしい)はどちらもクラシック音楽好きで,パイプオルガンを設置する計画もあったが断念。その代わりに寄付金でチェンバロを購入したとのことでした。チェンバロの選定に際しては,色々な売り込みがあったが,ホールの大きさなどを考慮して著名なチェンバロ奏者,小林道夫さんにも相談してヴァン・エメリック製作のヒストリカル・チェンバロのレプリカを購入することに。プログラムに書かれていたデータは次のとおりです。

プログラムの表紙に写っているのがエメリック氏。
1983年というのは,石川県立美術館の開館年と同じです。

このチェンバロを購入後,県美ではこのチェンバロも活用した充実の演奏会が多数行われていたことを思い出します。オーケストラ・アンサンブル金沢や石川県立音楽堂が出来る前(今から30年以上も前ですね),当時週休2日は定着しておらず,この日同様,日曜日の午後によく演奏会を行っていたことを思い出しました。当時の金沢で生演奏を聴く機会は非常に少なかったのでこともあり,この演奏会が大変楽しみだったことを思い出します。

せっかくこのチェンバロがよみがえったので,今回のように絵画と音楽を組み合わせた解説付きの器楽や室内楽の演奏会をまた聴いてみたいものだと思いました。期待しています。

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