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藤田真央 モーツァルト ピアノ・ソナタ全曲演奏会(全5回) 第4回清澄そして安らぎ(2022年10月22日)

日時:2022年10月22日(日)14:00~
場所:北國新聞赤羽ホール

モーツァルト/「われら愚かな民の思うは」による10の変奏曲ト長調, K.455
モーツァルト/デュポールのメヌエットによる9つの変奏曲ニ長調, K.573
モーツァルト/ピアノ・ソナタ第9番ニ長調,K.311
モーツァルト/ピアノ・ソナタ第17番変ロ長調,K.570
モーツァルト/ピアノ・ソナタ第15番へ長調,K.533/494
(アンコール)ショパン/ワルツ op.64-2
(アンコール)ショパン/ワルツ op.64-2

●演奏
藤田真央(ピアノ)

Review

藤田真央さんによるモーツァルトピアノ・ソナタ全曲演奏会の第4回を北國新聞赤羽ホールで聴いてきました。今回は,変奏曲2曲+K.311,K.570,K.533/494のソナタという比較的地味目の作品ばかりでしたが,「清澄そして安らぎ」のサブタイトルどおりの世界が広がり,このシリーズもいよいよ佳境に入って来たなぁという思いで演奏を楽しみました。演奏会の最後はK.494ロンドで締められましたが,その天上から聞こえてくるような美音が忘れられません。

演奏会は,「われら愚かな民の思うは」による10の変奏曲で始まりました。この曲のテーマは,当時のウィーンの音楽界で大御所だった作曲家,グルックによるもの。モーツァルトが敬意を表して即興的演奏したもの,と配布されたプログラムに書かれていました。映画「アマデウス」に出てきそうな情景が目に浮かぶ感じです。

藤田さんがステージに登場して,ピアノの椅子に座るとすぐにこのテーマをいかにも朴訥な感じで演奏開始。「キラキラ星」とかハイドンの「驚がく」交響曲の第2楽章などを思わせるシンプルなメロディを,藤田さんはリラックスした感じで優しく柔らかに演奏。その後も淀みなく,余裕たっぷりの音楽が流れていきました。淡く短調になるような部分を含め,変奏が進むにつれて,いつの間にかファンタジーが広がって,天上の世界に近づいている―そんな感じの演奏でした。慌てないテンポが続いた後,最後は軽快な気分になったり,デリケートな弱音を聞かせたり,多彩な表情を楽しませてくれました。

モーツァルトの変奏曲の中では,次に演奏されたデュポールのメヌエットによる9つの変奏曲の方が曲としては有名ですね。まず,このテーマの最初の音に一気に引き付けられました。軽く透き通るような硬質な美しさがあり,一部の隙もない工芸品を観ているような気分になりました。それでいて親しみやすさもあり,その後は,時折,陶酔的になったり少しセンチメンタルになったりしつつ,波の少ない静謐な美しさに浸らせてくれました。この曲は,先日,ソニーから発売されたばかりの,藤田さんの独奏によるモーツァルト,ピアノ・ソナタ全集には収録されていないのですが,続編として録音して欲しいところですね。

変奏の最後の方は生き生きとした気分になるのですが,元気が良すぎる感じではなく,優雅に締めてくれました。そして,そのままアタッカでK.311のソナタに切り替わり,一気に駆けだすような感じで第1楽章が始まりました。変奏曲がソナタの前奏曲のようになっており,「面白い!」と思ったのですが...これには別の事情がありました(演奏会後のトークでその事情が紹介されましたので,最後に披露しましょう)。ある種,この日限りの「一語一会」的な演奏だったようです。

藤田さんの演奏するソナタでは,これまでのこのシリーズ同様,気負いなく始まった後,繰り返しや再現部でかなり即興的な音を加えていました。テーマが戻ってくるたびに違う表情になっている辺り,変奏曲と共通する部分もありました。その表情の変化がとても自然で,「モーツァルトらしいなぁ」と感じました。勢いのある演奏が一貫していましたが,フレーズの終わりなど,とても柔らかに締める部分もあり,センスが良いなと思いました。

第2楽章は「アンダンテ・コン・エスプレッショーネ」という指示。穏やかな雰囲気の中で,「美しい」という概念がステージ上に浮かんでいる―そんな思いにさせてくれるような演奏でした。いろいろな表情が自然に滲んでくるのが美しいと思いました。

第3楽章は,カデンツァのような部分を含め協奏曲を思わせるようなドラマがありました。クッキリとしたタッチで曲全体のクライマックスを築く一方,終結部部の前ではじっくりと間を取り,「深さ」も感じさせてくれました。

後半は,K.570とK.533/494の2曲のモーツァルト後期のソナタが演奏されました。

K.570は,自然な起伏を持つ優雅な気分で開始。キリッとした気分になったり憂いを見せたり,清澄でシンプルな音楽の中にどこか謎めいたところがあるのが,後期のソナタらしいところだと思います。

第2楽章も密やかで,たっぷりとした音楽。だんだんと音楽が深まっていき,別の世界に入っていくようでした。第3楽章にはアタッカでつながっており,一転して軽快な音楽に。抑制は効いているけれども,それを越えて,楽想が次々湧き上がってくるような盛り上がりがありました。同音反復の音型が何回も出てきましたが,藤田さんの演奏には,どこか軽妙なユーモアも漂っていました。

最後に演奏された,K.533/494は,最初に3楽章「ロンド」(K.494)が作曲され,その後作曲された,第1楽章「アレグロ」と第2楽章「アンダンテ」(K.533)が組み合わされて1曲のソナタとして出版された作品。どこか不思議な取り合わせで,独特の美しさと魅力が感じられる作品です。

第1楽章はモーツァルトのソナタの中でも最も対位法的な感じのする楽章だと思います。藤田さんの演奏は,くっきりとしているけれども,ガチガチな感じになることなく,バランスの良い音楽を聞かせてくれました。この曲でも段々とアドリブた加わり,次第に華やかにな感じにが加わってくるのが面白いと思いました。

第2楽章は静かで落ち着きのある楽章。幻想的な美しさがホールいっぱいに漂い,古典派音楽を越えたような,次第に深く濃厚な世界に入っていきました。楽章の後半,大きな間を取ってたっぷり聞かせるあたりの風格が素晴らしいと思いました。

第3楽章は,上述のとおり,本当に美しく繊細な音で開始。美の極致のような天上から聞こえる音楽という感じでした。さりげない軽やかさから始まった後,だんだんと立派な音楽になっていくのですが,常に大げさ過ぎず,静かに音楽を締めてくれました。

藤田さんは,この日のプログラムでも,自然体で音楽の美しさを聞かせつつ,緩徐楽章でぐっと深い世界に入りこんだり,急速楽章では鮮やかな音の連なりを聞かせたり,しっかりと確立された「藤田真央さんのモーツァルト」の世界を楽しませてくれました。

拍手に応えてアンコールが2曲演奏されました。こちらはモーツァルトではなく,ショパンのワルツop.64-2ラフマニノフの前奏曲op.23-4が演奏されました。

ショパンのワルツはおなじみの曲。揺れ動くようなメランコリーと自然に備わった優雅さがさらりと表現されていました。ラフマニノフの方は,「無言歌」のような感じで,ゆったりとしたアルペジオの上でたっぷりと歌っていました。藤田さんはモーツァルト以外にもラフマニノフを良く取り上げていますが,さすがという演奏でした。

そして…最後に藤田さんのトークがありました。マイクを持って出てこられたので,発売されたばかりのCDの宣伝でもされるのかな,と予想したのですが...その話は全くなく,前半,デュポールの変奏曲とK.311のソナタを連続して演奏し,この曲の後,1回拍手を受けて,引っ込んでしまった件について,その「事情」を説明をされました。これが...抱腹絶倒の面白さでした。

藤田さんは,金沢公演の前,同じプログラムで,王子ホールでも演奏会を行ったのですが,その公演前に,かき揚げソバと激辛カレーのセットを食べ,さらにその後ジェラートを食べてしまったのだそうです(「若いって素晴らしい」という感じです)。その結果,お腹の調子が悪くなり,北陸新幹線で金沢に来る時も何回もトイレに通うことに...。この日も前半「少し危ないかも...」という状態になり,一気に演奏することにしたとのことでした。

しかし,そういうことを全然感じさせない,余裕たっぷりの演奏だったと思います。上述のとおり,変奏曲がソナタの前奏のようになって面白いなぁとも思いました。さらには,体を動かし過ぎると「危なくなる」ので,いつもよりも体の動きを少なくして演奏したところ...「いつもより深い音が出た」とのことでした。「転んでもただでは起きない」たくましさを感じました。

いずれにしてもこの日の演奏は(スペシャルトークも含め),この日限りの特別なパフォーマンスになったようですね。ちょっとした「下ネタ」ということで,天国のモーツァルトにも大うけだったと思います。

さて,このシリーズも4回が終了し,残すは2月の第5回のみ。こうなってくると第2回だけ行けなかったのが大変残念です。今月,藤田真央さんによるモーツァルト・ソナタ全集がソニーから発売されたことを思い出し,代わりにこの全集を買おうか迷っているところです。

PS.

実はその後...輸入盤で買ってしまいました。会場でも販売していたのですが,某CDショップのオンライン購入のクーポン券などを使うと,ほぼ入場料と同額まで割引になりました。たまには新譜CDを買ってみようと思い,買ってみました。

全集の外箱。シリーズ第5回のチラシと同じ写真ですね。

5枚のCDのデザインも楽しく,美しく,手にしているうちにうれしくなるような感じがします。今週末にじっくりと聞いてみたいと思います。

5枚組です。それぞれ別の写真を使っていました。
1番から18番まで,番号順に収録されています

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