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牛田智大ピアノ・リサイタル2023金沢公演(2023年2月24日)

2023年2月24日(金)18:30~ 北國新聞赤羽ホール

シューベルト/アレグレット ハ短調,D.915
シューベルト/ピアノ・ソナタ第13番イ長調,D.664,op.120
シューマン/ピアノ・ソナタ第1番嬰ヘ短調,op.11
ブラームス/ピアノ・ソナタ第3番へ短調,op.5
(アンコール)パデレフスキ/ノクターン op.16-4
(アンコール)バッハ,J.S./コラール前奏曲「主イエス・キリストよ,われ汝に呼ばわる」BWV.639

●演奏
牛田智大(ピアノ)

北國新聞赤羽ホールで行われた牛田智大ピアノ・リサイタル2023を聴いてきました。牛田さんの演奏を実演で聴くのは,コロナ禍が始まったばかりの3年前(調べてみるとその時も同じ2月24日)のオールショパンプログラム以来です。何年も前のことだった気もするし,つい最近のような気もするし…何となく時間の流れ方がよく分からなくなってしまった3年間だった気がします。

この日は18:30開始。演奏会前はまだ明るかったですね。

今回は,その時とはガラッと方向性を変えて,シューベルト,シューマン,ブラームスのソナタを3つ並べるという素晴らしい構成のプログラムでした。特にシューマンのピアノ・ソナタ第1番とブラームスのピアノ・ソナタ第3番は実演で聴く機会はとても少ない作品。この挑戦的な選曲の心意気に惹かれて聞きに行くことにしました。牛田さんが演奏後のトークで語っていたとおり,シューマンもブラームスも各作曲家の若い時のソナタ。20代前半の今の牛田さんがピアノに対して寄せるひたむきな思いと等身大でシンクロするような,熱く見事な演奏の連続でした。

そしてどの曲でも牛田さんの磨かれたピアノの音の素晴らしさを堪能しました。ブラームスの曲など,ほの暗い情熱がほとばしるようなところがあるのですが,どの音にもしっかりとした芯があり,雑な感じになることはありません。静かな楽章での清潔感のあるロマンティックな気分も印象的でした。

今回はとても良い席で聴くことができました。

最初に公演チラシには書かれていなかったシューベルトのアレグレットが演奏されました。十分当初の3曲でボリューム感はあったのですが,最初に序曲的な曲を置きたかったのかもしれませんね。

この曲だけは作曲者の晩年の作品で,しっとりとした心地よい音で始まりました。何か指がそのまま鍵盤につながり,そこからダイレクトに音が出ているように(わけの分からない表現ですが)感じました。「アレグレット」という速度記号よりはかなり遅い感じで,たっぷりと情のこもった音に酔いしれることができました。シューベルトならではの,長調と短調の交錯も美しかったですね。

次に演奏されたシューベルトのピアノ・ソナタ第13番が,この日のプログラムの中ではいちばん有名な曲だったと思います。昔から大好きな曲だったのですが,随所に切なくなるような美しい歌があふれ,大満足の演奏でした。

第1楽章はこの曲もゆったりと開始。メロディがゆっくりと動き出し,豊かな歌が湧き上がってくるような生命力を感じました。それでいて音楽には崩れた感じはなく,ピアノの音がしっかりとコントロールされているのが素晴らしいと思いました。何よりも,牛田さんの作る真面目な音楽がシューベルトの感性にぴったりで,そこに惹かれました。楽章の中の所々で,長い間を取る部分もありましたが,そこから出てくる深みも素晴らしいと思いました。

第2楽章も遅めのテンポでした。吟味した音と表現がしっかりと伝わって来て,曲を慈しむような美しさがありました。クライマックスで出てくる強い音でもしっかりとコントロールされているように感じました。

第3楽章にも曲を慈しむような愛らしさがありました。軽快に流れる音楽でしたが,慌て過ぎることはなく,すべての音が美しく響いていました。この楽章でも,所々で深々とした間を取っており,孤独なモノローグといった気分もありました。その分,天衣無縫な感じはしなかったのですが,孤独を振り切って演奏している中から「切なさ」のようなものが伝わって来て,深い余韻が残りました。この演奏を聴きながら,牛田さんの演奏で,シューベルトの晩年のソナタなども聞いてみたいと思いました。

この曲の後,牛田さんは袖には戻らず,そのまま次のシューマンのピアノ・ソナタ第1番が始まりました。こちらの方は,序奏部から何かに怒っているような憂鬱な音で開始。ロマン派の音楽だなぁという感じでした。そしてシューベルトよりは音楽のスケールが一回り大きくなったように感じました。主部になると厳格でビシッとしたストイックさのある音楽になりました。豊かでたっぷりとした部分も交えつつ,がっちりとした構築感を持った密度の高い音楽を聴かせてくれました。

第2楽章には,音楽の上に詩が乗っているような甘く,心地よいロマンティクな気分があふれていました。そこにはバランスの良さもあり,親密さと充実感が共存した音楽になっていました。

第3楽章のスケルツォは軽妙さのある音楽。整っている中に生き生きとした躍動感がありました。中間部はポロネーズのような感じになり,輝きとダイナミックさが加わっていくのも聞き応えがありました。

第4楽章は力感のある音楽。色々なフレーズが次々と出てきて,めくるめくような表情の豊かさがありました。楽章の終盤に向けて,勢いと華やかさが増していき,音が大きく広がるようにダイナミックに締めてくれました。

後半は,大曲ブラームスのピアノ・ソナタ第3番1曲のみが演奏されました。全体で40分ぐらいかかっていたと思いますが,全く退屈させることなくスケールの大きな音楽を堪能させてくれました。

第1楽書は力強い音で開始。粗っぽいところがなく,意味深さを持った強音でした。その後は色々な表情を持った音楽が続きました。展開部では,渾身の力で演奏されたようなグサッと迫ってくる音が素晴らしかったですね。この思いが乗った音が牛田さんの素晴らしさだと思いました。

この曲は5楽章構成という変わった形式でしたが,1楽章と5楽章が力強さのある音楽,2楽章と4楽章は詩的で私的な音楽,という形で3楽章を中心にシンメトリカルに構成されている感じでした。

というわけで第2楽章になると,パッと音楽のモードが変わり,シューマンの音楽になったようなプライベートな親密さを感じました(調べてみると,この曲の2楽章,3楽章のみシューマンの妻のクララが初演しているようです)。牛田さんのピアノの音自体が雄弁なので,曲が進むにつれて,陶酔的な世界に深く入り込んでいくようでした。第3楽章は曲全体の折り返し地点となるスケルツォ。ダイナミックさと内省的な繊細さが共存したような音楽を聴かせてくれました。

第4楽章は第2楽章に通じるような詩的な音楽。変ロ短調ということで,葬送のための音楽のように,しんみりとした美しさが漂っていました。第5楽章は第1楽章に通じるような音楽で,硬質な強音が出て切ったり,流れるようなメロディが出てきたり,リズミカルになったり...次々と違った表情の音楽が出てきました。曲の最後の部分はアッチェレランドをかけて,華麗に終了。牛田さんは,この大曲を鮮やかに引き切り,若いエネルギーの力を改めて感じました。

アンコールでは,まずパデレフスキのノクターンが演奏されました。暖かみのある静けさの中から豊かな世界が広がるようで,聴いていて「ぐっ」と来ました。アンコール2曲目はバッハのコラールをピアノ用に編曲したものでした(書いてありませんでしたが,ウィルヘルム・ケンプ編曲のものでしょうか)。落ち着きのある歌で演奏会全体を締めてくれました。

今回の演奏会はどの曲も完成度が高く,牛田さんの音楽に向かう真摯な姿勢がストレートに演奏に反映したいたと思いました。今回,レパートリー面で新たな境地を開いた牛田さんにはこれからもさらに期待をしたいと思います。

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