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オーケストラ・アンサンブル金沢第468回定期公演マイスター・シリーズ(2023年5月27日)

2023年5月27日(土)14:00~ 石川県立音楽堂コンサートホール
1) 松村禎三/ゲッセマネの夜に(2002年OEK委嘱作品)
2) ハイドン,M./トランペット協奏曲ニ長調, P52/MH104
3)(アンコール)ジェルヴェーズ/ルネサンス舞曲から
4) ショスタコーヴィチ/ピアノ協奏曲第1番ハ短調, op.35
5)(アンコール)ドビュッシー/沈める寺
6) ハイドン/交響曲第98番変ロ長調, Hob.I-98
7)(アンコール)バッハ,J.S./管弦楽組曲第3番~エア
●演奏
松井慶太指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:アビゲイル・ヤング)*1-2,4,6-7,岡田奏(ピアノ*4-5),ラインホルト・フリードリヒ(トランペット*2-3)

5月後半,楽都音楽祭明け最初の定期公演には,昨年からオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の「コンダクター(こういう名前の肩書きです)」を務めている松井慶太さんが登場しました。松井さんは,過去,OEKの各種公演を指揮されてきましたが,定期公演を指揮されるのは,今回が初めて。松井さん自身にとっての記念すべきデビュー公演となりました。会場には,広上淳一OEKアーティスティック・ディレクターをはじめ,OEKメンバーやスタッフにも松井さんをもり立てようという気分が溢れていました。

逆光でよく見えませんが…広上さんと川瀬賢太郎さんからの花です。

プログラムは,ハイドンの交響曲第98番がメインでした。ハイドン後期の交響曲は名作揃いとはいえ,その中でもマイナーな部類に入る,この曲を選んだあたりに,松井さんの意気込みを感じました。ただし,この曲ですが,いつもどおりハイドンならではの仕掛けの入った作品で,曲の充実感と同時にライブならではの楽しさを味わうことができました。その華やいだ気分は,「デビュー公演」に相応しいものでした。

プレ・コンサートトークはこの場所で行われました。
この途中,何と広上淳一さんから激励の電話。松井さんも恐縮していました。
実にマメな広上マエストロです。

演奏会の最初に演奏されたのは,2002年にOEKが初演した,松村禎三作曲の「ゲッセマネの夜に」でした。宗教的な題材による作品で,OEKが初演してきた新曲の中でも特に濃密な雰囲気のある作品です。岩城宏之さん指揮でCD録音もされていますが,今回はトロンボーン2本入りの改訂版で演奏されました。OEKがこの版での演奏するのは,恐らく初めてでないかと思います。

曲は,静かに夜が深まっていくような気分で開始。チェロのピツィカートが独特の空気感を作っているなと思いました。松井さんの指揮は大変丁寧で,緊迫感がヒタヒタと高まっていく感じが鮮やかに描かれていました。中間部では,フルートなど管楽器のパルス音が入って来て,鋭さが加わってきます。ダニイル・グリシンさんのヴィオラのソロなどにも鬼気迫る雰囲気がありました。大きく盛り上がるクライマックスでは,トロンボーンが2本加わることで,よりスケールが大きくなり,どこか映画音楽を聴くような感じでした。金属製の打楽器も色々と使われており,怪しい気分を高めていました。曲の最後の部分はヤングさんのヴァイオリン独奏で静かに終了。初演の時以来,約20年ぶりに聴きましたが,これからも再演していって欲しい曲だなと思いました。

ちなみにこの曲のスコアですが,音楽堂内の岩城さんのメモリアルコーナーに展示されているとのこと(松井さん談)。終演後,確認してきました。

続いて,ラインホルト・フリードリヒさんを独奏者に加えて,ミヒャエル・ハイドンのトランペット協奏曲が演奏されました。2楽章構成の小さめの協奏曲でしたが,フリードリヒさんの音の魅力を存分に味わえました。

第1楽章はゆったりとした優雅な気分で開始。その中でトランペットの超高音が出てくるのですが,しっかりとコントロールされた暖かみもある音でさりげなく演奏されていました。この「さり気なく」というのが,実は,非常に難しいのではと思いました。静かに演奏されたカデンツァには高貴さも漂っていました。

フリードリヒさんは,大変大柄な方で(長身の指揮者松井さんよりもさらに一回り(?)大柄)したが,この立派な体格が,出てくる音楽の余裕にそのままつながっているように感じました。

第2楽章はアレグロ。疾走感のある音楽になりました。ここでも余裕のある高音が見事でした。飯尾洋一さんによるプログラムの解説によると,「ヴァルヴ装置が発明される以前のトランペットについては,発音原理上メロディは高音域で演奏することになる」とのこと。明るく高貴な超高音を聴きながら,オペラアリアを聴いているような気分になりました。

その後,アンコールが1曲演奏されました。「シャンパンを飲みたいところだが,後半ショスタコーヴィチがあるので飲めない。気分だけ...」といった前置きの後(指揮者の松井さんが通訳),ジェルヴェーズのルネサンス舞曲集の中の1曲がトランペットのみで演奏されました。ブラスアンサンブルなどで演奏されることもある曲とのことで,素朴な歌を聴いているうちに...酒場で飲んでいる気分に相応しいかもと思いました。

帰り際に音楽堂の楽屋口付近を通りかかったら(上述の「岩城さんコーナー」を見に行くためだったですが),フリードリヒさんに遭遇。よいタイミングでサインをいただいてしまいました。

実に豪快なサインでした。

後半最初は,過去OEKが何回も演奏してきた,ショスタコーヴィチのピアノ協奏曲第1番が,岡田奏さんのピアノとフリードリヒさんのトランペットを交えて演奏されました。岡田さんは,この曲を演奏するのは初めてとのことでしたが,その新鮮でキラキラする音が大変若々しく気持ち良かったですね。フリードリヒさんとのやり取りも楽しそうでした。

岡田さんは鮮やかな赤のドレスで登場。フリードリヒさんは,ステージ上手側,ピアノの少し前付近で座ったまま演奏。


トランペットばかりが目立つ感じはなく,ピアノをしっかり盛り立てようという感じでした。第1楽章冒頭,ピアノが素速く下降する音型で入ってきた後,トランペットがピタリと付けてきました。岡田さんの音には,しっとりとした落ち着きがありましたが,重苦しくなることはなく,ショスタコーヴィチ独特のひんやりとした感触が伝わってきました。その一方,急速な部分でのキラキラした音には何とも言えない可愛らしさがありました。

楽章の最後では,トランペットの低音が出てきました。フリードリヒさんは,しみじみと聴かせてくれました。この日,松井さんと広上さんによるプレトークの時,「今日はトランペットの超高音と超低音が出てきます」という話をされていましたが,この部分のことですね。M.ハイドンとは正反対の方向性でも良い緊張感が漂っていました。

第2楽章はじっくりとした静かな世界。岡田さんのピアノによるモノローグには不安感と安心感が微妙に交錯していました。そこにフリードリヒさんのトランペットがニヒルに参加。ここでも低音の味を聴かせてくれました。

第3楽章は,自由に何かの物語を語るような味わいのあるつなぎの楽章。ヤングさんを中心とした弦楽器の深い響きが印象的でした。そして,第4楽章で一気にテンポアップ。岡田さんのピアノはノリが良かったですね。フリードリヒさんのトランペットも楽々&自在な演奏。みんなが一体となってヒートアップしていきましたが,そこはショスタコーヴィチということで,冷静さやユーモアも漂っていました。

フリードリヒさんのトランペットは,細かいミスを結構していた気がしましたが,この曲の場合,その辺が大らかさにつながっているなと思いました。楽章の最後の部分は,岡田さんのピアノの硬質な音が「おもちゃのピアノ」っぽい味わいを出しており,トランペットの音と相俟って,底抜けに明るい気分になっていました。

というわけで,岡田さんのキラキラとした精彩のあるピアノをフリードリヒさんのトランペットが包容力と爆発力のあるユーモアで受けとめ,その全体を松井さん指揮OEKが支えているような見事な演奏だったと思います。

アンコールでは,岡田さんのピアノ独奏で,ドビュッシーの「沈める寺」が演奏されました。明快さと深さが共存したような演奏で,透明な水の中に沈んでいく感じだなと思って聴いていました。機会があれば,岡田さんのリサイタルを金沢で聴いてみたいと思いました。

演奏会の最後は,ハイドンの交響曲第98番でした。ハイドン晩年の「ロンドン交響曲」集は,どの曲にも聴きどころのある傑作揃いですが,この98番は楽器使用法に特徴があります。第4楽章に...これは後で書きましょう。

第1楽章の序奏部はシリアスでたっぷりとした響きで始まりました。慌てることのない,丁寧で誠実な音楽作りは,松井さんの指揮のいちばんの魅力だと思いました。主部になると長調になりますが,ここでもじっくりとしたテンポで美しくメロディを聴かせてくれました。その中から,ハイドンが意図した,音楽のニュアンスやダイナミクスの変化がくっきりと表現されていました。

第2楽章は,プログラムの解説に書いてあったとおり,「英国国歌」によく似た主題で開始。深く暖かな音楽が染み渡りました。この曲が作曲された年にモーツァルトが亡くなっているのですが,途中出てくるチェロの独奏には,哀悼の気分が漂っている感じでした。

第3楽章はキリッとした若々しいメヌエット。松井さんの作る音楽には,落ち着きや力強さもありました。トリオではファゴットの金田さんの暖かな音が印象的でした。松井さんのデビューを大きく盛り上げるような演奏だなと思って聴いていました。

第4楽章プレストは,キビキビとした演奏でしたが,松井さんの作る音楽にはここでも慌てた感じはなく,常に余裕が感じられました。音と音の間に常に微笑みが漂うようでした。途中,大きな休符を何回か入り,「終わったかな?」と思わせて,また音楽が始まるような展開が続きました。いかにもハイドンらしい構成でしたが,第90番ほどは紛らわしくない感じで,引っかかった人はいませんでした。

楽章の途中,ヴァイオリン・ソロが入りましたが,これは,晩年のハイドンをロンドンに招いてくれたヴァイオリニスト,ザロモンが演奏することを想定したフレーズとのこと。そして,曲の最後の最後に部分では,チェンバロのソロのフレーズが登場。いわゆる通奏低音としてではなく,交響曲の中に独奏楽器としてチェンバロが登場するのは異例のことです。ステージ上に「なぜか」チェンバロが残っていたことを忘れつつあったのですが,この最後の最後の部分で主役になった感じです。このフレーズは,初演時は指揮をしていたハイドン自身が演奏したとのことですが,この日はトランペットのラインホルト・フリードリヒさんの奥様の竹沢絵里子さんが担当。曲の最後にオルゴールがパッと流れるような鮮やかさがありました。

というわけで,ハイドンの交響曲第98番という,一般的には知名度の低い作品で,華やかに締めてくれました。松井さんの選曲の妙が光った,忘れられない公演になりました。

その後,本来はアンコールなしだったのかもしれませんが,5月上旬に発生した珠洲地震の被災者への募金のお願いがあり,アンコールとして,バッハのエアが演奏されました。

松井さんは,かつて岩城音楽監督時代,自然災害等で大きな被害が出るたびに,OEKの公演でバケツ募金を行っていたことを紹介されていましたが,そういった時にも,この曲を演奏していたことを思い出しました。演奏の方は,透明感が漂う中,竹沢絵里子さんのチェンバロが,異例なほど華やかに活躍するのが面白い味わいを出していました。

終演後はこの募金活動に加え,カフェコンチェルトで松井さんへのインタビュー(お立ち台といった感じでしたね。途中からは,たまたま通りかかった(?)岡田奏さんも参加)も行われました。大勢のお客さんが残っており,松井さんの人柄に触れることができたのではと思います。これからの松井さんの活躍への期待が大きく膨らんだ公演でした。

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