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第21回北陸新人登竜門コンサート:声楽部門(2023年5月21日)

2023年5月21日(日)15:00~ 石川県立音楽堂コンサートホール
1) モーツァルト/歌劇「フィガロの結婚」~「とうとう嬉しい時が来た~恋人よここに」
2) モーツァルト/歌劇「コジ・ファン・トゥッテ」~「岩のように動かず」
3) チレア/歌劇「アルルの女」~「ありふれた話」
4)ドニゼッティ/歌劇「愛の妙薬」~「人知れぬ涙」
5) ドニゼッティ/歌劇「ランメルモールのルチア」~「あたりは沈黙に閉ざされ」
6) ベッリーニ/歌劇「夢遊病の女」~「ああ!信じられないわ」
7) ロッシーニ/歌劇「オテロ」~「柳の根元に座り~ああ静めてください、おお天よ眠りのうちに」
8) ビゼー/歌劇「カルメン」~ ジプシーの唄
9) バッハ,J.S./カンタータ 第51番~第1曲「全地よ、神にむかいて歓呼せよ」
10) ベッリーニ/歌劇「清教徒」~「あなたの優しい声が」
11) レオンカヴァッロ/歌劇「ラ・ボエーム」~「ムゼッタは愛らしい唇で」
12) プッチーニ/歌劇「トゥーランドット」~「皇女様、愛なのです ~氷のような姫君も」
13) モーツァルト/ミサ曲ハ短調, K. 427(417a) ~「聖霊によりて」
14) ドニゼッティ/歌劇「連隊の娘」~「もう望みはないわ~フランス万歳」
15) プッチーニ/歌劇「妖精ヴィッリ」~「もしお前たちのように小さな花だったら」
16) ヴェルディ/歌劇「椿姫」~「ああ、そは彼の人か~花から花へ」
●演奏
中田けい1,2,山元三奈5,6,窪田早紀9,10,小林彩乃11,12,坂田茜13,14,古岡和香奈15,16(ソプラノ),伴野公三子(メゾ・ソプラノ7,8),庄司慧士(テノール3,4,16)
広上淳一指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:アビゲイル・ヤング) 


恒例の北陸新人登竜門コンサートが石川県立音楽堂で行われたので聴いてきました。今年は声楽部門で,指揮はこのコンサート初登場となる,オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)のアーティスティック・リーダーの広上淳一さんでした。

今年のいちばんの特徴は,何と言っても歌手が8人も出場し,それぞれ2曲ずつ歌ったことでしょう。声楽部門の場合,器楽部門よりも,一人当たりの出番の時間が短くなるので,その分登場者数が多くなる傾向はありましたが,8人も出場というのは異例のことです。プレコンサート・トークでの,広上さん言葉によると「みんなうまいので,落とすのを止めました」とのこと。聴く前だったので「リップサービスなのかな」とも思ったのですが...皆さんの歌唱を聴いていくうちに...「本当だ」と思いました。仮に4人ぐらいに絞らないといけないとしたら,相当過酷な作業だったと思います。

というわけで,結果として8人・16曲,2時間以上かかる,若手歌手たちによる歌歌歌!の競演をじっくりと楽しませてもらいました。演奏された曲は,各出場者の勝負曲や憧れの曲ばかり。ボリューム感に加え,曲に対する熱い思いも伝わってくるような歌の連続でした。終演後には,スポーツのヒーローインタビューのような感じで,出演歌手全員にインタビューをするなど,広上淳一さんのいつもどおりの盛上げ力も素晴らしかったですね。過去のこの公演の中でも特に盛り上がった公演でした。

曲や出演者の配列もよく考えられていました。前半・後半とも軽めのアリアから大きく盛り上がるアリアへという流れがありました。その上で,前半はソプラノ,テノール,ソプラノ,メゾソプラノという声質の多様性,後半はソプラノ4人のぶつかり合いによる華やかさを感じることができました。ドニゼッティやベッリーニのベルカント・オペラの難曲,バッハやモーツァルトの宗教曲,ロッシーニ,レオンカヴァッロの知る人ぞ知るオペラ,プッチーニの初期のオペラ~最後のトゥーランドット...本当に多彩な内容でした。

前半最初に登場したのは,ソプラノの中田けいさんで,まず,モーツァルトの「フィガロの結婚」と「コジ・ファン・トゥッテ」のアリアを歌いました。瑞々しい声がスーッと耳に入ってきて,等身大のスザンナやフィオルディリージが歌っているようでした。「コジ」の方は,もう少し押しの強さのようなものがあっても良いかなと個人的には思いましたが,演奏会全体が大変気持ちよい雰囲気で始まりました。

庄司慧士さんは,この日登場したただ一人の男声歌手。歌った曲は,チレアの「アルルの女」とドニゼッティの「愛の妙薬」の中のアリア。とても軽く柔らかな声で,「いい雰囲気」でした。大きく反り返って歌っていたのも,微笑ましい感じで,「いいなぁ」と思いました。「人知れぬ涙」の方は,前奏のファゴットとハープの序奏から雰囲気たっぷり。このオペラは一度観てみたいなぁと思いました。

ソプラノの山元三奈さんが歌ったのは,ドニゼッティとベッリーニのいわゆるベルカント・オペラと呼ばれる作品の中のアリア。どちらも往年の大歌手,マリア・カラスのレパートリーで,じっくりと歌い込むカヴァティーナの後,後半は音域的にも技巧的にも華やかに動き回るカヴァレッタになるという形式。2つ続けて歌うだけでも物凄く大変だったと思うのですが,山元さんは,凜とした芯のある大変瑞々しい声を聴かせてくれました。前半の落ち着いた憂いを帯びた気分から,一気にビシッと舞い上がる感じが両曲とも素晴らしかったですね。今回の8人の歌唱の中でも特に印象に残ったステージでした。

前半最後は,唯一のメゾ・ソプラノ,伴野公三子さんによる,ロッシーニの「オテロ」の中のアリアとビゼーの「カルメン」の中のジプシーの唄。「オテロ」といえば,ヴェルディの作品を思い出しますが,ロッシーニもこんな真面目な(?)曲を作っていたのだと思わせるほど聞きごたえのある曲でした。この日のハープは「登竜門コンサート」に出場経験のある平尾祐紀子  さんでしたが,その深~い音で始まったご後,伴野さんの憂いを持った豊かな声が続きました。前半最後をしめたのは,おなじみ「カルメン」の中の「ジプシーの唄」(伴野さんの赤い衣装はカルメン仕様でしたね)。こちらも2本のフルートを初めとした広上指揮OEKの作る妖艶な雰囲気の上で,堂々と聞かせてくれました。

後半はソプラノ4人。まず,窪田早紀さんがバッハのカンタータの中の1曲を歌いました。ずっとオペラアリアが続いた後でしたので,清潔感のあるピリッとした歌唱がとても新鮮。高音が続出するトランペット(女性のエキストラの方が担当)も「9番目の出場者」という感じで大活躍でした。引き続き,ベッリーニの「清教徒」の中のアリア。窪田さんの声には親しみやすい暖かみもあり,前半の山元さんとはひと味違ったベルカントを聴かせてくれました。コロラトゥーラも素晴らしいと思いました。

小林彩乃さんが歌ったのは,レオンカヴァッロの「ラ・ボエーム」とプッチーニの「トゥーランドット」の中のアリア。「ラ・ボエーム」といえばプッチーニ,レオンカヴァッロといえば「道化師」と連想してしまうので,一瞬「誤植?」と思ったのですが,こんな充実した曲もあったのですね。小林さんは紺色系の衣装で登場。ステージ上の動作にも余裕があり,柔らかで優雅な雰囲気が漂っていたのが素晴らしいと思いました。「トゥーランドット」の方はリューのアリア。深い情感が籠もったクリーミーな声で,こちらも大人の雰囲気のある歌唱。これははまり役ではと思いました。北陸地方でこのオペラを上演する機会があれば,是非聴いてみたいと思いました。

坂田茜さんは,まずモーツァルトのミサ曲の中から1曲。透き通るような清潔な声は「聖霊」の気分にぴったりでした。ドニゼッティの「連隊の娘」の中のアリアは,前半の山元さん窪田さんの歌ったアリア同様,前半と後半で気分が変わる華やかなアリア。特に後半の突き抜けて聞こえてくる声が素晴らしいと思いました。この曲を聴いたのは初めでしたが,途中,トランペットや小太鼓が出てきたり,チェロの見せ場もあったり,とても面白いアリアだと思いました。

演奏会の最後に登場したのが,古岡和香奈さん。プッチーニの「妖精ヴィッリ」は,プッチーニ最初のオペラとのこと。くっきりした透明感のある声で,一気に引きつけてくれました。ヴェルディの「椿姫」の中の「ああ,そは彼の人か~花から花へ」は,全オペラ・アリア中でもいちばんよく知られた曲ではないかと思います。しかも最後は超高音が出てくるのが慣例。演奏会の最後の最後ということで,まず,その度胸が素晴らしいと思いました。そして見事に決めてくれました。前半からホールいっぱいに健康的な声が広がり(舞台裏から聞こえてくるテノールは,前半に登場した庄司さんが担当。こういう趣向も楽しいですね),イタリア・オペラを歌う喜びがビシビシ伝わってきました。ポストコンサート・トークで古岡さんは,「この曲を歌うのが長年の夢だったと語っていましたが,それが叶った見事な歌唱でした。

実は...この曲を聴いているうちに妙に感動してきて,目頭が熱くなってきました。前半・後半を通じて,多彩な歌唱を次々と聞かせてくれた,全歌手に大きな拍手を送りたいと思いました。

今年は8人中7人が富山出身。6人がソプラノという構成でしたが,終演後にカフェ・コンチェルトで広上さんと出場者によるトークも行われたこともあり,出演された皆さんの熱い気持ちが例年以上に伝わって来た気がしました。

ドレスの色がとりどり。お客さんも沢山残っており,大変華やかな雰囲気でした。

この公演が,北陸地方の若手アーティストの”憧れ”を実現する場になっていくのではと思わせる,充実した内容でした。

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