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オーケストラ・アンサンブル金沢第465回定期公演マイスター・シリーズ(2023年03月11日)

2023年03月11日(土)14:00~ 石川県立音楽堂コンサートホール

1) メンデルスゾーン(ヴィトマン編)/アンダンテ(クラリネット・ソナタから)(2016)
2) メンデルスゾーン/序曲「フィンガルの洞窟」op.26
3) ヴィトマン/コン・ブリオ(2008)
4) ヴィトマン/ソロ・クラリネットのためのファンタジー(1993)
5) モーツァルト/交響曲第41番ハ長調, K.551「ジュピター」

●演奏
イェルク・ヴィトマン指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:アビゲイル・ヤング)*1-3,5
イェルク・ヴィトマン(クラリネット*4)

Review

イェルク・ヴィトマンさんの指揮とクラリネットによる,オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演マイスター・シリーズを石川県立音楽堂で聴いてきました。

ヴィトマンさんは,現在行われているワールド・ベースボール・クラシックにも出場している大谷翔平選手同様,「二刀流」のアーティストですが,この日はヴィトマン作・編曲の曲も演奏されたので,それを上回る「三刀流」ということになります。どの曲・演奏にも表現意欲が満ち溢れており,これぞアーティスト!という凄さを感じた公演でした。

この日は開演前にヴィトマンさんによる「プレトーク動画」が流されました。

最初に演奏された,ヴィトマン編曲のメンデルスゾーン作曲のアンダンテは,もともとはクラリネット・ソナタの第2楽章。ヴィトマンさんがステージに登場し,お客さんの方を向くと,すぐに演奏開始。くっきりとしたクラリネットの音で,何かを物語るように,パッと別世界に入っていきました。メンデルスゾーンらしく,甘く美しいメロディの作品で,どこかモーツァルトのピアノ協奏曲第23番の第2楽章を思わせるようなムードもありました。歌詞を付けるとそのまま昭和時代の歌謡曲になりそうな曲でした。

が...弦楽合奏が入ってくるとどこか怪しく幻想的なムードに。美しさだけでなく苦みが入ってきて,幸福だった世界が崩壊していくような魅力がありました。コンサートマスターのアビゲイル・ヤングさんが,要所要所で超高音で美しくも不気味に対旋律を歌い,チェレスタの音も加わると,魔法がかかったようなムードになりました。最後は,最初の部分同様の落ち着きを取り戻し,ようやく現実に戻るような感じでした。実演で聴くのは初めての曲でしたが,原曲のシンプルな美しさをベースに,ファンタジーに遊ばせてくれるような,とてもセンスの良い編曲であり,演奏だと思いました。

続いてメンデルスゾーンの代表作の1つ,序曲「フィンガルの洞窟」が演奏されました。やや速めのテンポでぐいぐいと迫ってくる感じで開始。音楽全体に大きな流れがあるように感じました。音楽は次第に激しさを増し,大きく盛り上がっていきました。この曲を聴いたワーグナーが,メンデルスゾーンのことを「第一級の風景画家」と評したというエピソードが知られていますが,今回の演奏は,「音によるドラマ」といった感じでした。中間部では管楽器が色々と活躍しますが,それぞれの楽器がきっぱりと主張をしている感じでした。テンポの変化を伴って,別の風景に切り替わっていくようでした。

その一方で,音楽がひっそりと静まりかえるような部分も大変魅力的でした。終盤,クラリネットの美しいソロがひっそりと出てくる部分はこの曲の大きなききものですが,OEKの遠藤さんはじっくりと神秘的に聴かせてくれ,演奏後,真っ先にヴィトマンさんから讃えられていました。曲の最後の部分には,大変厳しい表情もあり,どこかベートーヴェンの曲を聴いたような感触が残りました。

この演奏を受けて,前半最後に演奏された,ヴィトマン作曲の「コンブリオ」は,文字通りベートーヴェンの精神が詰め込まれたような作品でした。ただし...管楽器やティンパニを中心に次から次へと特殊奏法が続く「何だこれは...」という感じの斬新さを持った作品。ベートーヴェンの曲のパロディっぽい面白さもあり,多くのお客さんも楽しんでいたようでした。

もともとは,マリス・ヤンソンス指揮バイエルン放送交響楽団がベートーヴェンの交響曲第7番と第8番を演奏する際に,ともにプログラムを構成する作品として委嘱された曲。曲の最初の部分から,ビシッとティンパニが登場し,コントラバスの音が続きました。ティンパニは,叩くだけではく,楽器の縁をこすったり,何か見えないところで色々とやっていました。この日のティンパニはマイケル・イスラエリヴィッチさんという客演奏者が担当していましたが,ティンパニ協奏曲と呼んでも良いような大活躍でした。

いかにもベートーヴェン的な強烈なアクセントが出てきたり,鋭い音が色々と出てきたり,カタカタカタと変なノイズのような音が出てきたり(西村朗さんの曲あたりにも出てきそう?)...気分はベートーヴェンのスケルツォのような感じだけれども,どうもエネルギーの行き場を間違っているような,ちょっとユーモラスで,一種のパロディ音楽のような面白さを感じました。。

演奏後は盛大な拍手。ティンパニ奏者をはじめ,色々なパートの奏者を讃えていました。「色々変なことをさせてゴメンね」といったところでしょうか。

この日のカフェ・コンチェルトは,「喫茶 菜の花」という店

後半最初は,ヴィトマンさんのクラリネット独奏で,自作の「ファンタジー」が演奏されました。ステージ上の照明が落とされ,スポットライトのような感じになった後,いきなり「一人で重音」といった音。それが急にきれいな透き通った音に変化。かと思えば,ラプソディ・イン・ブルーの冒頭のグリッサンドのような自在な音の動きを見せたり,色々な音色と肌触りを味わえる作品でした。即興的な音のようにも感じましたので,少しジャズ的な気分も感じました。「コンブリオ」同様,メロディはないけれども,常に自由で,どこか遊びの気分を持った精神が伝わってくるような作品でした。

公演の最後は,OEKが何度も演奏してきたモーツァルトの「ジュピター」交響曲でした。その中でも特に印象的な演奏だったと思います。

第1楽章冒頭から「コンブリオ」の延長のような激しさで始まりました。バロック・ティンパニを使い,コントラバスを3本使っていたことで,ゴツゴツした野性味が強調されていたと思いました。しかし,その後は,急に優しい表情に変わるなど主題ごとのコントラストが鮮やか。予測不能な演奏でした。音楽全体のベースには勢いの良さがあり,展開部などでは,色々な楽器がソリスティックに活躍していました。大きく間を取って,見得を切るような堂々とした雰囲気になったり,一気にスピードを増したり,すべての部分にヴィットマンさんの息がかかっているような第1楽章でした。

第2楽章はやや速めのテンポ。弱音で始まりますが,その後に続くバンという音がくっきりと目立っているなど,ここでも対比の鮮やかさを感じました。そして楽章全体に,どこかほの暗く不穏が気分が漂っていました。デリケートな弱音を交えて,常に何かを企んでいるような気分がありました。

第3楽章は,速めのテンポ。踊るためのメヌエットというよりは,キリッとした気分と流れの良さを感じさせてる演奏でした。特徴的だったのは,オーボエやフルートが「ターラ...」というフレーズを演奏するトリオの部分でした。最初は普通だったのですが,2回目以降は,急にテンポを落として,妙に引っかかるような感じで演奏したり,極端にダイナミックな音の動きが出てきたり,「これは何?」といったドラマを感じさせる演奏となっていました。

最終楽章は,OEKメンバーにとっても冒険的なぐらいの速いテンポで演奏されました。さり気なく始まった後,ティンパニがビシビシと強い音を決め,各声部をくっきりと描き分け,鮮やかさとスリリングさんと力感が共存したような演奏になっていました。第1楽章同様,この楽章でも呈示部の繰り返しを行っていました。展開部以降になると,色々な音やフレーズがさらに生き生きと絡み合っていました。ヴィトマンさんの自由な表現意欲が隅々まで浸透しており,メンバーとの信頼感があって初めて成り立つような演奏だったのではと思いました。大見得を切るようにテンポを落とし,しっかりと間を入れた後,最後にここまで出てきたメロディが一体になって出てきます。この部分では乗りに乗ったグルーブ感がありました。最後の部分でようやくテンポを落として,「無事到着」という感じで全曲が終了しました。

どの曲も一癖も二癖もある演奏でしたが,そこには常に「新しいものを作ってやろう」という表現意欲がありました。OEKのメンバーにとってもスリリングな演奏ばかりだったと思います。特に「ジュピター」は,「お疲れさま」と声を掛けたくなるぐらいでした。どこを取ってもワクワクさせてくれるような演奏を聞かせてくれた,ヴィトマンさんとぞOEKメンバーには,改めて大きな拍手を送りたいと思います。

  • この日のポストコンサート・トークは,クラリネットの遠藤さんとコントラバスのルビナスさん。遠藤さんは,ヴィトマンさんの「導く力のすごさ」と「人柄の良さ」について語られていましたが,これは同義なのかなと感じました。ルビナスさんは,ヴィトマンさんのことを,「良い料理人」と語っていましたが,まさにヴィトマン流に料理されたフルコースを味わえた公演でした。

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