和洋の響III:能舞・バレエとオーケストラ(2023年2月12日)
Review
早春のような空気の2月の土曜日の午後,石川県立音楽堂で「和洋の響」公演を聞いてきました。この公演は,能や邦楽器とオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)が共演する新作を公募し,演奏するという趣旨の企画で,今回が3回目となります。今年は柴田誠太郎さんの「箏とオーケストラによる3人の「坊」」が初演されました。
柴田さんの作品は,3つの部分(明確に楽章に分かれているわけではありませでんでしたが)からなる「箏のための協奏曲」のような作品でした。まず,それぞれの部分で「いばりん坊」「赤ん坊」「あばれん坊」といった「~坊」を表現するという発想が面白かったですね。公募要領に書かれていた「誰もが親しむことができる」という条件どおり,変化に富んだ曲想が分かりやすく,聞いていてワクワクとしました。
そして今回の注目は,観世流シテ方で人間国宝の梅若桜雪さんの能舞,元新国立劇場バレエ団プリンシパルの本島美和さんのバレエ,金子展寛さんの箏との共演。コンサートホールのステージは通常よりも客席側にせり出しており(前方の列を撤去していました。),バレエや能に対応できるようになっていました。
指揮者の松井さんとオーケストラメンバー,箏の金子さんがステージに登場した後,照明が落とされた状態で,桜雪さんだけが「作り物」に納まって舞台中央に登場。照明が明るくなると,「喝食」の面をかぶり,鮮やかな緋色の水衣を着た梅若桜雪さんによる謡が始まりました。実に渋くたくましい声で,舞台に一本柱が立ったような感じでした。
ちなみに能面や舞については,次のとおりでした。
その後,桜雪さんは村上湛さんが書かれたとおり,作り物の中に「ご本尊」のように納まっていました。
柴田さんの音楽がたくましい雰囲気で始まると,舞台の上手から,本島美和さんがサーッと登場。本島さんの舞踊には,全く隙のない美しさやしなやかさがあり,見ていてほれぼれとしました。本島さんは,若者のイメージ。演奏前の振付の福田さんのトークと合わせて考えると,「一休さん」のイメージを表現していたようです。オーケストラの周りをグルッと回ったり,まさに縦横無尽。「ご本尊」の桜雪さんとの「静と動の対比」を表現してるかのようでした。
そして金子展寛さんの箏の音がとても艶っぽかったですね。とてもくっきりとした音で,急緩急の構成のそれぞれの曲想を大きく盛り上げていました。静かな中間部は,カデンツァのような感じになったり,鳥の声(ヨハン・シュトラウスの曲に出てくるような笛で表現)と絡み合ったり,退屈しませんでした。
最後の部分はリズミカルでダイナミック。曲の最後の部分で桜雪さんが扇子を投げて終了しました。工夫の凝らされた,とても楽しめる作品でした。
残念だったのは,カーテンコールがなかったことです。本来ならば,作曲者の柴田さん,バレエの本島さん,能舞の桜雪さんなどに盛大な拍手を送りたかったところでした。
この新曲以外は,松井慶太さんOEKによるベルリオーズの「ローマの謝肉祭」序曲とビゼーの「アルルの女」組曲第1番と第2番が演奏されました。どちらも明るくくっきりとした芯のある響きと木管楽器の洗練された美しさが素晴らしかったですね。
前半最初に演奏されたのは,「ローマの謝肉祭」序曲。キリッとしていながらゆとりのある気分で始まった後,加納さんのコールアングレが登場。しっかり,しっとりと聴かせてくれました。その後もグリシンさんの存在感が目立ったヴィオラをはじめ,各パートがしっかりと歌い,色々なフレーズの絡み合いをじっくりと楽しませてくれました。
曲の後半は「お祭」のムード。トランペット(この日は4人も居ました)が華やかに活躍し,一気に景気が良くなりました。打楽器も大活躍。特にタンバリン2人という編成は「この曲ぐらい?」かもしれません。曲の最後の部分など,2人揃って,バチッと叩く感じが個人的には大好きだったりします。
後半は「アルルの女」第1組曲,第2組曲の全8曲が演奏されました。1曲目前奏曲は,くっきりとした弦楽合奏+ホルンで開始。力強く変奏されていった後,アルト・サクソフォンとハープが入ってくると一気に別世界になります。この日のサックスは中村均一さんが担当されていましたが,甘さと同時にしっかりとした充実感のある演奏でした。
2曲目はキビキビ,くっきりとしたメヌエット。ここでも中間部でサックスが入ると淡い感じに色合いが変化していました。3曲目は1月のOEK定期の時,アンコール曲として聴いたばかりの「アダージェット」。静か~だけれども停滞することのない,流れるような音楽を聴かせてくれました。特にヴィオラパートの雄弁さが印象的でした。
4曲目はカリヨン。4人のホルン(この日は石川県出身の名古屋フィル首席ホルン奏者,の安土真弓さんが参加)によるくっきりとした鮮やかな演奏が見事でした。中間部では松木さんの雄弁なフルート。「アルルの女」は,個人技を色々と楽しめるのも魅力ですね。
第2組曲は,どっしりとした「パストラール」で開始。ゆったりとしたしなやかさのある音楽でした。中間部になると渡邉さんによる「プロバンスの太鼓」が入ってきます。この楽器が入ると,さらに気分が高まりますね。
「間奏曲」は,重々しいユニゾンに続いてサクソフォンの見せ場になります。中村さんの演奏は,誠実な歌に溢れており,しっとりとした気分を楽しむことができました。
「メヌエット」では,高野麗音さんの演奏するハープの上に松木さんのフルートが満を持して登場。全く不安な要素がなく,どこを取っても美しいフルートが今回も見事でした。現在で日本テレビ系で放送中のドラマ「リバーサルオーケストラ」でも,この曲は印象的に使っていましたが...この日の松木さんの演奏を聴けば,フルートという楽器やオーケストラに興味を持つ人が増えるのでは,と「ドラマの見過ぎ」のようなことを思ってしまいました。フルート以外の各楽器の演奏も美しく,何とも言えない幸福感に満たされました。
終曲「ファランドール」は,最初の「前奏曲」でも使われている「3人の王の行列」のメロディの華やかで堂々とした気分で開始。その後,ファランドールのリズムに変わりますが,松井さんの作る音楽には推進力があり,どんどん気分が高揚していきました。最後この2つが絡み合い(松井さんと池辺さんによるプレトークだと,この絡み合いはギローが編曲したものとのこと),さらに高揚。トロンボーンやトランペットの効果も抜群でした。荒っぽくなり過ぎることなくアッチェレランドを掛けて,爽快に全曲を締めくくってくれました。
この公演は,西洋のオーケストラ音楽だけではなく,邦楽の公演にも力を入れている石川県立音楽堂ならではの企画ですが,毎回,工夫の凝らされた公演が続いています。今回はバレエが加わることで,さらにダイナミックな感じが増した気がします。次回はどういう作品が出てくるのか楽しみにしたいと思います。
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