軽井沢町町制施行100周年記念 軽井沢大賀ホール春の音楽祭2023: 井上道義指揮オーケストラ・アンサンブル金沢 仲道郁代(ピアノ)(2023年4月30日)
Review
4月末からの大型連中,オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)は,ほぼ毎年「軽井沢大賀ホール 春の音楽祭」に出演しています。今年は,井上道義さん指揮,仲道郁代さんのピアノで,モーツァルトとハイドンを中心としたOEKらしいプログラムで出演しました。
個人的にこのホールには一度行ってみたいと思っていたので(そして,2024年末での引退を表明している井上道義さん指揮による”貴重な”公演ということもあり),軽井沢まで日帰りし,この公演を聴いてきました。ホールの構造は非常に個性的で,井上さんがトークで語っていたとおり,OEKにぴったりの大きさ。OEK得意の曲を存分に楽しむことができました。
最後に,今回の軽井沢小旅行記も紹介したいと思います。
プログラムは,前半がモーツァルトの「ドン・ジョヴァンニ」序曲とピアノ協奏曲20番,後半がハイドンの交響曲45番ということで,考えてみると疾風怒濤系の短調の曲ばかりでしたが,協奏曲も交響曲も最後は明転するので,とても後味の良い演奏会に感じられました。
最初に,モーツァルトの歌劇「ドン・ジョヴァンニ」序曲が演奏されました。この歌劇の全曲を井上さん指揮OEKで富山市のオーバード・ホールで聴いたことがありますが,井上さんのこだわりのサウンドという感じで始まりました。大賀ホールは,残響時間自体はあまり長くなく,その分,各楽器の音がくっきりと聞こえるようなホールでした。それでいて乾いた感じではなく,音楽の表情がリアルに伝わってくるような自然さがありました。この曲についても,最初の一音からオーケストラの音が生々しくうねるような迫力がありました。今回,かなり前の方の席で聴いたこともあり,各奏者の息づかいが伝わってくるようでした。そして,曲の展開に応じて,音楽の表情が変わっていくのが生き生きと感じられました。
コンサートマスターのヤングさんのリードはいつもどおり素晴らしく,音楽全体の勢いと熱量を高めていました。今回はバロック・ティンパニを使っていましたが,演奏全体を引き締めていました。
続いて仲道郁代さんのピアノを交えたモーツァルトのピアノ協奏曲第20番が演奏されました。第1楽章の冒頭は,音量がかなり抑制された感じで,その中にほの暗い凄みが漂っていました。OEKの弦楽器はこの曲でも表情豊かで,甘くない,リアルさのある音を聴かせてくれました。
そして仲道さんのピアノが登場。全曲を通じて,何も変わったことはしていないのに,美しさと悲しさが染み渡るような演奏。王道を行くような安定感が本当に素晴らしかったですね。ピアノの音には清潔感があり,凜とした格調の高さのようなものを感じました。
展開部になると,ピアノの音にさっと翳りが指すような感じがありました。その自然さも素晴らしいと思いました。全体として大げさな身振りはなく,端正な感じなのに,スケール感が感じられました。カデンツァは,定番のベートーヴェンのもの。このオーソドックスなカデンツァも仲道さんの演奏にぴったりで,これしかないという充実感がありました。
第2楽章は,暖かく柔らかなピアノの音で開始。この楽章でも大げさな身振りの変化はないのに,一音一音がしっかりと耳と心に染みこんできました。井上指揮OEKと一体となって,幸福感に満たされたような音楽が続きました。途中,短調になる部分でも荒々し過ぎる感じにはならず,ひたひたとドラマが迫ってくるような凄みがありました。スケールの大きな演奏だと思いました。最初の部分が再現すると,さらに一段上の天国にでも近づいた気分に。終結部での美しく切ない感じも印象的でした。
ほとんどインターバルを置かず,第3楽章に入ると,滑らか過ぎないゴツゴツとした感触のある音楽になりました。それでも音楽が極端に走る感じはなく,常に知情意のバランスが取れていました。仲道さんの演奏と言えば,デビューした頃から(実は私とほぼ同世代),演奏中の表情がとても豊かな印象があったのですが,この日の演奏中はとても落ち着いた表情に見えました。同じ時代を一緒に歩んでいる人間として(と勝手にこちらが思っているだけですが...),素晴らしい大人の演奏家になられたなぁと感慨に耽りながら聴いていました。
第3楽章のカデンツもベートーヴェンのもの。その後のコーダでは音楽が明転しますが,はしゃぎ過ぎることはなく,常に落ち着きがありあした。全曲を通じて,古典的なまとまりの良さとロマン派的な感情の表出とが見事に両立した,完成された大人の音楽になっていると思いました。
盛大な拍手に応えて演奏されたのが,シューマンの「謝肉祭」の中の「ショパン」。音楽を通じて,憧れの気持ちがあふれ出てくるような演奏でした。曲の最後の部分では,静かなピアノの響きがいつの間にかホールの空気の中にすーっと溶け込んで消えていくような...何ともいえない美しさがありました。
後半の最初,井上さんのトークが入り,今回のプログラムの意図や各曲の聞き所が紹介されました。次のような面白い内容でした。
・モーツァルトは「ファザコン」だった。前半に演奏された2曲には,その辺の感情が表れている。
・人間は同じ音型が繰り返されると段々興奮するもの。キラールのオラヴァもそういった作品。今回は指揮者なしで演奏(指揮者は「休暇希望」とのこと)
・ハイドンの交響曲第45番については…これは後で…
というわけで,後半最初に現代ポーランドの作曲家キラールのオラヴァが演奏されました。井上さんの予告どおり,指揮者なしの15人編成での演奏。楽器は次のような配置でした(間違っているかもしれません)。ヤング隊長と呼びたくなるような配列ですね。
Vn Vn Vn Vn
Vn Vn Cb Vn Vn
Vc Va Va Va Vc
ヤング
この曲は,数年前に金沢で行われた,ヤングさんの弾き振りによる定期公演でも演奏されたことがありますが,一度聴けば誰もが圧倒される曲ですね。今回もOEKの弦楽セクションの魅力を強烈にアピールしていました。
曲は,ヤングさんともう一人のヴァイオリンが同じフレーズを繰り返し繰り返し演奏するような感じで開始。ただし,延々と同じフレーズが続くわけではなく,音量が変わったり,奏法が変わったり,透明感があるかと思えば,強烈な不協和音になったり...音と音の絡み合いが作り出すテクスチュアとダイナミクスが次々と変化していきます。その一糸乱れぬ演奏が生む凄みと興奮が素晴らしかったですね。今回もヤングさんのリードの下,迫力たっぷりのミニマルミュージック風のパフォーマンスが炸裂していました。ヤング&OEKの十八番と呼びたい作品だなぁと改めて思いました。
演奏会の最後は,通常は「告別」の愛称で呼ばれるハイドンの交響曲第45番でした。先ほど途中まで紹介したトークの中で,井上さんはこの曲について,「「告別」と呼ぶのは間違い。「告別」というと,語感的にしんみりとした印象になるが,本当はもっと明るい気分の曲。団員の休暇希望を表現した曲。今日から「休暇希望」と呼びましょう」という提案。そのことを反映して,プログラムにも交響曲第45番「休暇希望」としっかりと書かれていました。こう印刷されたのは史上初でしょうか。
この大胆なネーミング変更を除いても,井上&OEKらしい,生き生きとした演奏となっていました。第1楽章は,疾風怒濤時代のハイドンらしく,ハッとさせるようなスピード感で開始。井上さんとOEKは,安定したベースの動きの上に,しなやかな美しさを持った音楽を作っていました。そして,不思議な緊張感を持ったキラールの曲の後だと,実のところ,その自然な音の動きに少しホッとしました。
第2楽章も優雅な雰囲気はあるのですが,どこか寂しげな緊張感のある音楽。中間部では,柔らかだけれども虚無的な雰囲気。濃密な世界に浸ることができました。第3楽章もシンプルな音楽ですが,明るいのか暗いのかはっきりしない,一癖ありそうなメヌエット。
そして第4楽章。切迫した勢いのある音楽が続いた後,一呼吸。その後は,一転して穏やかな空気に変わりました。この部分では,「自分の出番が終わったら,明るく嬉しそうに退場しましょう」というのが井上さんからの指示だったのではないかと思います。まず,ホルンのアンジェラさんとオーボエの加納さんが最後のフレーズを演奏後,嬉しそうに退場。その後も続々と退席。各メンバーそれぞれの「退出のパフォーマンス」が見所となっていました。
照明も段々と暗くなってきて,最後はヴァイオリンのヤングさん,江原さん,ヴィオラのグリシンさんのみに。グリシンさんもお先にという感じで退出すると,最後は,ヤングさんと江原さんが演奏しながら退出。
そして会場からは,ややフライイング気味だったけれども暖かな拍手。客席全体に漂う「なるほど」という空気の中,井上さんの説どおり,「告別」というタイトルは「変かも」と思いました。
会場の照明が明るくなり,メンバーが呼び戻され,ステージ最前列で一礼した後,アンコールが演奏されました。ハイドンの「告別」の後だと,アンコールなしで,そのままお開きという流れが自然ですが...「休暇希望」の後だと,「これはあくまでも希望...休暇前だけれどももう1曲」という感じでしょうか(OEKメンバーの方は,5月5日までは,「楽都音楽祭」のため,超ハードなスケジュールだと思います)。
演奏されたのは,井上さんお気に入りの武満徹の映画「他人の顔」のワルツ。何回聴いたか分からない曲で,個人的には,「多分今回もこの曲だろう」と予想していました。今回は特にじっくりとしたテンポで演奏していました。毎回毎回,微妙にニュアンスが違うのが面白いですね。この演奏にもお客さんは大喜び。最後,オーケストラメンバーが引っ込んだ後も拍手が鳴り止まず,井上さんだけが呼び戻されていました。
終演後,会場の多くのお客さんが「良かったねぇ」と口にしているのを聴き,石川県民として嬉しくなり,軽井沢まで出かけて良かったなと思いました。終演は18:00頃。外はまだまだ明るく,きれいな夕焼けが見えました。
軽井沢旅行記
実は,今回生まれて初めて軽井沢に来ました。せっかくですので,軽井沢小旅行記を紹介しましょう。軽井沢は,和と洋,都会と自然が融合した感じが魅力的。大賀ホールもあるので,定期的に来てみたいなと思いました。
9時台の北陸新幹線「はくたか」で軽井沢へ。「はくたか」に乗るのは結構久しぶりです。
その後,軽井沢駅に戻り,今度は旧軽井沢まで行ってみることにしました。こちらも徒歩で行くにはかなりの距離。自転車を使うべきだったと後悔。
以前「ブラタモリ」で軽井沢を特集した時に変わった交差点を紹介していたのを思い出し,「六本辻ラウンドアバウト」に行ってみることに。
そろそろ本来の目的の大賀ホールに行かねば…ということで,再度,JR軽井沢駅方面に戻りました。ただし,午後からずっと歩き続け,疲れがピークに達していました。そのタイミングで腸詰の店が出現(よい立地場所です)。その場でホットドッグ(というのだろうか?)を焼いてもらい,食べました。これで一気に元気が回復しました。
大賀ホールは駅前の矢ケ崎公園の中にある感じでした。
以下は演奏会の終演後です。19:00台の北陸新幹線で帰る予定だったので,駅周辺を見て回りました。
帰りも「はくたか」(各駅停車)でゆっくり帰ることにしました。長野で乗り換えても良かったのですが,新幹線の中で原稿書きなどもできるので,そのまま金沢まで乗っていました。
金沢に到着。雨は上がっていました。軽井沢でも雨を心配していたのですが,全く傘を使う必要がありませんでした。
以下はお土産です。まず夕食用に「峠の釜めし」を購入し,帰りの新幹線の中で食べました。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?