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竹田理琴乃ピアノリサイタル2023:第2夜悲しみと希望(2023年11月17日)

2023年11月17日(金)19:00~金沢市アートホール
1) 向井響/ピアノのための「彼方からの歌」(竹田理琴乃委嘱作品・世界初演)
2) アルカン/短調による12の練習曲~op.39-12「イソップの饗宴」
3) シューマン/暁の歌, op.133~第1曲,第4曲
4) ブラームス/ピアノ四重奏曲第1番ト短調, op.25
5) (アンコール)ブラームス/ピアノ四重奏曲第1番~第4楽章後半
●演奏
竹田理琴乃(ピアノ),水谷晃(ヴァイオリン),丸山奏(ヴィオラ),ソンジュン・キム(チェロ)

3年連続3回シリーズで行っている竹田理琴乃さんのピアノ・リサイタルシリーズの第2夜(2年目)を金沢市アートホールで聴いてきました。今回のテーマは「悲しみと希望」。悲しみの中で希望を見出したような作品が演奏されました。この日の金沢は12月のような冷たい雨でしたが,ホールの中には外の寒さとは別の世界が広がっていました。

最初に演奏されたのは昨年の第1夜同様,若手作曲家,向井響さんの新作(世界初演)でした。今年の曲は「彼方からの歌」というタイトル。冒頭のキラキラしたモチーフが変化しながら繰り返されて進んでいく感じの曲で,その中から,金沢でも北陸でもない,この世でない世界が立ち上がっていくルような作品で,自然現象のように感じられる音楽だと思いました。竹田さんの磨かれた硬質のタッチと響きの美しさを堪能できました。

この日,ポルトガル在住の向井さんが会場に来られており,演奏前に「戦争や悲しいことの多い世界で救いのある音楽にしたい」といったことを語っていました。竹田さんのピアノについて「宇宙のよう。遠くから聞こえてくる感じ」(不正確かもしれません)といった独特の表現で紹介をしていたのも印象的でした。

2曲目はアルカンの「イソップの饗宴」という初めて聞く作品でした。これがものすごく楽しめる作品でした。アルカンの名前は,金沢在住のピアニスト金澤攝さんの演奏などで一部の作品は聴いたことがありますが,こんな面白い曲を作曲していたとは…嬉しい誤算でした。

竹田さんはこの難曲を鮮やかに聞かせてくれました。練習曲集の中の1曲なのですが実は変奏曲で,竹田さんのトークにあったとおり,25年間も引きこもり状態だったアルカンの内面に渦巻いていた様々な感情が変奏曲として表現されていました。主題自体は軽妙でどこかユーモアも感じさせてくれたのですが,その後は怒り,皮肉,静かなつぶやき…といった感情が次々と沸き上がってきました。特に竹田さんの鮮やかな速弾きとともに,次第に鬼気迫るようにテンションが高まっていく感じが圧巻でした。軽快で華麗な部分は,ショパンやリストのエチュードを思わせるところもあったのですが,どこか不気味でひねくれた感じもあり,曲全体として底知れぬ迫力を持った曲だと思いました。

この作品は色々な出来事に巻き込まれ,人間嫌いになってしまったアルカンがピアノの師であり理解者でもあったフェティスに捧げた作品とのこと。この師弟のつながりも興味深いですね。

前半最後のシューマンの「暁の歌」中の2曲は,精神を病みつつあったシューマン最後のピアノ曲。そのせいか「元気がない感じ」の曲でしたが,第1曲での苦悩の中に見える希望の光のような美しさ,第4曲での明暗がにじんで混ざったような流れるような哀愁など独特の魅力もありました。最後に訪れる平和な気分も印象的でした。

後半は,竹田さんと水谷晃さん,丸山奏さん,ソンジュン・キムさんとの共演でブラームスのピアノ四重奏曲第1番が演奏されました。

この日,当初ヴィオラはダニイル・グリシンさんでしたが丸山奏さんに変更となりました。

この曲は,シューマンの死後,妻のクララのピアノで初演された曲。当時,クララはずっと黒の喪服を着ていたとのことで…後半,竹田さんは黒系統(真っ黒ではなく,紺色っぽい感じ)のドレスで演奏。こういう「こだわり」は良いですね。聴いていて大きくイメージが広がりました。

後半の楽器の配列はこんな感じ(終演後に撮影)

リサイタルの最後が室内楽というのは珍しい構成だと思いますが,これもまた凄い演奏でした。第1楽章は,悲しみに沈むような竹田さんの透明感のあるピアノの音で開始。これを受けて水谷さんを中心とした弦楽器の重奏がスッと広がっていく感じ美しかったですね。この曲では弦楽器がユニゾンで動く部分が結構多く,独特のハッとさせるような空気感を作っていました。その後,キム・ソンジュンさんのチェロに伸びやかな歌が出てきて,音楽が流れるように進んでいきました。中間部では各楽器がしっかりと対話をしながら,大きく盛り上がりました。水谷さんをはじめ,オーケストラのメンバーが作り出すシンフォニックな世界だなと感じました。楽章の最後は意味深な感じ。「金沢の秋の雨のような感じだな」と一瞬ホールの外の天気を思い出してしまいました。

第2楽章は弦楽器の刻みで始まるスケルツォ的な楽章。竹田さんの安定感のあるピアノが全体を引き締めていました。少し明るさが見え,音楽がしなやかに動いていく感じも美しく,ファンタジーの世界に遊ぶようでした。

第3楽章は明るく透明で,平和な世界が広がっていました。竹田さんのピアノの上で,弦楽奏者たちが互いの音を聞き合い,支え合いながら音楽が進んでいく感じで,静けさの中に前向きな気分を感じました。途中,竹田さんのピアノがビシッと一撃を加えた後,音楽が大きく盛り上がっていきました。水谷さんは,オーケストラ・アンサンブル金沢の客員コンサートマスターでもありますが,ここでも水谷さんを中心に熱く美しいクライマックスを築いていました。

第4楽章は大変エネルギッシュでした。ちょっとエキゾティックなムードもある,ロマの音楽風のロンドで,キリッとしたテンポでアクセントを小気味よく効かせて音楽が進んでいきました。この楽章では,なんと言っても竹田さんの技巧が鮮やか。ライブならではの熱狂的なスピード感で,スリリングな音楽を作っていました。このテンポに合わせた弦楽器ももの凄い迫力でした。ロンド形式ということで,色々な曲想が出てきますが,音楽が前へ前へと進んでいくのが気持ちよかったですね。途中,ゆったりと美しいメロディを聴かせる部分もありましたが,楽章の最後の方はさらにテンポアップ。各楽器が一体となって,熱狂的なエンディングを築いていました。

アンコールでは,この第4楽章の後半を演奏。さらに覚醒したような音楽になっており,華やかさのある雰囲気で演奏会を締めてくれました。

今回竹田さんは,前半を中心に曲間でトークを入れており,とても面白かったのですが,難曲を集中して演奏した直後だと「息を整えるのが大変そう..」と思いました。この辺はあまり無理せずに演奏中心でも良いのかもと思いました。特定のテーマを決めた上で,よく考えられたプログラム・編成で充実した音楽を聴かせてくれるこのシリーズ。最終年となる来年の公演も今から楽しみです。

金沢市アートホールのある,ホテル日航金沢の1階に出ていたクリスマスツリー。
もうそういう時期ですね。

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