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オーケストラ・アンサンブル金沢第477回定期公演フィルハーモニー・シリーズ(2024年2月18日)

2024年2月18日(日)14:00~ 石川県立音楽堂 コンサートホール
1) ハイドン/交響曲第100番ト長調, Hob.Ⅰ-100「軍隊」
2) 武満徹/弦楽のためのレクイエム
3) 武満徹/3つの映画音楽
4) グルダ/チェロ協奏曲
●演奏
井上道義指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:アビゲイル・ヤング),ルドヴィート・カンタ(チェロ*4)

井上道義さん指揮によるオーケストラ・アンサンブル金沢定期公演フィルハーモニーシリーズ石川県立音楽堂で聴いてきました。

井上さんは,2024年末(もう少し先かと思っていたのですが...今年の年末!)で指揮活動からの引退を表明していますので,石川県で井上さんの指揮姿を見られるのもあとわずかということになります。今回取り上げた曲は,個人的にも思い出深い曲ばかりで,過去の井上さんとOEKのつながりを振りかえるような構成でした。その中でもルドヴィート・カンタさんとの共演によるグルダのチェロ協奏曲での圧倒的な盛り上がり!何度も共演をしてきた,この2人のチャレンジャー精神とエネルギーに改めて感服しました。

前半はハイドンの交響曲第100番「軍隊」で開始。井上さんがOEKを初めて指揮した1990年4月の定期公演で演奏した思い出の曲です(調べてみると「特別公演」という名称でした。当時定期公演は2回開催,特別公演の方は1回だったと思います)。

我が家に残っていた当時のプログラム。現在のプログラムと大きさや形は同じです。
このときは「軍隊」がメインプログラムでした。

私自身,この公演のことはよく覚えています。この時は渡辺暁雄さんの代役で登場(結局,渡辺さんはOEKを指揮することなくお亡くなりになりました)。私自身にとって初めて井上さんの指揮に生に接したのがこの公演でした。舞台袖から半分お客さんの方を向きながら両手を広げて登場した瞬間の明るさ!そしてその美しい指揮姿としなやかな音楽に魅了されたことを思い出します。それ以降,私にとって井上さんは注目の指揮者になりました。

あれから約34年,OEKの弦楽器の安定した美しさの上に多彩なニュアンスの変化や井上さんならではのユーモアを聞かせる,熟練のハイドンでした。この日のコンサートマスターは,アビゲイル・ヤングさん。井上さんがもっとも信頼しているアーティストだと思います。曲の冒頭からヤングさんのリードする弦楽器が滑らかで美しかったですね。古典的な落ち着きはあるけれども,しなやかな自由さを感じました。

ティンパニの堂々とした響きで序奏が締められた後,主部も落ち着いた足取り。この日の井上さんは「座骨神経痛です」とトークの中で語っていた通り,時々腰に手を当てての指揮でした。オーケストラに任せている部分も多い感じでしたが,その分,音楽のニュアンスの変化やちょっとしたアクセントの付け方などが自然に決まっていました。第2主題になるとスッと気分が変わり,井上さん自身がOEKのハイドンを楽しんでいるような感じもしました。この日の1番フルートは八木さんでしたが,この部分でもとても爽やかな音。ハイドンの交響曲でのフルートはソリスト的な存在だなぁと改めて思いました。

呈示部の繰り返しが終わった後,音楽が一息つくような感じになりますが,ここで井上さんは一瞬お客さんの方を振り向くユーモア。「こういう感じ」が実に井上さんらしいところです。余裕たっぷりの雰囲気の後,緻密な音の積み重ねをビシッと聞かせてくれました。楽章の最後は華やかな開放感。第1楽章から聞いていてくれしくなるハイドンでした。

第2楽章も平然とのんびりと開始。この部分ではオーボエの加納さんの音が美しかったですね。そして大太鼓,シンバル,トライアングルの打楽器3人組が加わってくるのですが,自然な華やかさがあり曲想にマッチしていました。楽章の最後の部分の注目は,突如入ってくるトランペット。この日はエキストラの女性奏者が担当していましたが,とても太い音で存在感たっぷりに聞かせてくれました。良い音でした。楽章の最後は打楽器3人組も加えて,ズシッと締めてくれました。

第3楽章のメヌエットは,アーティキュレーションが昔から聞き慣れているものと少し違う感じでした。「タラララ,ラッラッ」という感じではなく「ターラララ,ラッラ」とい感じだったと思います。音の伸ばし方に自在さがあり,すっきりとしている中に優雅な味わいを感じました。中間部はひっそりとした感じ。ここでも井上さん自身,OEKとのハイドン演奏を楽しんでいるようでした。

第4楽章もキビキビとしているけれども慌てないテンポによる余裕のある運び。その中で突如ティンパニの強打が出てきてびっくりさせたり,ちょっと大きめの間を取ったり,井上さんらしいユーモアを楽しませてくれました。最後は,第2楽章の打楽器3人組が再登場し,賑々しさがアップするのですが,とてもバランスの良い盛り上げ方。最初の曲に相応しいエンディングとなっていました。

演奏後,井上さんのトークがありました。ハイドンはOEKのレパートリーの中の「背骨」のようなものと語っていたのが印象的でした。後半最初に演奏する武満作品と絡めて岩城宏之さんの思い出話になった後,「岩城さんの始めたバケツ募金にご協力を」という能登半島地震被災者のための義援金への協力のお願いになりました。休憩時間中は,ヤングさん,江原さんなどの団員が会場を巡っていました。

後半の前に撮影

後半は,このOEK初代音楽監督の岩城さんに敬意を表するように,武満徹作品で始まりました。弦楽のためのレクイエムは,岩城指揮OEKのCD録音も残っていますが,何かもうすっかり金沢では古典になった曲だと感じました。静かで落ち着いた雰囲気の中から,時折,叫び声が聞こえてきたり,苦しみでもがくような感じになったり…心の中のドラマが音楽になっているようでした。図らずも,能登半島地震で犠牲になられた方への鎮魂の曲になっていたと思いました。この日の首席ヴィオラ奏者は,ヤノシュ・フェイエリヴァリさんでしたが,時折出てくるソロもため息のように感じられました。そういった部分が,すべてが美しいニュアンスの変化となって感じられるような,豊かさのある演奏でした。

3つの映画音楽も弦楽器だけで演奏されました。3曲目の「ワルツ」だけが,井上+OEKのアンコールの定番曲として突出して何回も何回も演奏されてきましたが,第1曲「訓練の休息の音楽」,第2曲「葬送の音楽」も素晴らしい作品。特に第1曲のちょっとディープでダークな感じのジャズテイストの演奏(ルビナスさんのコントラバスが強烈)には,しびれました。前半は闘争的な感じ,後半はどこか叙情的な甘さを持った音楽で,タイトルどおりだなと思いました。

2曲目の「葬送の音楽」は,弦楽器だけといこともあり,「レクイエムPart2」といった趣きがありました。作曲年代が1989年ということで,より美しく,穏やかな曲想でしたが,ギシギシとした音やフラジオレットが出てきたり,本家レクイエムに通じる感じもありました。

第3曲の「ワルツ」は別れを惜しむかのようにじっくりと演奏。ここでもコントラバスの音がいつも以上にズシッと響いており,スケールの大きさのようなものを感じました。各パートもしっかりと歌われていました。後半第1ヴァイオリンが美しく対旋律を歌わせる部分では,ヤングさんのソロで演奏するのがいつものパターンでしたが,今回は全員で演奏。こちらがオリジナルだと思いますが,いつもとひと味違う思いが込められているようでした。ただし,曲の最後,客席に振り向き,「両手を差し出しプレゼント」といった動作はお馴染み。井上さんは「OEKの背骨が弦楽器」と語っていましたが,その「背骨」への思いが溢れた演奏だったと思います。

最後は管楽器メンバーと名誉楽団員であるルドヴィート・カンタさんによる演奏。OEKを弦楽メンバーと管楽メンバーに分けてプログラムを構成するというのも井上さんらしさ,OEKらしさだと思います。

ここまでのプログラムでも十分堪能できたのですが,最後のグルダのチェロ協奏曲は,本当に何も考えずに楽しめる作品でした。会場の照明を暗めに落とし,色合いをに工夫。チェロとギター(この楽器が入っているのもグルダならでは)についてはPAを使い,自然に音を拡大。というわけで,見た目はポップス系のコンサートのような雰囲気でしたが,その演出もまた井上さんらしさだと思います。

楽器は下手にコントラバス,上手にギターがある以外は管楽器と打楽器のみ。次のような感じのビッグバンド風の配置でした。井上さんが上手側から指揮していたのも,ビッグバンド的でしたね。

            Ds+Perc
  Tuba Tb Tp Tp Hrn Hrn
Cb   Fl Cl Cl Ob Ob Fg  G
      独奏Vc  指揮者

第1楽章「序曲」は,いきなりカンタさんの独奏でキリキリキリという感じで始まった後,渡邉さんが刻むドラムスのリズムに乗って快適な音楽がスタート。プログラムの飯尾洋一さんの解説では「ゴージャスでレトロなブルースロック調」と書かれていましたが,響敏也さんによるCD解説(カンタさん+井上絵得/OEKの録音があります)での「「ブルーライト横浜」級の懐メロ・ポップス調」という比喩も確かにという感じでした。この「レトロだけれども実は皆好き」という部分を受けて,管楽器が唐突にオーストリアの民族音楽風ののどかな合いの手を入れるというのも,楽しいですね。ファゴットののんびりした味が特に好きなのですが,この唐突な変化は,実はマーラーの交響曲などに通じる世界かもと思いました。その一方で,カンタさん技巧的なフレーズを披露。グルダならではの人を喰ったアイデアに溢れた音楽でした。

第2楽章「牧歌」では,カンタさんのチェロの暖かな音に包まれました。コラール風の伸びやかな音楽を聞いていると,やはりこの曲のベースがオーストリアの風土にあるのかなという気分にさせてくれます。中間部での加納さんのオーボエ,遠藤さんのクラリネットなどが活躍するセンチメンタルな歌(ギターの音がポロッと聞こえてくる感じも良いですね)も魅力的でした。

第3楽章「カデンツァ」は,しみじみとしたチェロによるモノローグで始まった後はカンタさんの名人芸が炸裂。だんだんと即興的な音楽になっていきました。どこまでがグルダの作曲なのか分からないのですが,パガニーニの曲に出てきそうなフラジオレットが出てきたり,SF映画にでも出てきそうな,何とも不思議な音(上述の響さんの解説によると「電気ギターを真似た音型」)が続いたり,全く予測不能というスリリングさがありました。カンタさんは,先日2月6日に行われたOEKチャリティ公演ではハイドンのチェロ協奏曲で「変なジャズ風カデンツァ」を楽しませてくれましたが,それに続いて,今回もクラシック音楽から飛び出すような世界を楽しませてくれました。

第4楽章「メヌエット」は,偽古典的なメヌエット。ちょっとラテン系のテイストもあったので,スペインの王室風といったところでしょうか。ゆったりとしたレトロな味をここでも楽しませてくれました。八木さんのフルートのソロも気持ち良く響いていました。

最終楽章「終曲,行進曲風に」は,正月以降の辛いことあれこれを吹き飛ばすような吹奏楽のパレードの気分。ホルンがベルアップして力強い音を出していたのが視覚的にも楽しかったですね。この楽章でも,所々でギターの音が聞こえて来たり,のどかなオーストリア風のテイストが出てきたり,トロンボーンの藤原功次郎さんの楽しげなソロが出てきたり,多様式の見本市のような楽しさがありました。その一方でカンタさんの方は,相変わらず速弾きの見せ場の連続。最後はテューバやトロンボーンを含む管楽器による豪快なエンディング。「天国の地獄」を思わせる音型も出てきて,楽しく締めてくれました。

終演後は盛大な拍手が続きました。オーケストラが引っ込んだ後,指揮者だけが呼び戻されるケースは時々ありますが,指揮者とソリストの2人が呼び戻されるという形は結構珍しいかもしれないですね。

井上さんは今年11月のOEKの定期公演にも登場される予定で,それが最後の共演になりそうです。今回井上さんはずいぶん腰を痛そうにされていたのが少々心配でしたが,特に最後の曲ではカンタさんやOEKとともに大きなエネルギーを貰えました。まだ「最後」ではないのですが…長年に渡って石川県を元気づけてくれていることに感謝をしたいと思いました。

ちなみにこの日の公演は3月9日にHAB(石川県内のみ)で放送されるようです。こちらも必見です。

PS.この日の終演後は,カンタさんとルビナスさんによるサイン会がありました。カンタさんには持参したベートーヴェンのチェロソナタ全集のCDのジャケットにサインをいただきました。

ルビナスさんにサインを頂くとき,「(グルダの協奏曲で)2台のコントラバスを使っていますが音が違うのですか?」と尋ねてみたところ,「チューニングが違う」とのことでした。曲の途中で楽器を換えていたのはそういうことかと合点しました。

ちなみに井上道義さん指揮によるブラームス交響曲全集の新録音が先行発売されていました。欲しかったのですが…この日,井上さんのサイン会は無かったので,今回は購入を見送ることにしました。

その代わりに過去のOEKのCDから紹介します。能登地方各地の風景写真を使ったシリーズです。(左上から)千枚田,曽々木海岸,仁江海岸,(下段左から)巌門,見附島です。

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