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藤田真央 モーツァルト ピアノ・ソナタ全曲演奏会第5回記憶の糸を手繰り天国へ(最終回)(2023年2月5日)

2023年2月5日(日)14:00~ 北國新聞赤羽ホール

モーツァルト/ピアノ・ソナタ第3番変ロ長調,K.281
モーツァルト/ピアノ・ソナタ第4番変ホ長調,K.282
モーツァルト/ピアノ・ソナタ第5番ト長調,K.283
モーツァルト/ピアノ・ソナタ第13番変ロ長調,K.333
モーツァルト/ピアノ・ソナタ第18番変二長調,K.576
(アンコール)スクリャービン 練習曲 嬰ニ短調, op.8−12

●演奏
藤田真央(ピアノ)

2021年3月,北國新聞赤羽ホールでスタートした,藤田真央モーツァルト・ピアノ・ソナタ全曲演奏会の第5回に出かけてきました。

実はこの日,全く同じ時間帯にオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の演奏会も石川県立音楽堂コンサートホールで行われていたのですが,こちらの方は「シリーズ最終回」。やはり聞き逃せません。演奏されたのは,ソナタ第3~5,13番,そして最後の18番で「モーツァルトのピアノ・ソナタの旅」は締めくくられました。

ただし最終回だからといって,これまでの4回同様と違ったところはなく,全く気負ったところのない,自然体の演奏を聴かせてくれました。藤田さんのタッチは美しく磨かれているれけども,そこに神経質なところは皆無。常に暖かみと微笑みがにじんでいるような魅力的な演奏が続きました。

前半は,第3番,4番,5番の3曲が演奏されました。こういうチクルスでないと演奏会ではなかなか取り上げられない作品かと思いますが,藤田さんのいつものスタイルで聴くと大変気持ちよく楽しむことができました。

第3番の第1楽章冒頭から,平明で率直な音楽。特に高音の繊細さが美しく,その音を聴くだけでせつなくなる感じでした。コロコロと音が転がっていく感じも優雅でした。この曲に限らず,この日,ソナタ形式の提示部の繰り返しは全部行っていたと思います。

第2楽章もシンプルな音楽なのですが,しっとりと美しかったですね。「アンダンテ・アモローソ」という珍しい指定なのですが,その言葉どおり,愛情が染み渡っているような味わいがありました。連綿と綴られた愛の歌といったところでしょうか。

第3楽章のロンドは,速すぎないけれども,軽快で上機嫌な雰囲気で開始。しかし途中で短調に変わって,翳りを見せたり,終結部間際ではドキッとするような強打を聴かせたり,聞き応えのあるドラマを聴かせてくれました。これらがすべて,コントロールされており,最後はどこか茶目っ気のある雰囲気で明るく締めてくれました。

ちなみに各楽章間のインターバルは,各曲とも短め。というかほとんどアタッカのような感じだったのは,このチクルス全体を通じての傾向でした。

第4番はいきなり緩徐楽章から開始。雰囲気としては,第3番の第2楽章の続きのような抑制された美しさが漂っていました。これもまた藤田さんのモーツァルトの特徴ですが,同じフレーズが再現する時は,必ず微妙に変化を加えていました。この楽章でも後半は少し軽快な感じになっているなと感じました。

第2楽章はメヌエット。優雅でデリケートな音楽でしたが,自然な語り口。中間部はさらに伸びやかに飛翔していました。第3楽章は快活な楽章ですが,走りすぎることなく,アドリブ的な音も加えて気楽に流れる感じでした。最後の部分にも,品の良い華やかさがありました。

第5番の第1楽章は,自然に流れるような音楽。流線型が目に見えるような鮮やかさがありました。そして,ここでも楽章後半で音楽の充実感が増していました。

第2楽章はためらいなくスッと開始。淡々としていながら,しっかり味がしみているような音楽。タッチの美しさと微妙な変化が楽しめました。第3楽章は元気のある音楽でしたが,しっかりと抑制も効いていました。明快かつ流れの良い音楽が続いた後,短調の部分でドラマを感じさせた後,明るく終了。最後の和音の響きが美しかったですね。

この日は2月上旬の金沢には珍しい好天でした

休憩後の後半は,13番,18番といった中期から後期の作品。こちらはさらに充実感のある演奏となっていました。

第13番は,おっとりとしつつも曇りのない雰囲気で開始。初期のソナタよりも規模が大きく,プログラムの解説に書かれていたとおり,ピアノ協奏曲を思わせる部分もありました。展開部では深みと陰影のある表現。そして再現部ではまた違った景色を見せてくれました。その自然な表情の変化が面白いと思いました。

第2楽章は淡々としつつも味わい深い音楽。楽章が進むにつれて,深く親密な世界に降りていくようでした。第3楽章ロンドは,明快だけれども落ち着きのある主題を中心に,多彩な表情を持った音楽が続きます。カデンツァ的な部分も入っており,「絶好調のモーツァルト」といった気分が溢れていました。

最後に演奏されたのは,モーツァルトの最後のピアノ・ソナタ,第18番でした。ただし,第13番の後,袖に引っ込むことなく,そのまま演奏が始まりました。

第1楽章は落ち着きのある平然とした雰囲気で開始。その後,対位法的な音楽になりますが,いかめしいところはなく,複雑さを感じさせない音楽となっていました。時折,しっとりとした翳りを感じさせつつも,平然とした柔和な音楽。モーツァルトらしいなぁと思いました。

第2楽章も他のソナタの緩徐楽章と同様,落ち着きと平静さと美しさが共存した音楽。中間部は短調になりますが,この部分での「深い表現」が際だっていました。

第3楽章は軽快なロンドですが,最後のソナタということで,対旋律が加わってきて,音の充実感が増して行きます。ただし,バリバリ弾きまくるという感じでなく,常にしなやかさがあり,これ見よがしの大げさな感じにはならなりません。曲の最後も平然と静かに終了。

チクルスの最後なのに,全く大げさでない感じがモーツァルトらしく,藤田さんらしいと思いました。「これで終わり」なのではなく,これからも続きますよ...といった心地よい余韻を残してくれました。

アンコールでは,モーツァルト以外の曲を取り上げることもありましたが,今回はスクリャービンの練習曲 op.8-12が演奏されました。「いきなりクライマックス」といった勢いのある音楽で,大変鮮やかな演奏でしたが,モーツァルトの後ということで,荒っぽい感じはなく,気負いのない包容力のある音楽を聴かせてくれました。

その後,前回同様,藤田さんらしさが溢れるトークとなりました。「5回のシリーズを通じて,さらに良くなったと思う。CD録音をしてから1年半たったが,その時からまた変化している。変わるのがモーツァルトである。その時々の最善を出している...」と穏やかだけれども自信に溢れた言葉が続きました。

最後は1月以降の体重のお話。日本に帰って来て,ダイエットに失敗(お菓子がおいしくて...)。今回の金沢でも,おでんを沢山食べてしまったとのことです。コロナ禍中,プライベートで金沢にも来られており,店では日本酒を沢山飲まされたこともあったそうです。

これで大好評のシリーズも終了。私は第2回だけは聞き逃したのですが(この時はOEKの定期公演を選択しました),今後,藤田さんは何に挑戦するのかが,ますます楽しみになりました。個人的にはシューベルトのピアノソナタなどが合うのではと思っています。というわけで,飲食・飲酒目的も兼ねて,是非また金沢に戻って来て欲しいですね。

私が聴いた4回分のプログラム
こちらは4回分のチラシ
ソニーから発売されているモーツァルトのピアノ・ソナタ全集のチラシとBOX

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