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金澤弦楽四重奏団 ベートーヴェン全曲演奏会Vol.2(2022年12月25日)

2022年12月25日(日)14:00~ 金沢市アートホール

ベートーヴェン/弦楽四重奏曲第3番ニ長調, op.18-3
ベートーヴェン/弦楽四重奏曲第10番変ホ長調, op.74「ハープ」
ベートーヴェン/弦楽四重奏曲第14番嬰ハ短調, op.131

●演奏
金澤弦楽四重奏団(青木恵音,若松みなみ(ヴァイオリン),古宮山由里(ヴィオラ),ソンジュン・キム(チェロ))

Review

オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の弦楽器メンバーによる弦楽四重奏団,金澤弦楽四重奏団の「ベートーヴェン弦楽四重奏曲全曲演奏会」シリーズの2回目が金沢市アートホールで行われたので聴いてきました。私にとって,2022年の「演奏会通い」の締めの演奏会。演奏された3番,10番「ハープ」,14番の3曲は,30分近く~40分程度かかる曲ばかりでしたので「締め」に最適のボリューム感がありました。どの演奏も緻密で美しい演奏ばかりで,これで思い残すことなく(?)年を越せるなぁと感じました。

実はこの公演の前々日以来,個人的にやっかいなトラブルを抱えていたのですが...この公演の直前に運よく解決。精神的に非常にすっきりとした気分で楽しむことができました。特に最初に演奏された,ベートーヴェンの初期の第3番はその気分にぴったり。悩むことなく音楽に集中すること(演奏する方にも聴く方にも言えますね)の素晴らしさを実感しました。

この第3番ですが,プログラムの解説によると(今回も大変充実した内容でした),実質的にベートーヴェンが完成させた最初の弦楽四重奏曲とのことです。ハイドン,モーツァルトから引き継いだ伝統をしっかり受け継いだ,「最初から完成された作品」という曲でした。

第1楽章は,冒頭から青木さんの澄んだヴァイオリンの音に魅せられました。音楽の運びにも慌てた感じがなく,揺るぎなく,調和の取れた音楽をしっかりと聞かせてくれました。

第2楽章は静かに流れる美しい時間。一見シンプルだけれども,各楽器の繊細な絡み合いが素晴らしく,充実感がありました。第3楽章は短調と長調が交錯するスケルツォ。どこか優雅さがあり,心地よく風が吹き抜けるようでした。

第4楽章は第1ヴァイオリンを第2ヴァイオリンが追っかけるような感じで開始。これが美しかったですね。上機嫌な品の良さが感じられ,安心して楽しむことができました。その後,スピード感のある若々しい音楽が続きますが,最後はフッと弱音で終了。パッと時間が止まったような感じが新鮮でした。

次に演奏された第10番には「ハープ」のニックネームが付いています。1楽章の途中,ピツィカートで演奏するフレーズが印象的に出てくるのが由来のようです。

第1楽章には序奏部が付いていましたが,まずその部分のハモリがきれいでした。主部に入ると,ジャンという「目印」のような音の後,勢いよく音楽が始まります。第3番同様,この曲の演奏にも,年末~新年に相応しい晴れやかさがあるなと思いました。

上述のピツィカートの部分は,色々な楽器の間で音が飛び交う感じでした。個人的に,ハープといえば,アルペジオという印象がありましたが,この軽快な上機嫌さは確かに,ニックネームにしたくなるかも。この第11番の前に書かれた,3つの「ラズモフスキー」弦楽四重奏曲よりもリラックスした気分と流れの良さがあるのが,この曲の魅力かなと思いました。

第2楽章は穏やかで調和の取れた世界。新鮮さと精密さが共存した演奏が素晴らしいと思いました。静かな音の流れが続く終結部も印象的でした。第3楽章は,交響曲第5番「運命」の動機を思わせるシリアスな雰囲気のあるスケルツォ。スピード感とキレの良さがあり,停滞した感じがないのが良いなと思いました。

そのまま第4楽章につながっているのも「運命」と共通しますが,最終楽章は変奏曲形式になります。鋭角的で力強さのある変奏が奇数番,しっとりとした弱音中心の変奏が偶数番ということで,その対比が楽しめる楽章でした。チェロのベースの上に,静かな音が続く最後の変奏の後,テンポを上げて,ビシッと締める辺りが実に格好良かったですね。

後半に演奏された第14番は,ベートーヴェンの得意技である,「フーガ」「変奏曲」「スケルツォ」が全部盛り込まれた曲。全7楽章(序奏的な短い楽章もありますが)が休みなく演奏される40分程度の大曲です。ベートーヴェンにとっても総決算という曲だったようです。実演で聴くのは初めてでしたが,この曲の素晴らしさをストレートに体感できました。

第1楽章はフーガなのですが,その出だしはどこか現代曲を思わせる雰囲気。静けさの中に色々な「たくらみの素」が入っている感じでした。今回の4人ががっちりと組み合った演奏からも,美しい構築感がしっかり伝わってきました。音楽という芸術は元々,抽象的なものですが,この演奏からは,どこか地球上にない場所,たとえば宇宙空間にでも漂っているような,そんな「抽象的な美」そのものを感じました。第2楽章になると,ふっと緊張が緩み,音楽が流れ出します。その「パッと変化していく感じ」を体感できるのも実演ならではだと思います。

第3楽章は非常に短い楽章で,そのまま第4楽章の変奏曲へ。この部分もベートーヴェンの書いた変奏曲の総決算のような感じで,どんどん内向的になっていく感じが印象的でした。それでいて重苦しくはなく,多彩さを増していく感じでした。楽章後半でチェロが印象的なモチーフを入れてくるのですが,どこか第9交響曲の第4楽章で,「この歌じゃない」と第1~3楽章のメロディを否定するレチタチーヴォに通じるような「意味」深さを感じました。

これを受けて第5楽章のスケルツォになります。ここでもチェロの演奏する,鋭い感じのモチーフが起点となって,キリッと瑞々しい音楽が始まりした。とても親しみ楽章で,上機嫌なユーモアが漂っていたので,「正しいスケルツォ」といった感じがしました。

神妙な美しさを持った第6楽章に続いて,最後の第7楽章へ。峻厳さと躍動感のある音楽を4人一体となったアンサンブルでしっかりと聞かせてくれました。この弦楽四重奏曲の初演の時,シューベルトが聞いて大感激したというエピソードが残っているそうですが,この楽章を聞くとその理由が分かる気がしました。次々と格好良いフレーズが湧き出てきて,延々と続く感じはシューベルトの曲とも共通するかもしれません。曲の最後はあまり大げさに成りすぎず,端正に終了。全曲を聴き終えたという充実感が残りました。

終演後,ソンジュン・キムさんが登場して,「このシリーズではアンコールはありません」のご挨拶(その方が良いと私も思います)。そして,「次回は来年6月」との予告。今回の演奏を聞いて,益々期待が大きくなりました。

PS.

最後に演奏された弦楽四重奏曲第14番ですが,私が最初に聞いたのは,レナード・バーンスタイン指揮ウィーン・フィルによる弦楽合奏版でした。終楽章のずっしりとした感じが何となく印象に残っていますが,やはりオリジナルの弦楽四重奏版のクリアで切れ味の良さの方が良いかなと思いました。

ホールの入っているホテル日航金沢の1階に置いてあった
クリスマスツリー
23日の夜,田島睦子さんのリサイタルでアートホール
に来た時よりは雪はかなり少なくなっていました。
今回はブーツを履いてきました。

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