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オーケストラ・アンサンブル金沢第473回定期公演フィルハーモニーシリーズ(2023年10月26日)

2023年10月26日(木)19:00~ 石川県立音楽堂 コンサートホール
1) ベートーヴェン/「レオノーレ」序曲第3番,op.72b
2) ショパン/ピアノ協奏曲第1番ホ短調, op.11
3)(アンコール) ショパン/ノクターン嬰ハ短調遺作
4) シューマン/交響曲第4番ニ短調, op.120(初稿版)
5)(アンコール) メンデルスゾーン/劇音楽「夏の夜の夢」~スケルツォ
●演奏
ジョン・アクセルロッド指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:小川響子)*1-2,4-5、津田裕也(ピアノ*2-3)

木曜日の夜,オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)定期公演フィルハーモニーシリーズを石川県立音楽堂で聞いてきました。指揮は,定期公演には初登場となるジョン・アクセルロッドさん,ピアノは津田裕也さんでした。

この公演は,当初2021年のショパン国際ピアノコンクールで反田恭平さんとともに2位に入賞したアレクサンダー・ガジェブさんが登場予定でしたが,病気療養のため実現せず(活動は再開したけれども,レパートリーをスクリャービンのピアノ協奏曲1曲に絞るためとのことです),津田さんに交代になりました。このこと自体大変残念でしたが(是非、実現して欲しいですものです)、津田さんの充実したショパンに浸ることができたのは、大変幸せでした。後半,非常に珍しい初稿版で演奏されたシューマンの交響曲4番の「こだわりの熱さ」を持った演奏と合わせて,初期ロマン派音楽の魅力を存分に味わうことのできた演奏会でした。

演奏会は,ベートーヴェンの「レオノーレ」序曲第3番で始まりました。アクセルロッドさんの指揮に接するのは初めてだったのですが,室内オーケストラであってもずしっとした重量感を感じさせてくれるような大柄な音楽を作る方だなと思いました。曲の序奏部から,太くたくましい音で開始。自然な落ち着きが漂う空気感がありました。ファゴットの金田さんの存在感のある音,フルートの満丸さんの軽快で清潔感のある音など,木管楽器のソリスティックな活躍も楽しめました。

主部になっても慌てず,くっきりとした音楽。じっくりと聞かせる職人の仕事のような安定感を感じました。この曲の聞き物である「ステージ裏から聞こえるトランペット」は,パイプオルガンのステージの裏で演奏していたようでした(扉が少し開いていましね)。1回目はかなり遠くから,2回目は結構から近くから聞こえ,物理的に距離が変わることで臨場感が増すライブならではの面白さを感じました。

コーダでの弦楽器の速い動きも聞き物です。第1ヴァイオリンから急速な音の動きが始まり,それがどんどん低音に広がっていくスリリングさ。この日のコンサートマスターは,9月のOEK定期公演では葵トリオの奏者の1人として登場していた小川響子さんが担当。見事にビシッとリードをされていました。このコーダの部分では,率直かつ即興的なライブならではの熱さも感じました。そして,最後はスパッと気持ちよく締めてくれました。

2曲目は上述のとおり,津田裕也さんのソロを交えてのショパンのピアノ協奏曲第1番でした。ここ数年OEKの演奏でも何回か聞いている曲ですが,津田さんの演奏からは,必要以上に熱くなりすぎることのない,端正で落ち着いた美しさに溢れていました。大げさな身振りやこれ見よがしの派手さはなく、ショパンの音楽が持つ真面目で純粋な側面がしっかりと伝わってくるような演奏でした。

第1楽章の冒頭は大変大らかな感じで開始。第2主題でのじっくりとテンポを落としたデリケートさと好対照を作っていました。その後,津田さんのソロが入ってくるのですが,落ち着きのある深さを感じさせる音でした。津田さんのピアノの音には常に整った美しさがありました。甘さはなく冷静なのですが,そこにはしっかりと情感がこもっており,淡くメランコリックな気分が漂っていました。第2主題も静かにじっくりと演奏され,深い悟りの世界に入っていくようでした。その後出てくる速いパッセージでもキンキンとした感じには鳴らず,「ショパンの世界にぴったり」と感じました。音楽が崩れることのない,落ち着きのある安定感と美しさは,OEKの音ともぴったりマッチしていました。

第2楽章も同様にじっくりとした音楽が続きました。デリケートだけれども神経質になり過ぎない,抑制の美の世界でした。この楽章ではファゴットの演奏もいつも楽しみですが,金田さんの大らかで美しい音がピアノを大きく盛り上げていました。ヴィオラやチェロなど内声部の音の動きも美しいと思いました。楽章最後の方では,ピアノの音がどんどん内向的になっていく趣があり,深い演奏だなぁと感じました。

第3楽章は力強いオーケストラの音で開始。津田さんは余裕のあるテンポで,優雅で美しくポーランド風の楽想を楽しませてくれました。この演奏でトランペットはピッコロ・トランペットを使っており,輝かしい音が印象的でしたが,それと好対照をなすように,津田さんは品良く端正な音楽を聴かせてくれました。難しいパッセージでも平然と美しく演奏し,常に軽やかさも失っていませんでした。この日は,終演後サイン会があり,津田さんからもサインをいただいたのですが,その時感じた穏やかな人柄がそのまま音楽となって表れたようなショパンだと感じました。

アンコールでは(アクセルロッドさんは客席で聞いていましたね),ショパンの遺作のノクターンが演奏されました。近年,ショパンの曲の中でアンコールとして最もよく演奏されているのがこの曲だと思います。大変美しい演奏でしたが,甘くなることはなく,ニュアンスの自然な変化が味わい深い演奏でした。中間部は速めのテンポでしたが,その後大きな間を取るなど,雄弁さもある演奏でした。

休憩時間,アクセルロッドさんは「広上さんのスタイル」
でカフェコンチェルトに登場していました

演奏会の後半は,シューマンの交響曲第4番が1841年版(改訂前の初稿版)で演奏されました。30分に満たない長さだったので,プログラムの後半は,前半よりかなり短かったのですが,充実した演奏だったこともあり,特にバランスの悪さは感じませんでした。

まず第1楽章の冒頭ですが…一瞬,ベートーヴェンの交響曲第7番が始まったような感じでした。一般的に聞かれている1851年版とは全く別の曲といった感じで,大変新鮮でした。この序奏部では音楽がスーッと流れ,大柄な音楽であると同時にくっきりとした清潔感を感じました。

主部になると,1851年版と同様の感じになりますが,アクセルロッドさんの作る音楽の特徴でもあるのか,結構ゴツゴツした感じで,木管楽器をはじめ色々な楽器の音が聞こえてきました。もしかしたら1851年版よりも,響きが薄く,その点で室内オーケストラ向きなのかもと感じました。この提示部については繰り返しは行っていませんでしたが,その点も1851年版との違いなのかもしれません。展開部から後も力強く,どっしりとした歩みを感じさせる音楽が続きました。この日はバストロンボーンに石川県出身の森川元気さんが参加していましたが,朗々とした響きを聞かせてくれていました。

第2楽章の開始の部分もベートーヴェンの交響曲第7番の第2楽章の最初を思わせる感じで開始。オーボエの橋爪さん,チェロの植木さんによる,素晴らしいハモリをじっくりと楽しむことができました。ためらいがちな歩みが続いた後,今度はコンサートマスターの小川響子さんのソロ。しなやかで緻密な音が大変魅力的でした。

第3楽章はどっしりとした重さのある正攻法の音楽でした。途中,第2楽章が戻ったようなのんびりとした空気感になった後,第4楽章に移行。この部分での,色々な金管楽器が加わって,じわじわと音色が変わっていき,だんだんとヒロイックな感じに音楽が広がっていく感じが素晴らしいと思いました。

第4楽章は速いテンポで開始。1851年版とかなり違う感じで,「聞き慣れないなぁ。ちょっと落ち着かない」感じがしましたが,その分,瑞々しく,スピード感とエネルギーを持った音楽が続きました。楽章終盤のフガートの部分でのキビキビとした音の動き。その後に続く率直な熱さを持った音楽。アクセルロッドさんの「この曲・この版」への「愛」を感じさせてくれました。

一般的に聞かれてる1851年版と「どちらを選ぶ?」と問われれば、個人的にはやはり1851年版の方がしっくり来るのですが,上述のとおり,よりコンパクトな1841年版は、室内オーケストラ向きなのかもと思いました。今回の演奏には,アクセルロッドさんの陽気で人の良いキャラクター(これも終演後のサイン会の時に感じたのですが)が直に反映されていたような気もしました。

その後,結構拍手が長く続いたので,「今日はアンコールはなしかも?」と思ったところで,メンデルスゾーンの「夏の夜の夢」の音楽からスケルツォが始まりました。OEKが何回も演奏してきた曲ですが,この日は特に速めのテンポ。フルートを中心に木管楽器が大活躍し,沸き立つような熱気を感じさせてくれました。アクセルロッドさんが,客席に向かって投げキッスをして,和やかな気分で演奏会は終了。「よい週末になりそう」と気分が明るくなるような定期公演になりました。

終演後サイン会がありました。

アクセルロッドさんにはシューマンの交響曲第4番の2つの版を収録したCDにサインをいただきました。こういう組み合わせの録音はこれぐらいかもしれないですね。

津田裕也さんのショパンが素晴らしかったので,会場で「後期ピアノ作品集」のCDを購入してしまいました。

金沢駅の鼓門は青い照明でライトアップされていました。

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