田島睦子ピアノ・リサイタル-幻想-(2022年12月23日)
Review
全国的に大雪となった金曜日の夜,金沢市出身のピアニスト,田島睦子さんのピアノリサイタルを金沢市アートホールで聴いてきました。日中の疲れもあり,ホールに到着する前にかなり疲れてしまっていたのですが,「幻想」をテーマとした多彩な曲の数々に浸ることができました。
前半はモーツァルトのニ短調の幻想曲の後,アレクシス・ワイセンベルク,ファジル・サイというピアニストとしての方が有名な人の作品,バラキレフのイスラメイ等と続きました。後半はシューマンのクライスレリアーナ1曲。定番曲と誰も知らないような作品を組み合わせた田島さんの選曲が今回も冴えていました。そして,それらを伸び伸びと弾きまくった田島さんの技術の素晴らしさ。前半と後半で着替えた衣装もファッショナブル。田島さんのアーティストとしての魅力が存分に発揮された演奏会でした。
最初に演奏されたモーツァルトのニ短調の幻想曲は,このジャンルの定番曲。個人的にはグレン・グールドの「不気味な演奏」で親しんできた作品です。前半は落ち着きのある深みのある気分で開始。ステージの照明をかなり暗くしていたせいもあり,ミステリアスな雰囲気。そして,田島さんのタッチがとてもきれいで演奏に引き込まれました。後半は気分が一転して,軽やかに飛翔。ただし暴走するのではなく,優しく戯れるよう。装飾的な音も所々で入れていました。曲の最後,とても静かに締めていたのも印象的でした。
続いて,アレクシス・ワイセンベルクがフランスのシャンソン歌手シャルル・トレネの曲をピアノ用に編曲した3曲が演奏されました。「街角にて」は,手回しオルガンをイメージした作品で,濁った感じの音が混ざった3拍子の曲。苦み走ったシャンソンといった趣きがありました。「あなたは馬を忘れた」はチャールストンの要素を含んだ作品。正真正銘のジャズピアノといった大胆で華麗な雰囲気がありました。「パリの四月」は静かな雰囲気の中に華麗さがちりばめられた感じの曲で,ガーシュインの曲あたりにありそうだなと思って聞いていました。
初めて聞く曲ばかりでしたが,どの曲にも洒落た雰囲気がありました。こういった作品をどうやって見つけてくるのだろうと改めて感心しました。
続くファジル・サイ作曲の「イスタンブールの冬の朝」は,エキゾティックな風味とノスタルジックな味わいが混ざったような作品。田島さんは流れるように聞かせてくれました。次の「Bodrum」は,「Jazz fantasy」という副題のとおりブギウギか何かのようなジャズ的な作品。田島さんの演奏は,ダイナミックかつ大胆で,フリージャズに近い感じがしました。
ちなみに「Bodrum」というのは,エーゲ海に臨む港湾都市・リゾート地とのことです。実際のこの都市の雰囲気と曲想とマッチしているのかは,私には分からないのですが,ワイセンベルク編曲のシャンソンと並べて聞くと,幻想曲を切り口にヨーロッパの各地を巡っているような楽しさがありました。
前半最後はバラキレフの作・編曲の2曲。「ひばり」の方は,グリンカの歌曲をバラキレフがピアノ用にアレンジした作品。しんみりとしたロシア気分が漂う作品で,チャイコフスキーのピアノ用の組曲「四季」の中に紛れこませても良いような曲でした。センチメンタルなメロディが段々と装飾的になっていくのが良いなと思いました。。
そして,超難曲として知られる「イスラメイ」。この曲を実演で聞くのは...多分2回目ですが,これでもかこれでもかと激しい打鍵が続くすごい曲だなと改めて思いました。田島さんのタッチはくっきりと鮮やか。途中,少し軽やかな部分になりますが,次第に力強さや野性味が増してくるような演奏でした。時々,ふっと息継ぎをするように音楽の流れが止まるのですが,そのたびごとに息を吹き返して激しい打鍵が続くのが面白いなと思いました。
後半はシューマンのクライスレリアーナ。この曲はこれまで実演で聞いたことがなかったので,今回の公演は,この曲がいちばんのお目当てでした。
曲の冒頭から「恋の苦しみ」みたいな感じで始まります。激しい動きはあるけれども,どこかすっきりと割り切れない感じが漂う演奏でした。その後,静かに物思いにふける感じになったり,深みのある音をしっかりと聞かせてくれたり,2曲目に掛けて,文字通り色々な思いが幻想的に混ざり合ってきます。
3曲目(以後の曲も連続的に演奏されるので明確に区分はできないのですが)では,何を考えているのか分からないような一癖ある人物が出てきたような感じ。急に思いがあふれてきたり,まさにロマン派といった曲でした。
4曲目は,静かにつぶやくような渋い音楽の後,可憐な感じの歌に切り替わり,シューマンの本心がぱっと表れてきたようでした。5曲目は,ちょっと気まぐれなカプリッチョといった感じの音楽。6曲目は,幻想曲も佳境に入り,何か美しいシーンが挿入されたような気分。
7曲目は華やかで素速い音の動きが印象的。シューマンの思いがほとばしるよう。後半のフーガ風の部分は思いがどんどん募っていく感じでした。そして最後はコラールのような落ち着き。
終曲は特に不思議な感じの曲です。どこかたどたどしい感じの音の動きで始まった後,ダイナミックに展開していくのですが,最後の最後の部分は,人物がひっそり静かに退場していくような趣き。
この曲の各曲に特にタイトルはついていませんが,それだからこそ色々勝手にストーリーを考えたくなってしまうような音楽であり演奏でした。田島さんの演奏は,曲が進むにつれて音楽に勢いが出てきて,各曲のキャラクターの対比と同時に,感情のほとばしりが見事に表現されているなと思いました。
アンコールでは...「クリスマス気分ではなかったので」という田島さんの言葉どおり,冬を吹き飛ばすような,幻想曲風のガーシュインの「サマータイム」。このひねった選曲も含め,「何でもひける!」田島さんらしさを満喫できた公演でした。
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