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MANSAI CREATION BOX 萬斎のおもちゃ箱

2022年10月16日(日)14:00~石川県立音楽堂コンサートホール

  1. グリーグ/「ペール・ギュント」第1組曲~山の魔王の宮殿にて

  2. 萬斎×道義トークセッション「萬斎ボレロへのプレリュード」

  3. 武満徹/3つの映画音楽~ワルツ(映画「他人の顔」から)

  4. シュトラウス,ヨーゼフ/ワルツ「天体の音楽,op.235

  5. ラヴェル/ボレロ

●演奏
井上道義指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:アビゲイル・ヤング),野村萬斎(舞*5)
ホスト:野村萬斎,ゲスト:井上道義
照明:若泉純,音響・映像:藤田莉佳,前田賢吾

Review

石川県立音楽堂で「MANSAI CREATION BOX 萬斎のおもちゃ箱」と題された公演が行われたので参加してきました。この公演は,石川県立音楽堂邦楽監督である野村萬斎さんプロデュースによる創作舞台で,今後,このタイトルでシリーズ化されるようです。その記念すべき第1回ということになります。

座席は完売でした。

ホスト役は萬斎さんで,今回のゲストはオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の桂冠指揮者,井上道義さんでした。前半,この2人よる対談が行われ,ワルツ2曲などが演奏された後,後半,野村萬斎さんの舞と井上道義さん指揮OEKの共演による「MANSAIボレロ」が上演されました。私にとって,「MANSAIボレロ」を観るのは6年前の同じ組み合わせによる上演以来のことですが,今回も「非日常の世界へとダイビング!」といった総合芸術になっており,上演後は満席のお客さんから熱い拍手が続きました。

前半の開演前に撮影したステージ

まず前半,ホスト役の萬斎さんが,いきなりシュッと登場。この公演が1年後に石川県で行われる国民文化祭のプレイベントであることなどについて紹介があった後,井上道義さんが登場。グリーグの「ペール・ギュント」組曲から「山の魔王の宮殿にて」が演奏されました。

それにしてもこの曲は,井上さんのキャラクターにぴったりです。けれん味たっぷりの音楽作りが曲想にマッチしていました。まず,ホルンのゲシュトップ奏法による鋭い意味深の音で始まった後,低音楽器を中心にゆっくり,ゆっくりと始動。弦楽合奏のピチカートが出てきて,「来るぞ,来るぞ」といった気分が高まります。井上さんの指揮の動作が次第に”魔王化”し,最後にティンパニが強打された後,「バァ!」という感じで客席の方を向いて終了。井上さんのお話によると,「おもちゃ箱」という言葉に触発されて選曲したとのことですが,絶好の導入になっていました。

その後,萬斎さんと井上さんによるトークセッションとなり,「邦楽と洋楽の違い」「オーケストラや指揮者について」「MANSAIボレロができるまで」といった切り口から,面白い話題が次々と続きました。このセッションの最後では「MANSAIボレロ」の原点である三番叟の話題になり,萬斎さんの息子さんの野村裕基さんによる型の実演が行われました(そのうち”二代目”とOEKとの共演もあるかも…と期待)。このトークセッションについては,メモを取りながら聴いていたので,最後にまとめて紹介しましょう。

次に演奏された武満徹の「ワルツ」は,井上さんが大好きな作品ですので,井上さんの舞うような指揮を見られるのかなと予想していたのですが…なんと萬斎さんの舞との共演。一種「サプライズ」でした。この作品は,もともとは映画「他人の顔」用の音楽ということで,そのストーリーを踏まえて,萬斎さんが2種類の仮面を使い分けて創作舞踊をするという趣向でした。

舞台中央に萬斎さん一人分ぐらいが隠れるついたて(?)があり,曲の展開に合わせて,その裏で萬斎さんが面を交換しながらのパフォーマンス。2階席から見ていたのではっきりとは分からなかったのですが(オペラグラスを持参すれば良かった...),①男の面→②女の面→③男の面と女の面を顔の左右に付け正面は扇子で隠す,という順で進んでいきました。途中に出てくるヴァイオリンのソロを担当していたトロイ・グーキンズさんに絡むような場面もあるなど,どことなくユーモラスな雰囲気がありました。同時にスマートでおしゃれな気分もあり,現代の狂言師ならではのオリジナリティあふれる舞踊になっていました。このパフォーマンスは「萬斎×OEK」の新たな名物になるのでは,と思いました。

演奏後,以前,井上さんがOEKとモーツァルトの「パンタロンとコロンビーネ」を演奏した時,コメディア・デラルテの面をかぶって演技をしたことがあると語っていましたが,この道化役を萬斎さんに演じてもらっても面白いのではと思いました(または,10月1日のOEK定期公演で演奏されたストラヴィンスキーの「プルチネルラ」のバレエ版でも良さそう)。

その後,ヨーゼフ・シュトラウスのワルツ「天体の音楽」が演奏されました。後半に演奏される「ボレロ」も3拍子というつながりで選曲された曲ですが,改めて良い曲だなぁと思いました。萬斎さんと井上さんのトークの中で,「西洋音楽には数学的な要素がある」といった話題が出てきましたが,「天体の音楽」という選曲は,そのことも意識していたのではと思いました。

曲はフルートとハープが活躍するゆっくりとした序奏で開始。この部分を皮切りに,曲の前半部分での冴えわたった夜空を見あげるような美しさが特に印象的でした。そして,井上道義さんが指揮する時の流れるようなレガートはやはり絶品だと思いました。今回はフレーズの繰り返しをしっかり行っていましたが,曲が進むにつれて自然に音楽が気持ちよく流れ出してきたので,冗長な感じは全くしませんでした。

休憩時間中に撮影
こんな感じになりました。

後半はいよいよボレロ。休憩時間中,段々と舞台の設営が進んでいくのを見るだけでワクワクとさせてくれました。今回は,ステージ奥の扉も使っており,そこから前方に伸びる通路をはさんでオーケストラは2つに分かれていました。さらに特徴的だったのは,ボレロでソロを取る主要な管楽器をステージ前方に配置していたことです。ソロ楽器がダンサーを取り囲むような配置は,もしかしたらモーリス・ベジャールの「ボレロ」の雰囲気にも近いのかなと思いました。

演奏は真っ暗な状態からスタート。指揮者のすぐ前に配置していた小太鼓の渡邉さん(赤いスティック)がリズムを刻み始めてからしばらくすると,ステージ奥の扉から萬斎さんが登場。スモークがたかれていた(多分)ので,まずは,シルエットだけで出現。これがまず格好良かったですね。

上述のとおり,ソロを取る奏者に順にスポットライトを当てていましたので,通常の演奏会で聞くよりも「どの楽器がどのタイミングで演奏するか」大変分かりやすく示されていました。いちばん下手にいたフルートからスタート,続いてその隣のクラリネット。反対側のいちばん上手に飛んで,ファゴット,その隣の小クラリネットに...という感じで生き生きとしたソロが連続。ソロの中では特にトロンボーンのエキストラの藤原功次郎さんによる表情豊かな演奏が印象的でした。

このトロンボーンソロの後,ヴァイオリンが本格的に加わり,照明が一段明るくなりました。萬斎さんの舞の方も,晴れやかで祝祭的な気分が加わってきたようでした。三番叟の舞がベースということで,どこか土俗的な雰囲気のある足踏みが入ったり,部分ごとに少しずつ雰囲気が変わってきました。

井上道義さんのテンポ設定は中庸でしたが,音の方は次第に熱気を帯び,曲の終盤,トランペットの鋭い音が加わると,照明も赤い感じに変化しました。ただし,熱く燃え上がるというよりは,荘厳で崇高な雰囲気があるなと思いました。そして,曲の最後の最後,ボレロのリズムがついに崩れる部分で,萬斎さんはステージ最前列まで出てきて,客席に向かってジャンプして暗転!

異界に消えた?神様の生け贄になった?...など色々な想像を巡らせてしまいました。ファンタジーあふれるパフォーマンスの最後を締める,鮮やかなエンディングでした。

演奏後は盛大な拍手が長く続きました。オーケストラ,照明,舞,衣装が合わさった,祝祭的な雰囲気のあるステージをしっかりと堪能できました。演奏後,萬斎さんは「味をしめました」と語っていましたが,今回の共演を契機に,萬斎さんとOEKのコラボ公演が色々と出てくることを期待したいと思います。

萬斎×道義トークセッション「萬斎ボレロへのプレリュード」

最後に 前半行われた,井上道義さんと野村萬斎さんによる対談の内容の一部をご紹介しましょう。

■邦楽と洋楽の違い+オーケストラや指揮者についてマエストロに聞く
道義:現在,邦楽といえば,Jポップなどを指すので,三味線などのイメージを思い浮かべないかもしれない。
生演奏については,お客さんは,インターネット配信では楽しめないものを求めて来ている。
萬斎:「感じる」「分かる」といった言葉については,「頭で分かる」と「体で感じる」の2つがある。

道義:もともとサロンで演奏をしていた頃,指揮者は不要だった。編成が大きくなり,お金を取るようになり,音が大きくなった時に必要になってきた。
萬斎:お座敷でやっていたものが見世物化したのと似ている。
道義:能の「シテ」は,作品を仕切っているのか?
萬斎:「シテのためにみんなが動く」という感じである。中央に集めて,まわりが”囃している”感覚。
道義:いいなぁ。オーケストラの場合,私の方が囃している。ベクトルが逆である。指揮者の仕事は,オーケストラのエネルギーを,お客さんに分かりやすく届けることである。鍵を渡すような感じ。
萬斎:息子を教える時は,指揮者のようになっている。
道義:クラシック音楽の場合,楽譜があるが邦楽は口伝に近い。
萬斎:邦楽については,最近,学校であまり教えられていないことが問題である。
道義:クラシック音楽の楽譜は,数学のセンスで書かれた合理的なものであるが,演奏して初めて完成する。
萬斎:邦楽は合理的ではない。もともと楽器のピッチが違っている。自然に即した,波のイメージに近いものである。

■MANSAIボレロができるまで
萬斎:父がモーリス・ベジャール振り付けによる「ボレロ」を観たのがきっかけ。バレエの振り付けは通常,上へ上へと向かうものだが,この「ボレロ」の振り付けは,下に向かう感じが日本的。三番叟に通じる平和や五穀豊穣を祈る祈りの儀式に似ていると感じた。真ん中に司祭がいて呪文を唱えるのは,天岩戸の神話など,神に捧げる神楽にも通じる。
井上:この作品は,萬斎さんの創作ではなく,三番叟をはめ込んだだけ?
萬斎:バレエ的なセンスを能に入れたら,三拍子でないのに,不思議と全部うまくはまった。西洋音楽は音楽の僕(しもべ)になっている感じだが,邦楽の方は音楽の僕にはなっておらず,AからBへと移る時間帯に浮遊している感じである。付いたり離れたりの連続で,波動を作るのが邦楽である。
井上:日本人は,誰もいないのにマスクをすることが多い。それと似ているかも。流れに身をまかせている感じ。

その後,萬斎さんの息子の裕基さんによる三番叟に出てくる「型」の実演に萬斎さんが解説を付けるコーナーになりました。これを見て「MANSAIボレロ」は,三番叟の舞の型を「ボレロ」にはめ込んだ神に捧げる儀式としてのパフォーマンスなのだと実感できました。

萬斎:三番叟には,地面を踏み固める,あぜ道を作るといった,能よりも土俗的な感じも残っている。
道義:弥生と縄文の関係のような感じかも・・・etc

不完全な記録ですが,楽しくて深い内容でした。井上さんは「ステージ上ではすべてが許されるはず」と相変わらず刺激的な言葉を語っていましたが,萬斎さんが,邦楽監督としてどういう公演を生み出していくのか,今後も楽しみにしたいと思います。

本日もカフェは営業していました。
この日は「金澤ちとせ珈琲」さん
開演前に飲んでみました。味がじんわりと残る中,音楽を鑑賞をするのも良いものです。
そのうち広上さんと萬斎さんの共演もありそうですね。

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