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ルドヴィート・カンタチェロリサイタル(2023年9月2日、石川県立音楽堂コンサートホール)

2023年9月2日、石川県立音楽堂コンサートホール
プロコフィエフ/チェロ・ソナタ ハ長調, op.119
ショスタコーヴィチ/チェロ・ソナタ 二短調, op.40
ラフマニノフ/チェロ・ソナタ ヘ短調, op.19
(アンコール)ラフマニノフ/2つの小品, op.2
(アンコール)ドビュッシー/美しい夕暮れ
(アンコール)ピアソラ/曲名不明
(アンコール)ピアソラ/ストリート・タンゴ
(アンコール)曲名不明(ラグタイム)
●演奏
ルドヴィート・カンタ(チェロ),沼沢淑音(ピアノ)

元オーケストラ・アンサンブル金沢の首席奏者で,名誉楽団員のルドヴィート・カンタさんのチェロリサイタルを石川県立音楽堂コンサートホール(1階席のみ使用)で聴いてきました。ピアノは沼沢淑音さんで,プログラムはプロコフィエフ,ショスタコーヴィチ,ラフマニノフのそれぞれチェロ・ソナタを3つ並べた聴きごたえ十分のプログラムでした。

実はカンタさんと沼沢さんは今回と同様の公演を既に行っているのですが(2021年2月23日にプロコフィエフとラフマニノフ,2021年11月20日にショスタコーヴィチを演奏しているので,今回はこの2つを合わせた感じ),さらに充実感を増していたと思います。カンタさんによる解説文によると,この日のキーワードは「ロマンティック」。ラフマニノフについては正真正銘の,プロコフィエフとショスタコーヴィチについては彼らなりのロマンティック,その違いを聴くのも面白かったですね。

沼沢さんはモスクワで勉強していたということで,これらの作品に底流する,冷たさと情熱の両面が共存するような気分を見事な技巧で聴かせてくれていました。カンタさんのチェロの音色ますます熟成されてきていると同時に,余裕のある表現の中から,ウィットのようなものも伝えてくれていました。

1曲目のプロコフィエフのチェロ・ソナタは,カンタさんの非常にたくましい音で始まりました。率直で明るく,根源的な強さのようなものを感じました。沼沢さんのピアノも「ロシアの音・歌」という感じでした。第2主題のしっかりとした歌が良いなと思いました。

第2楽章には余裕のあるユーモアが感じられました。中間部でも「プロコフィエフらしくない(?)」感じの心にしみる幸せ感がありました。こういった味が出てくるのもカンタさんならではかもしれません。

第3楽章は伸びやかな演奏。瑞々しい沼沢さんのピアノの上で,カンタさんが渋いけれども軽やかな歌を聞かせてくれました。中間部での,カンタさんのチェロのミュート付きの弱音も美しかったですね。幻想的でミステリアスな空気が漂っていました。曲の最後は音階を上下する感じで進んだ後,荘厳な美しさで全曲を締めてくれました。

ショスタコーヴィチのチェロ・ソナタは,今回演奏された3曲のソナタの中で個人的には特に好きな作品です。第1楽章は素直ですっきりとした古典的な感じで始まったのですが,第2主題部になると思い切りロマンティックな気分に変貌。カンタさんはいつもどおり平然と演奏しているのですが,その音には熱があり,冷やかさと熱さが融合したような,ショスタコーヴィチにぴったりの雰囲気がありました。その後,もやもやした感じになったり,緊迫感が出てきたり,「らしい」音楽になってきます。そして楽章の最後の部分は,チェロもピアノも弱音になり,不気味な歩みといった感じになりました。カンタ&沼沢コンビで演奏を聴くのは3回目ですが,このコンビならではの素晴らしさを感じました。

第2楽章は,渋さと輝きが混在した,エネルギッシュなスケルツォ。チェロにはフラジオレットでのグリッサンドという技が出てきましたが,2人の演奏には,狂気の一歩手前の気分をまじめに表現しているような面白さがありました。

第3楽章は,ミュートを付けたチェロのモノローグにピアノが応えるような感じで開始。寂しさはあるけれども,しっかりとした対話になっている深さを感じました。曲が進むにつれて音楽の密度がどんどん高くなっていくような感じもありました。そして,楽章の最後の部分では,「もう戻ってこれないかも」という深い雰囲気になっていたのが印象的でした。

第4楽章は軽妙さと不気味さが混在した,ショスタコーヴィチらしい音楽。弱音が続いたかと思えば,突如爆発するようなところもあり,この楽章にも,狂気の一歩手前という凄みを持った雰囲気がありました。楽章の最後の方で,ピアノが華やかに技巧を見せつけるような部分も聞きものでした。

というわけで,親しみやすさと同時に一筋縄ではいかない多面性を持った音楽をしっかりと楽しませてくれました。

後半は,演奏時間的にいちばん長い,ラフマニノフのチェロ・ソナタが演奏されました。第1楽章からロマンの残り香が漂う音楽。憂鬱で脱力した感じが,いかにもラフマニノフです。この曲は,ラフマニノフの曲らしくピアノの活躍する部分が多く,沼沢さんのピアノががっちりと音楽の推進力を作った上でカンタさんがロマンティックに歌ったり,静かに歌ったり…という形が多かったかもしれません。うるんだような情感や切なさがどんどん高まっていくようなカンタさんのチェロと明るすぎない沼沢さんのピアノが見事に合致した演奏でした。楽章の最後の方には,ピアノによるカデンツァのような部分も出てきました。この楽章の最後の方は,この曲とほぼ同時期に書かれた,有名なピアノ協奏曲第2番の第1楽章の終結部と似た感じもありました。

第2楽章はノリの良いスケルツォ。カンタさんのチェロはそこに渋みと甘さを加えていました。第3楽章はピアノによるメランコリックな歌で開始。その上に,ここでもカンタさんの甘く渋いチェロがトッピングされたよう。ロマンの海にはまって溺れるような深さのある音楽でした。

第4楽章は,ピアノの華麗なフレーズをチェロの明るい歌が受け…という感じで落ち着いたロマンティックな歌が続き,2つの楽器が絡み合いながら,じわじわと盛り上がっていきました。味わい深い音楽で,大曲の全曲を締めてくれました。

このところカンタさんのリサイタルでは,アンコール曲が多いのが「当たり前」になっています。この日も続々とアンコールが演奏されました。まずは,最後の曲を受けるのにぴったりの,ラフマニノフのop.2の小品が2曲演奏されました。特にオリエンタルなムードたっぷりの,2曲目が魅力的でした。続いては,すでにカンタさんの十八番といって良いドビュッシーの「美しい夕暮れ」。この曲は毎回のように聞いている気がします。ラフマニノフの3楽章の雰囲気が静かにエコーしているような,ソットヴォーチェを今回も楽しむことができました。

続いてはピアソラの作品を2曲。1曲目の曲名は聞きそこなったのですが,しみじみとした気分と同時に強さのある音楽。チェロで聞くピアソラの魅力が存分に伝わってきました。最後にもう1曲演奏…というところで,沼沢さんの譜面台になぜか楽譜がなく,袖に取りに戻っていたのですが…その間にカンタさんはバッハの無伴奏1番のプレリュードの一節を演奏(これも1曲に含めてもよいぐらい)。素晴らしいサービス精神。最後は曲名はやはり不明ですが,どうみてもスコット・ジョプリンのラグタイム。軽やかな雰囲気でお開きとなりました。

2021年の2人のよる公演からまだそれほど時間が立っていなかったこともあり,別のレパートリーも聞いてみたかったな,という思いもありましたが,「ラフマニノフ生誕150年」の記念の年には,この曲しかないという選曲だったと思います。カンタさんによるプログラムノートによると,まだまだ色々なアイデアはあるようなので(シュトラウス,プーランク,フランクとか書かれていました),次回の演奏会にも大いに期待したいと思います。


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