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オーケストラ・アンサンブル金沢第464回定期公演フィルハーモニー・シリーズ(2023年2月19日)

2023年2月19日(日)14:00~石川県立音楽堂コンサートホール

1) バッハ,C.P.E./シンフォニア ト長調,Wq.182-1
2) ハイドン/チェンバロ協奏曲ニ長調 Hob.XVIII-11
3) バッハ,C.P.E./シンフォニア変ホ長調, Wq.183-2
4) ハイドン/交響曲第103番変ホ長調, Hob.I-103「太鼓連打」
5) (アンコール)アンゲラー/おもちゃの交響曲~第1楽章

●演奏
鈴木優人指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:アビゲイル・ヤング),鈴木優人(チェンバロ*2)

Review

鈴木優人さん指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)によるハイドンとC.P.E.バッハを組み合わせた定期公演を石川県立音楽堂コンサートホールで聴いてきました。

このプログラムは,古典派時代の編成を基本とするOEKにとっては,まさに「ぴったり」の内容で,ファンのみならず,OEKメンバーにとっても待望の公演だったようです。ハイドンの交響曲の完成形といっても良い,交響曲第103番「太鼓連打」が最後に演奏されましたが,古典派音楽が完成していく過程が生き生きと実感できるような内容で大満足の公演でした。

全体の構成は,前半も後半も「C.P.E.バッハ→ハイドン」の順で演奏されました。C.P.E.バッハとハイドンの対比,協奏曲と交響曲の対比を楽しみつつ,全体としてはシンメトリカルな構成になっていました。

鈴木さんはチェンバロを弾きながら指揮

最初に演奏された,C.P.E.バッハのシンフォニアは,1年少し前の鈴木秀美(鈴木優人さんのおじさん)指揮によるOEK定期公演で取り上げられましたが,この時初めてOEKの定期演奏されました。今回が2回目ということになります。演奏会の後のポスト・トークで,C.P.E.バッハ・ファンの第1ヴァイオリンの原田さんとオーボエの加納さんが熱く語っていたとおり,予測不能の音の動きがワクワクするような演奏でした。

すっきりとリズミカルに始まった後,弦楽器が美しく歌ったかと思うと急に音量が変化...という感じで,深刻ではない対比のドラマが続きました。この「波」に飲まれるような感じが心地よかったですね。このシンフォニアは弦楽器+通奏低音のチェンバロという編成でしたので,どこかロッシーニの弦楽のためのソナタに通じるような自在さも感じました。第2楽章は静かな楽章でしたが,キビキビした感じもあり,どこかユーモラス。第3楽章は6/8拍子の躍動感のある楽章。勢いのある音楽がノンストップで続きました。

続いては,鈴木優人さんの弾き振りによるハイドンのチェンバロ協奏曲ニ長調。この曲はピアノ版でも聴いたことがありますが,チェンバロ協奏曲として演奏されるのは,意外に貴重な機会かもしれません。

1曲目の時は,チェンバロは客席に背を向ける形で配置されていましたが,この曲の時は,独奏楽器ということで,反響板が取り付けられ,通常のピアノ協奏曲の時のような配置(横向きのレイアウト)になりました。反響板の裏には美しい装飾(何となく石川県の伝統工芸品に通じるような雰囲気)がされていましたので,視覚的にも楽しむことができました。

演奏終了後です。美しい楽器だったので撮影している人も多かったですね。

第1楽章の冒頭は,私が予想していたよりもじっくりとしたテンポで始まりました(アルゲリッチによるピアノ版でなじんでいたからかもしれません)。落ち着いたムードと透明感のある美しさが溢れ,ステージ上はどこか暖かな空気に包まれました。鈴木さんのソロはしっかりと聞こえてきましたが(弦楽器の数は通常よりもかなり減らしていました),仲間と一緒に作っている音楽という親密さを感じました。

鈴木さんのソロは,同じフレーズが繰り返される時はアドリブ的な音を加えたり,フッと間を入れて立ち止まったり,音量の変化の少ない楽器なのに,ニュアンスの豊かさを感じました。カデンツァでも表情が変わり,少しミステリアスが気分が漂いました。この曲には管楽器を加わっていましたが,時々彩りが加わる感じも美しいと思いました。

第2楽章も落ち着いた歩みを感じさせるような音楽。三連符の繰り返しが特徴的でしたが,それが何ともいえず繊細で優雅でした。落ち着いた感じのカデンツァも味わい深く,熟練の音楽を楽しませてくれました。

第3楽章も重苦しくはないけれども,じっくりとした落ち着きを感じました。その中にユーモアや華やかさが込められていました。ハイドン得意の「ハンガリー風」の部分も楽しく,最後はスピードを上げて終了。とても魅力的なチェンバロ協奏曲でした。

休憩時間,鈴木さんもカフェに登場していました。

後半最初も前半同様,C.P.E.バッハのシンフォニアで始まりましたが,今度は管楽器入りの作品。OEKの通常の編成に近づいていました。そのこともあり,第1楽章の冒頭から華やかでした。ユニゾンで音が動いている感じが新鮮で,バロック時代から古典派に近づいたな,と思いました。その後,急に転調があったり,パッとフルートやオーボエのソロが出てきたり,自由に作っている感じが聞き手にも伝わってくるような曲でした。

楽章の区分は明確ではなかったのですが,じっくりとした音の動きが美しい短い第2楽章に続いて,そのまま第3楽章に。ここでも優雅さと大胆さが共存しているような音楽を楽しめました。鈴木さんのテンポ設定はそれほど慌てた感じではなかったので,C.P.E.バッハが仕掛けた色々な表情の変化や音のみずみずしさをしっかりと味わうことができました。曲の最後の部分だけは,鈴木さんは立ち上がって指揮。気持ちよく結んでくれました。

演奏会の最後はハイドンの交響曲第103番「太鼓連打」でした。この曲で初めてクラリネット2本も加わり,OEKの通常編成となりました(打楽器はティンパニだけですが)。

ティンパニは上手側。コントラバスとチェロが下手側に来る対向配置でした。
ちなみに交響曲の時,チェンバロは…使っていませんでした(譜面台として使用)。

この曲の注目は何と言っても,第1楽章序奏部の「太鼓連打」の部分でしょう。普通にスカッと叩いている演奏もあれば,静かに叩いているの演奏もあるし(楽譜がどうなっているのか知らないのですが),ティンパニ奏者に任せている演奏も多いのかもしれません。

この日のティンパニは,おなじみのベテラン奏者,菅原淳さん。そして,この日のMVPと言っても良いような,印象的なソロを聴かせてくれました。最初の一音からビシッと引き締まった強打。バロックティンパニのカラッとした音が気持ち良く続きました。音量の変化も自由自在で,華やかな乱打を聞かせてくれました。これで一気にテンション・アップ。その後全曲を通じて,瑞々しいけれども自信にあふれた音楽が続きました。

「太鼓連打」ならぬ「太鼓乱打」が続いた後は,じっくりとした序奏部。ファゴットなどが加わった音の溶け合いや,すっきりとしたヴァイオリンの歌わせ方が素晴らしかったですね。そして,丁寧かつ軽快な主部へ。序奏部の混沌とした世界と対照的な古典的に整ったたたずまいが美しく感じました。この部分に出てくるトランペットの高音のまっすぐな音も印象的でした。その後,ニュアンスの変化を付けながら軽快な音楽が続き,最後に再度ティンパニが登場。序奏をバランス良く受ける構成感の美しさを感じました。

第2楽章は淡々とした変奏曲なのですが,その中に多彩なニュアンスの変化が盛り込まれていました。まず最初の音からコントラバスの音がぐっと効いていて,何とも言えぬ迫力を感じました。その後,色々な楽器のソロが出てきたり,短調と長調が交錯したりしながら進みます。ソロの中では,コンサートマスターのヤングさんの暖かみのある音が印象的でした。後半の短調の部分では,ティンパニやトランペットが登場。この辺は「よくあるハイドンの雰囲気」なのですが,実に堂々としていて心地良かったですね。この楽章の後,「思わず拍手してしまった」という感じでパラパラと拍手が入ったのですが,実は私も心の中で共感していました。

第3楽章はどっしりとしつつ,キリッとした表情を持ったメヌエット。中間部でクラリネットが加わり,ちょっといつもと違った色彩感になるのが良いですね。何かモノ言いたげな「間」が入っていたのも印象的でした。

第4楽章へはアタッカでつながっていました。何かを問いかけるようなホルンの動機の後,充実な音の絡み合いが続きました。ここでもトランペットの音が祝祭的で,晴れやかで,充実した力強い音で全曲を締めてくれました。

C.P.E.バッハの音楽を受け,古典派音楽のクライマックスを最後にビシッと聴かせてくれるような充実のハイドンでした。

アンコールでは楽しい趣向がありました。鈴木さんが「Jun'ichi Cafe」の「あのエプロン」を着けて,ワゴンの上に何やら楽器のようなものを乗せて登場。おもちゃの太鼓,おもちゃのラッパ,水笛…。これらの楽器を,コンサートマスターのヤングさん,第2ヴァイオリンの江原さん,ヴィオラのグリシンさん,ティンパニの菅原さんに手渡し,「おもちゃの交響曲」の第1楽章が開始。何となく罰ゲームのような雰囲気でもありましたが,皆さん楽し気に演奏。特に乗っていたのがグリシンさん。何を思ったか(?)椅子の上に乗って,立った状態でおもちゃのラッパを演奏。いつの間にか主役になっていました。指揮者の鈴木さんはぐるぐる回して音の出るおもちゃを回しながらの指揮。おもちゃのガラガラのことを英語ではRattleと呼ぶので,鈴木さんが「ラトル」と化した感じでした。

上述のとおり,演奏会後のポストトークも非常に楽しいものでした。途中から,指揮者の鈴木優人さんが背後からこっそりと登場しましたが(1970年代の「8時だヨ!全員集合」ならば,「カトちゃんうしろ,うしろ」と子供たちが叫びそうな感じ),その鈴木さんもたじたじといった感じの,原田智子さんのC.P.E.バッハ愛あふれるトークがすごかったですね。一見地味目のプログラムでしたが,このトークも含め,最初から最後までワクワクと楽しめた公演でした。鈴木さんとOEKとでC.P.E.バッハのシンフォニア全曲演奏会+CD録音などに期待したいところです。


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