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音楽文化国際交流2024 石川県音楽文化協会創立50周年記念事業 ベートーヴェン:荘厳ミサ曲(2024年1月14日)

2024年1月14日(日)14:00~  石川県立音楽堂コンサートホール
1) バッハ, J.S./管弦楽組曲第3番~エア
2) ベートーヴェン/歌劇「フィデリオ」序曲,op.72c
3) ベートーヴェン/ミサ・ソレムニス ニ長調,op.123
●演奏
ダニエル・リントン・フランス指揮石川フィルハーモニー交響楽団*2-3
石川公美(ソプラノ*3),小泉詠子(メゾソプラノ*3),与儀巧(テノール*3),三戸大久(バリトン*3),石川県合唱協会県民合唱団*3
黒瀬恵(オルガン*1)

石川県立音楽堂で行われた石川県音楽文化協会主催,伝統のベートーヴェンの荘厳ミサ曲公演を聴いてきました。私にとって,2024年最初の演奏会鑑賞でした。1月1日に発生した,令和6年能登半島地震から間もない時期ということで,この公演の実施にあたっては,色々な困難があったと思うのですが,まずは開催できて本当に良かったと思います。例年どおり,いやそれ以上に聴き応えのある内容だったと思います。演奏者の皆さんにとっても,お客さんにとっても忘れられない特別の響きを持つ公演となりました。

まず,ベートーヴェンの音楽の力の偉大さを実感しました。グローリアの最後のフーガからは希望が,終曲のアニュス・デイからは,悲しみを経て平和を祈る気分が共感を持って伝わってきました。これはやはり地元の石川フィルハーモニー交響楽団石川県合唱協会の合唱団ならではの切実さだった気がします。

今回の地震で,多くの方が亡くなられました。その追悼のため,演奏会に先立ち全員で黙祷を行い,バッハのアリアが黒瀬恵さんのパイプオルガンで演奏されました(パイプオルガンも地震の被害を受けたはずでが,この曲については演奏可能だったようです)。その後一旦,オーケストラ,合唱団,ソリスト,指揮者が袖に引っ込み,その後,仕切り直しで演奏会が始まりました。

今回の指揮者は4年ぶりの登場となる,ダニエル・リントン・フランスさんでした。1曲目に演奏された,ベートーヴェンの歌劇「フィデリオ」序曲では,演奏全体のテンションが低いかなと思ったのですが(この曲の肝のホルンも少々残念…この曲については「当たるも八卦…」的なところがありますね),メインのミサ・ソレムニスの方には,曲全体を通して大らかさがあり,曲全体に自然なドラマが感じられました。

第1曲キリエは,とても柔らかな音で開始。実はこの曲が始まる前,ちょっとしたハプニングがありました。リントン・フランスさんが入って来て,譜面台を見ると…スコアが乗っていない!ということで,袖に戻って,スコアを持って再登場されました。これで会場全体の雰囲気が少しリラックスした感じになりました。そのことが,この曲の最初の音に反映していた気もしました。

この曲ではすぐに独唱者たちの歌も入ってきます。口火を切ったのが,与儀巧さん。凜々しいテノールの声がスパッと飛び込んで来ました。続いてソプラノの石川公美さん。その安定感のある声を聴いて、地震後の不安な気分から目が覚めた気がしました。その他のソリストもメゾ・ソプラノの小泉詠子さん,バリトンの三戸大久さんと石川県ではお馴染みの方ばかり(石川さんと小泉さんは石川県出身)。美しい声が端正に絡み合うようでした。そして、合唱団の皆さんの声には、ずっしりとした充実感。この公演には、石川県音文協50周年というサブタイトルがついていましたが、その伝統の力がこもっていたと思いました。全曲を通じて、秘めた熱さとバランスの良さが素晴らしかったですね。

第2曲グローリアは、スピード感はあるけれども安定した感じで開始。いくつかの部分からなっている曲ですが、その部分部分の転換が自然かつ鮮明でした。私自身、ラテン語の歌詞を正確に理解して聞いているわけではないのですが、言葉が生き生きしているように感じました。1曲目同様、ソリストたちのバランスが良いと感じました。「おなじみのメンバー」ならではの密度の高さだと思います。

曲の終盤に近づくにつれて、熱気が高まってきます。この部分、昔から好きなのですが、特に合唱がキビキビと動くフーガの部分が素晴らしかったですね。手作りで築き上げる壮麗さといった趣きがあり、聞いているうちに「希望」のようなものが沸き上がってきました。

第3曲クレドは、グローリアと双璧を成すような充実感のある曲。この曲でも、「落ち着きと熱さ」を感じました。キリストの生涯や受難を描いた部分で、その部分部分で音のテクスチュアが変化していきます。その面白さが自然に感じられる演奏だと思いました。その中で、テノールの与儀さんが歌った後、大きな間が入り…といった部分は特に印象的でした。聖書に出てくる「奇跡」を伝えているのかな、と想像して聞いていました。そして、この曲でも最後の地道に続くフーガが素晴らしいと思いました。最後のアーメンの力強さも頼もしく感じました。

第4曲サンクトゥスは、低音中心の静かで豊かな音楽で開始。ソリスト4人にトロンボーンが加わったアンサンブルの非常に心にしみました。そして、この曲では何といっても、ベネディクトゥスの部分が見事でした。音楽が静かになったところで、コンサートマスターのヴァイオリンとフルートが一緒に出てきます。この部分、いつ聞いても感動するのですが、大災害の直後(最中なのかも)に接したこともあり、いつもにも増して美しいと感じました。静かだけれども、しっかりと空気を変え、一筋の希望の光が差し込んでくるようでした。このヴァイオリンのソロに導かれての合唱とソリストたち歌にも感動にあふれていました。

第5曲アニュス・デイは、三戸さんのバリトンによる「miserere(憐みたまえ)」の歌詞が心にしみました。どうしても現在の能登の状況と重ねてしまい、静かだけれども切実な歌として聞いてしまいました。それだからこそ、その後に続く「Pacem(平和を)」の歌詞が生きていました。途中、トランペットやティンパニが加わって不穏な雰囲気になるのですが、それを乗り越えて、最後は平和を祈る晴れやかな音楽になります。青空が見えるような感じでした。演奏後、しばらく拍手が入るまで間がありましたが、多くのお客さんは「今聞くべき音楽」として、しっかりとこの大曲をかみしめていたのではないかと思いました。

能登半島地震については,まだまだ被害の全貌が分からず,復興の方向性も見えていませんが,そういう時だからこそ,心の中には「希望」が必要なのだとこの曲を聴きながら思いました。

義援金募金を行っていました。
音楽堂内の大理石にもひびが入ったようです。
この日は快晴。JR金沢駅もてなしドームの観光客もやや少なめでしょうか。
もてなしドームの屋根には雪が残っていました。
帰り道,ホテル日航金沢を通ったのですが…金沢市アートホールの方も地震の影響を受け臨時休館になっていました。
泉鏡花記念館の隣を通ったのですが…こちらは藏の一部が落下していました。


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