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オーケストラ・アンサンブル金沢第467回定期公演フィルハーモニー・シリーズ(2023年4月21日)

2023年4月21日(金) 19:00~ 石川県立音楽堂 コンサートホール

1) ラモー/六重奏のために編曲された6つのコンセール(弦楽合奏版)~めんどり,メヌエット第1,メヌエット第2,ジプシー風
2) モーツァルト/ピアノ協奏曲第21番ハ長調, K.467
3) (アンコール)エンコ/坂本龍一へのオマージュ( 映画「戦場のメリークリスマス」の音楽による即興演奏)
4) ラヴェル/亡き王女のためのパヴァーヌ
5) ベートーヴェン/交響曲第1番ハ長調, op.21
6) (アンコール)ビゼー/「カルメン」第1組曲~アルカラの竜騎兵

●演奏
ジャン=クロード・カサドシュ指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:アビゲイル・ヤング)*1-2,4-6,トーマス・エンコ(ピアノ*1-2)

Review

楽都音楽祭直前の4月のオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)定期公演フィルハーモニー・シリーズには,OEKと初共演となる,フランスからの2人のアーティストが登場しました。1人は,1935年生まれの大ベテラン指揮者、ジャン=クロード・カサドシュさん。その名が示すとおり,往年の名ピアニスト,ローベル・カサドシュの甥にあたります。そして,ソリストとして登場したのが,ピアニストのトーマス・エンコさん。エンコさんは,ジャン=クロードさんの孫に当たります。親子共演というのは,何回か聴いたことがありますが...孫との共演は...非常に珍しいのではないかと思います。

ちなみにこの公演は,コロナ禍で延期になっていた公演でした。待ちに待った公演のプログラムは,モーツアルトとベートーヴェンの協奏曲と交響曲を軸に,新旧のフランス音楽を組み合わせた,統一感と多彩さのある内容。特にカサドシュさんの年齢を感じさせない,気骨とダンディさを感じさせる音楽が強く印象に残りました。舞台袖からの出入りの時もしっかりと背筋をのばし,歩幅の広い,堂々とした足取り。OEKメンバーもお客さんも,まず,この姿に魅了されたのでは,と思いました。

開演前,カフェコンチェルトでは,カサドシュさん,エンコさん,
そして広上淳一さんによるプレコンサートトークを行っていました。
プレコンサートトークの案内も表示されるようになりましたね。

演奏会は,ラモー自身がチェンバロ独奏の原曲を弦楽合奏用に編曲した,6つのコンセールの抜粋で始まりました。第1曲の「めんどり」は,原曲も有名な作品(レスピーギの組曲「鳥」にも入っていますね)。カサドシュさんの設定したテンポは,ユーモラスに思えるほど遅めで,どこかゴツゴツした味わい。「ニワトリでも何か思い悩むことでもあるのかな」と思わせる感じの不思議な味わいが漂っていました。

その後,第1メヌエット,第2メヌエットが演奏されましたが,第2メヌエットの後,第1メヌエットが繰り返されていましたので,実質的には1曲のメヌエットという感じでした。第1メヌエットには力強く重々しい気分,第2メヌエットには憂いが漂い,優雅なだけの舞曲とはひと味違っていました。最後に演奏された「ジプシー風」は,このタイトルほどにはエキゾティックな感じはなく,ほの暗い気分を湛えて走り抜けていくような魅力的な音楽。

典型的なバロック音楽を味わい深く楽しむことができました。

続いて,モーツァルトのピアノ協奏曲第21番が演奏されました。ソリストのエンコさんは,1988年生まれ(OEKと同い年)で,ジャズもクラシックも演奏するという希有なピアニストです。上着なし,白いドレスシャツでステージに登場したエンコさんの姿は,まぶしかったですね。輝くようなオーラを出していました。

第1楽章は,どっしりとした落ち着きとしっかりと弾むような躍動感とが共存した,いかにもOEKらしい雰囲気で開始。この曲でのフルートは上野博昭さんというエキストラの奏者が担当されていました(調べていると,京都市交響楽団の首席奏者でした)。上野さんの音は,品の良い怜悧さがあり,演奏全体にソリスティックな味わいを加えていました。

エンコさんのピアノには,自然体ののびやかさと美しさがありました。嬉しいときは嬉しく,短調の部分ではセンチメンタルに...喜びも悲しみもスーッと表現するような素直で美しい演奏。のびのび演奏しているけれども,奇をてらったところはなく,とても気持ちよく聞くことができました。全体を通じて,演奏に大げさな身振りはなく,さり気ないクールさがありました。この曲は,バリバリと演奏しても聞き映えのする作品ですが,エンコさんの演奏は,テンションが高くなり過ぎることはなく,一言で言うと,とてもセンスの良い演奏だったと思いました。

ちなみにOEKの岡本さん,松木さん2人のフルート奏者ですが…同時期に退団するお知らせがプログラムに掲載されており「おおっ」と動揺してしまいました。

ジャズも演奏するピアニストということで,カデンツァ(モーツァルト自身のカデンツァは残っていないはず)に注目していたのですが...ジャズ風ではなく,ベートーヴェンを思わせるような,とてもオーソドックスな気分。少々以外でしたが,その音楽には新鮮さ,瑞々しさがあり,モーツァルトの気分を全く壊さない,「素直さ」がここでも魅力だなと感じました。

第2楽章は,速めのテンポで開始。すっきりとしつつも甘くなり過ぎることのない重みもありました。エンコさんのピアノにもは,もったいぶった感じはなく,ここでも素直。節度を保ちながらもしっかりと歌っていました。OEKの演奏では,弦楽器の美しさに加え,木管楽器のハモリの美しさも印象的でした。

第3楽章は,独奏ピアノが初めて入ってくる部分のフレーズがアドリブっぽい感じでした。この楽章でも,生き生きとしているけれども元気良すぎでという感じはなく,バランス感覚の良さを感じました。その後のスムーズな音楽の流れも素晴らしいと思いました。どこか聞き覚えのあるな,というカデンツァの後,パッと鮮やかに気分が変わって,全曲が締められました。

この曲の演奏後,2人は見ている方も爽快に感じられるほど,固く抱き合っていました。「孫のピアノと共演」というのは,特におじいさんとしては,最高に嬉しかったのではと思いました。

その後,アンコールでは,エンコさんの独奏で,つい最近亡くなられた,坂本龍一さんに捧げる「戦場のメリークリスマス」のメロディによる即興演奏が行われました。脱力したピアノの音の非常に美しかったですね。ジャズもクラシックも演奏する,エンコさんの本領発揮といった演奏でした。

この日は休憩時間にエンコさんのサイン会(久しぶり)が行われたので,参加してきました。カデンツァについて「自作ですか?」尋ねてみたところ「リパッティやシフのものを混ぜて作った」といったことを語っていました。どこかオーソドックスで聴いたことのある感じだったので「なるほど」と思いました。サイン会で奏者とダイレクトに接することのできる楽しさを久しぶりに味わうことができました。

休憩時間に終ったのだろうか?と思わせるほど大盛況
会場で売っていたエンコさんの自作自演のCDにサインをいただきました。
そして,広上さんはカフェ・コンチェルトでしっかり働いていました。
「広神様」と呼びたくなる活躍ですね。

後半は,ラヴェルの「亡き王女のためのパヴァーヌ」で開始。カサドシュさんの作る音楽には,しっかりとしたリズム感が感じられました。冒頭のホルンはこの日のエキストラの細田昌宏さんが担当。落ち着きと奥ゆかしさの漂う演奏でした。その後,4月から正式にOEKメンバーに加わった橋爪恵梨香さんのオーボエがくっきりと聞こえてきて,嬉しくなりました。曲が進むにつれて,味がだんだんと濃くなってくる中,瑞々しさと艶やかさを持ったフルートやハープの音が加わる感じも最高でした。

公演の最後はベートーヴェンの交響曲1番で締められました。どういう演奏になるのか予想できなかったのですが...予想を遥かに超えた,若々しい演奏に驚きました。どの楽章もビシッとしまった気力とエネルギーに溢れていました。

第1楽章は,ピンと張り詰めたような強い音で開始。平静だけれども意思の強さを持った序奏部でした。そして主部は,攻め立てるような速めのテンポ。若々しく骨のある音楽でしたが,大騒ぎする感じがないのが格好良いと思いました。楽章最後は晴れやか,かつ力強く締めてくれました。

第2楽章も速めのテンポ。老いた感じはせず,揺るぎのない風格が漂う音楽でした。この曲ではバロック・ティンパニを使っていましたが(担当は,やはり今回からOEKの正式メンバーとなった望月岳彦さん),その弾むような軽さにも独特の味わいがありました。その後,楽章後半では暗転。さりげなくドラマをはらんだ音楽になっていました。

第3楽章は,「一応メヌエット」なのですが,交響曲7番のスケルツォを彷彿とさせるようなスピード感。このエネルギーは一体どこから来るのだろう?と思わせるような若々しさがありました。反対に,大きめの間を置いて始まったトリオはの~んびりとしたムード。びっくりするようなコントラストを楽しませてくれました。

第4楽章の最初の部分も独特のムード。カサドシュさんとコンサートマスターのアビゲイル・ヤングさんがにらみ合い(?)ながら,緊張感とユーモアとが合わさったような感じで音楽が進んでいきました。見応え,聞き応えがありました。主部に入ると,ここでも快速なテンポに。楽章を通じて,生き生きと弾んだ音楽を聴かせてくれました。そして,コーダの部分は「何が起こった?」と思わせるようなびっくりするようなテンポ。不意を突かれたのですが,通常の倍ぐらいの速さで全曲が締められました。

この部分をはじめ,全曲に溢れる力強さは,コンサートマスターのヤングさんの力も大きかったと思います。個人的に,結構疲れ果てていた週末の夜に気合を入れてくれるような演奏会となりました。

アンコールではビゼーの「カルメン」組曲の中の「アルカラの竜騎兵」が演奏されました。速めのテンポで演奏されていながら余裕があり,「これはカサドシュさんの十八番だな」と思わせるようなユーモアと味わいがありました。金田さんのファゴットも堂々たる主役を演じていました。

カサドシュさんは,過去OEKを指揮した指揮者の中でも,最高齢といっても良い指揮者だったと思います。そして,その音楽に老いたところが全くなく,一本芯が通った感じがあったのが本当に素晴らしいと思いました。来日されるのも大変だとは思いますが,また聴きたい,また見てみたいと思わせる指揮者でした。

PS.今回のポスト・コンサートトークは,この4月からOEKのメンバーに加わった,オーボエの橋爪恵梨香さんとティンパニ/パーカッションの望月岳彦さん。これまでもエキストラで出演されていたお二人が正式に入団されました。お話を伺いながら,すっかりオーケストラにも金沢の街にも馴染んでいるなぁと感じました。

ホールの内外では,楽都音楽祭の準備が着々と進んでいました。

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