小林愛実ピアノリサイタル(富山県入善町)
2022年9月17日(土)15:00~ 入善コスモホール(富山県下新川郡入善町)
バッハ,J.S./パルティータ第2番
ブラームス/4つの小品, op.119
ショパン/スケルツォ(全曲)
(アンコール)ショパン/24の前奏曲~第17番
(アンコール)ショパン/24の前奏曲~第4番
(アンコール)ショパン/ワルツ第5番「華麗なワルツ」
●演奏
小林愛実(ピアノ)
Review
土曜日の午後,富山県の入善まで出かけ,小林愛実さんのピアノリサイタルを聴いてきました。昨年のショパン・コンクールで4位を受賞した小林さんの演奏を聴きたかったのはもちろんですが,入善コスモホールに一度行ってみたかったというのも,今回出かけた理由です。
本当は前日9月16日,金沢で行われた角野隼斗さんとマリン・オルソップ指揮ポーランド国立放送交響楽団の演奏会にも行ってみたかったのですが...翌9月18日に行われるオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演に行く体力も残しておかないといけないので,小林さんのリサイタルの方を選びました。
今回,小林さんが演奏した曲は,バッハのパルティータ第2番,ブラームスの4つの小品, op.119,そして,ショパンのスケルツォ全4曲でした。シリアス~落ち着いた感じの曲によるプログラムでしたが,それが現在の小林さんのキャラクターにぴったりマッチしていると思いました。
今回実は,運が良いことに,ものすごく前の座席を取ることができました。小林さんの演奏前後~演奏中の表情を間近で見られたのですが,どの曲の演奏も非常に落ち着いており,考え抜かれた音色や表現をしっかりとお客さん伝えてくれる素晴らしい演奏になっていると感じました。
バッハのパルティータは自信にあふれた落ち着きのあるタッチでシンフォニアが堂々と始まった後,親密な手紙を美しい手書きの文字で1通ずつ書いていくように,アルマンド,クーラント...と続いていきました。小林さんのタッチには落ち着きと自信があり,激しい表現でなくとも自然な迫力が伝わり,バランスの良い暖かみが感じられました。
サラバンドは通常,もっと重い感じの曲が多いのですが,この曲のサラバンドは,クーラントを受けて,流れよくつながっていく感じで,どんどん物語が深まっていくような趣きがありました。
バロック音楽の組曲の最後が,ロンドーとカプリッチオというのは,異例ですが,生き生きとした音楽の流れが続き,ぐっと気分が盛り上がっていきました。大げさな表現はないのですが,とても念入りに演奏されており,バッハの音楽が現代の自然に蘇ってきたような新鮮さを感じました。
ブラームスの4つの小品は,ブラームスの最後のピアノ曲です。曲自体,美しさと懐かしさと寂しさが合わさったような感じで,改めて良い曲集だなと思いました。
1曲目の間奏曲が始まると,しっとりとしった透明感のある響きに。バッハの時とは全く音色もダイナミックレンジも違っていたので,別の空間に入りこんだような感じでした。第1曲自体,ブラームスの晩年ならではのしんみりとしたモノローグのような気分があり,20世紀のピアノ曲に通じるような不思議な感覚が漂っていましった。
2曲目の間奏曲は,どこかザワザワとした動きで始まった後,中間部で,若き日を思い出すようなワルツが出てきます。この部分での遠くから聞こえてくる感じが絶品でした。
第3曲も間奏曲ですが,この曲がいちばん間奏曲らしい感じで,第4曲へのつなぎになるような軽さと明るさがありました。引き締まった力強さもあり,全曲中のアクセントのようになっていました。
第4曲のバラードは,非常に輝きのある音楽でした。小林さん演奏には,力強さと渋さも同居しており,その落ち着きのある演奏からは,自然な風格が立ち上がっているようでした。
後半はショパンのスケルツォ全4曲が演奏されました。多くのお客さん(この日は「完売」でした)待望の,「小林さんのショパン」でした。スケルツォ集は,ショパンのピアノ曲の中でもピリッと辛口的な曲が多く,まさにその辺も小林さんの演奏にぴったりだと思いました。
第1番の冒頭から冴えたクリアな音で開始。この曲のような,シリアスな曲で見せる,真剣で真摯な表情が小林さんのピアノの魅力だと思いました。ピアノの音はくっきりと磨かれているのですが,そこには冷たい感じはなく,リアルな思いが熱く伝わってくる感じがします。
その一方,スケルツォ第1番の中間部のように,「大きなメロディ」をたっぷりと聴かせてくれる部分も非常に魅力的でした。祈りの歌になっていると思いました。その後,再び厳しい雰囲気に戻るのですが,そのコントラストが鮮やかでした。
いちばん有名な第2番も同様なコントラストがありました。冒頭の肉付きのよい強打の後,メロディが美しく流れていく感じが良いなと思いました。中間部の弱音でのタッチも美しく,心からの歌に感じられました。全曲の最後は鮮やかに締めてくれました。第1番の後では拍手は入らなかったのですが,この曲の後には拍手が入りました(この4曲の場合,拍手を入れるのが良いのかどうか迷いますね)。
第3番はすごみのある低音で開始。落ち着いた響きの後,天からキラキラとした音が降ってくるような感じの部分が続きますが,素晴らしいと思いました。
第1番から第3番については,各曲それぞれに,色々なコントラストがありました。冷静にコントロールされているけれども,その中に誠実で熱いドラマが感じられるのが素晴らしいと思いました。
最後の第4番のスケルツォだけは,少しパターンが違い,ちょっと軽やかな雰囲気で始まります。達観したかのように,苦しみを突き抜けた先の明るい平静さのような感じられました。小林さんの演奏には,何かを回顧するような味わいもあり,演奏会全体を前向きな明るさの中で締めてくれました。
そして...当然のようにアンコール曲が3曲演奏されました。いずれもショパンの作品。小林さんのショパンといえば,ショパン・コンクールでも素晴らしい演奏を聴かせてくれた,24の前奏曲が十八番。その中から18番...ではなく17番,4番が演奏されました。
個人的に,不思議な明るさが漂い,最後,左手に鐘のような音がくっきりと出てくる17番が特に大好きなので,私にとっては,大きなプレゼントをいただいた気分になりました。第4番も哀しげな表情が魅力的でした。アンコールの最後はワルツ第5番。華麗かつ爽やかに演奏されて,演奏会はお開きとなりました。
今回,小林さんの演奏も素晴らしかったのですが,入善コスモホールも良いホールだと思いました。外見は結構古くなっていましたが,ホールに入るとじっくりとエイジングを重ねたような落ち着きがあり,ピアノの音をじっくりと楽しむことができました。ホールのあちこちには,過去,このホールで演奏したアーティストのサイン入りポスターがずらっと並んでいましたが(OEKも入っていました),ギドン・クレーメル,マリア・ジョアン・ピレシュ,アルバン・ベルク四重奏団....世界トップレベルのアーティストたちが繰り返し演奏会を行っていることに驚きました。ホールの床面がカーペットというのは珍しいと思いますが,何か名演奏家たちの音をしっかりと吸い込んだような風格のあるホールだなと思いました。
(追記)入善コスモホールめぐり
初めてということで,入善コスモホールの雰囲気を紹介しましょう。
(追記2)金沢⇔入善の写真
金沢から入善までは,北陸自動車道で1時間15分ぐらいでした。途中,予想外の対面通行区間が長かったり,インターチェンジ(入善はECTカード専用)から降りた後,ホールに着くまで迷ってしまい(わが家の車のカーナビだと「コスモホール」で出てこなかった...。なぜかJR入善駅まで行ってしまい,その後,観光案内所で確認...事前チェックが必要だと反省),結構冷や冷やしました。
今回の経験で入善ICからホールまではとても近いことは分かったので,機会があれば是非また来てみたいと思います。
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