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ルドヴィート・カンタ チェロリサイタル:素晴らしい仲間とともに(2023年2月23日)

2023年2月23日 (木祝) 14:00~ 石川県立音楽堂コンサートホール

1) バッハ,J.S./無伴奏チェロ組曲第1番ト長調, BWV.1007
2) ハイドン/チェロ協奏曲第1番ハ長調 Hob.VIIb.1(弦楽四重奏版,カデンツァ:P.ブライナ―)
3) シューベルト/弦楽五重奏曲ハ長調, op.163,D.956
4)(アンコール)シューベルト/弦楽五重奏曲ハ長調~第3楽章(中間部から最後まで)

●演奏
ルドヴィート・カンタ(チェロ独奏),ギオルギ・バブアーゼ,ジドレ(ヴァイオリン*2-4),般若佳子(ヴィオラ*2-4),外山賀野(チェロ*2-4)

天皇誕生日の祝日の午後,石川県立音楽堂コンサートホールで行われたルドヴィート・カンタ・チェロ・リサイタルを聞いてきました。

カンタさんのリサイタルも数を重ねて24回目となりましたが,今回はリサイタルというよりは,サブタイトルにあるとおり,「カンタさんと仲間たちによる室内楽」がメインの演奏会でした。後半のシューベルトの弦楽五重奏曲は,演奏時間が50分ぐらいかかる重量感のある大曲で,過去のこのシリーズの中でも特に聴きごたえのある内容となっていました。

最初に演奏されたのは,定番のバッハの無伴奏チェロ組曲第1番でした。カンタさんの演奏では,無伴奏の全曲公演で数回聴いたことがありますが,今回も平然かつ味わい深い演奏を聴かせてくれました。

第1曲プレリュードは,ゆ~ったりとした立ち上がり。そっと語りかけるような語り口がでした。ホールは落ち着きと浮遊感とが共存するような不思議な雰囲気に満たされました。その後のアルマンド,クーランドといった舞曲では,しみじみと枯れたような味わい。サラバンドは,暗すぎず,重すぎず,それでいて呼吸の深さも感じさせる演奏でした。メヌエットからジーグにかけても,さらっとしているけれども慌てることのない演奏。弾きなれた平常心の落ち着いた美しさのある演奏でした。

この曲の後,カンタさんの「仲間たち」の弦楽四重奏のメンバーが登場。この室内楽編成の「オーケストラ」とカンタさんの独奏チェロとの共演でハイドンのチェロ協奏曲1番が演奏されました。ここでの注目はカンタさんのトレードマークといっても良い,ジャズ風カデンツァでした。今回は,カンタさんとピーター・ブライナー指揮カペラ・イストロポリターナによる,NAXOSレーベルの初期の録音に含まれているこの「変な」カデンツアが演奏されました。正直なところ,第1楽章のカデンツァはミスマッチかなと思っていたのですが,このCDも長年聞いているうちに妙に馴染んできました。不思議なものです。

第1楽章は,弦楽四重奏編成で軽やかに始まるのですが,全く違和感を感じませんでした。典雅で明るい愉悦感はオーケストラ版とは違った魅力があると感じました。カンタさんのソロには,どっしりと構えた逞しさと,繊細さが共存していました。貫禄の演奏といった感じでした。

第2楽章は抑制された表現の中に渋みや丁寧さが漂う演奏でした。そして,弦楽四重奏のメンバーに囲まれてののんびりとした音楽になっているのが良いなぁと思いました。この楽章でのカデンツァもブライナー版でしたが,ブルースを思わせるゆったりとした感じ。こちらのカデンツァの方が「はまっている」感じがしました。

第3楽章はスピード感たっぷりの楽章。弦楽四重奏の演奏で聞くと,端正な感じがあり,どこかモーツァルトの初期のディヴェルディメントを聴くような流れの良さがありました。そして,カンタさんの技巧が見事でした。急速なテンポでも慌てた感じはなく,熟練の技を楽しませてくれました。弱音でヒタヒタと迫ってくる感じが特に良かったですね。

後半はシューベルト最晩年の大作,弦楽五重奏曲でした。個人的に,言葉れ表せられない霊感のようなものが漂うこの作品が大好きで,この30年ぐらい「一度,実演で聴いてみたいなぁ」とずっと思っていました。カンタさんと仲間たちは,半分天国に行っているような美しさを持った曲をずしっと楽しませてくれました。

第1楽章は,ひんやりとした霊気が漂うようなムードで開始。明るいけれども,どこかミステリアスな空気が漂う演奏でした。その後に続くテーマにも不思議な輝きがありました。この日演奏された曲の調性をよく見ると,全部ハ長調(そういうプログラミングだったのかと納得)。それでいて,各曲の印象が全部違うのが大変面白いと思いました。

途中,厚みのあるシンフォニックなアンサンブルが楽しめました。特に第1ヴァイオリンのギオルギ・バブアーゼさんの澄んだ音とカンタさんの演奏する甘い音色の取り合わせが良いなぁと思いました。コーダ付近での,死を前に明るい光が輝くような和音も大変魅力的でした。

第2楽章はさらに天国的な楽章。美しさと空虚さが同居し,途切れ途切れに演奏されるような第1ヴァイオリン,それに合いの手を入れるようなピチカートのデリケートさ...死を前に永遠に時が刻まれているような幸福感を感じました。ブルックナーの交響曲の原点のような作品だなと思いました。途中,激しいドラマも出てきますが,全体としては達観したような表情が印象的です。美しい持続音を聞きながら,ずっと浸っていたいと思いました。

第3楽章は,どっしりとしたスケルツォ。チェロ2本の威力が出ており,交響曲を思わせるダイナミックさがありました。中間部では,厚みのある独特の静けさを持った別世界に連れて行ってくれました。

第4楽章は,ハンガリー風。確固たる歩みを持った演奏で,5人の奏者のエネルギーが満ちあふれるようでした。この日のメンバーは,スロバキア,ジョージア,リトアニアなど東欧~スラヴ系の奏者が3人でしたが,大変生き生きとした力強い演奏を聴かせてくれました。楽章の最後の部分は迫力のアッチェレランド。そしてズシッと締めてくれました。

アンコールでは,第3楽章の中間部から最後までを再度演奏。リラックスした気分と輝きに溢れた演奏を聴かせてくれました。

カンタさんのリサイタルシリーズも年々進化して,今回は大型の室内楽に発展しました。次回はどういう編成になるのか,益々楽しみになってきました。

音楽堂の外には青空が広がっていました。

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