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いしかわ百万石文化祭2023 石川県立音楽堂3days オーケストラ・アンサンブル金沢スペシャルコンサート「フィガロの結婚」(2023年11月3日)

2023年11月3日(金)14:00~ 石川県立音楽堂 コンサートホール
モーツァルト/歌劇「フィガロの結婚」(ハイライト・演奏会形式)

●演奏・キャスト
川瀬賢太郎指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:松井直),演出:宮本益光、振付:成平有子
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宮本益光(アルマヴィーヴァ伯爵)
文屋小百合(アルマヴィーヴァ伯爵夫人)
近藤圭(フィガロ)
鵜木絵里(スザンナ)
青木エマ(ケルビーノ)
小泉詠子(マルチェリーナ)
望月哲也(バジーリオ/クルツィオ)
伊藤純(バルトロ/アントニオ)
三井清夏(バルバリーナ)
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ダンサー:成平有子,沼田来蕗
ナレーション:長谷川初範

今年の国民文化祭(「いしかわ百万石文化祭2023」)は石川県が会場ということで,10月から11月にかけて、定期公演以外にもオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)が登場する機会がたくさんありました。そのハイライトといってもよいのが「石川県立音楽堂3days」で,11月3~5日の3連休にクラシック音楽を中心とした公演やイベントが石川県立音楽堂で集中的に行われました。その初日,特に楽しみにしていた川瀬賢太郎さん指揮OEKとモーツァルト・シンガーズ・ジャパンの皆さんによる「フィガロの結婚」の演奏会形式ハイライト版を観てきました。本当に楽しい舞台でした。

「フィガロの結婚」は全曲上演だと結構上演時間が長く,レチタティーヴォを交えて,結構入り組んだ物語が進んでいくのですが,今回はややこしい部分は,ほぼベテラン俳優の長谷川初範さんの味のあるナレーションでスマートに片付け,モーツァルトの真骨頂である,2幕と4幕のアンサンブル・フィナーレを中心に休憩を入れて2時間15分程度に圧縮したステージになっていました。

モーツァルト・シンガーズ・ジャパン(MSJ)の「仕組み」はよく分っていなかったので公式Webサイトの説明を読んでみると,「モーツァルトのオペラ作品をこよなく愛する仲間たちの集い。国内外で活躍するオペラ歌手、オペラ上演に必要不可欠なコレペティトゥーア(ピアニスト)で構成」とのことでした。固定されたメンバーではなく,主宰者でもあるバリトンの宮本益光さんを中心に,お客さん側の色々な「条件」や「ご注文」に応じて,レベルの高いパフォーマンスを柔軟に提供する集団ということが言えそうです。

公演に先立って,宮本益光さん,川瀬賢太郎さんによるプレトークがありました

MSJによるオペラ公演はピアノ伴奏が基本形のようですが,今回はステージ上に乗ったオーケストラとの共演。モーツァルトのオペラを「音楽」として楽しむには理想的な形だったと思いました。OEKは室内オーケストラということで,次の写真のような形でギュッとステージ中央に配置すれば,その周辺には演技やダンスをするのに十分なスペースが出来ていました。

序曲はOEKのレパートリーの中でも最も頻繁に演奏してきた曲だと思います。川瀬さんの指揮で聴くのは初めてでしたが,速めのテンポから生き生きとした若々しい音楽が湧き出てきました。

続いて登場したのはナレーションを担当していた長谷川初範さん。MSJの公演ではいつも長谷川さんが担当されているようですが,とてもお洒落でソフトな雰囲気がありました。真面目で堅苦しいナレーションではなく,常にリラックスしたムードとユーモアがあり,公演全体の気分を華やかで親しみやすいものにしていました。

その後,オペラの主役である,フィガロスザンナが登場。2人とも若々しく,堂々とした声と演技でした。これからの人生に全く疑いを持っていないような大らかさのある近藤圭さんのフィガロ,軽く清潔な雰囲気のあった鵜木絵里さんのスザンナ。2人が並んで立った時のバランスがとても良いなぁと思いました。

川瀬さん指揮のOEKは序曲同様,歌手たちの歌・演技にぴったりと寄り添った生き生きとした音楽を作っていました。そして注目は,2人のダンサーによるダンスでした。今回,大道具は全くなかったのですが,その代わりに「動く大道具」といった感じで,成平有子さん(振付も担当)と沼田来蕗さんが大活躍していました。大半のアリアやアンサンブルで登場しており,各場面の気分を盛り上げるような振り付けが付けられていました。今回各キャストは,衣装の方はしっかりと各役らしい立派な衣装を着ており,十分な華やかさもありました。そのことと併せて,セットはなくてもイメージが大きく広がりました。モーツァルトの書いた,ちょっとした音にもぴったりとタイミングが合った振り付けられていたりして,スマートで格好良いなと思いました。

第5曲「お先にどうぞ,お綺麗な方」は,スザンナマルチェリーナによるユーモアたっぷりの小二重唱。マルチェリーナは侍女頭という役柄でしたが,字幕には「お局様」という訳が付けられており,「大変分りやすいな」と思いました(プログラムをよく読むと,宮本益光さんによる字幕)。字幕はステージ中央上方に設置されており,私の座っていた2階席からも大変読みやすかったですね。

このマルチェリーナは石川県出身のお馴染みのメゾ・ソプラノ,小泉詠子さんでした。見た感じ,「年輩の侍女」といった感じではなかったのですが,何とも言えない暖かな存在感があり,スザンナとのハモリもぴったりでした。

その後,アルマヴィーヴァ伯爵,バジリオ,スザンナによる三重唱「何だと!さっさと追い出せ」になります。バジリオ役はテノールの望月哲也さんでした。石川県立音楽堂の公演では,数年前「イル・デーヴ」の一員として登場されたことを思い出しますが,よく通る声で,コメディにぴったりの明るさを出していました。伯爵役は宮本さん。堂々とした立ち姿には伯爵にぴったりのオーラがありました。このお二人+スザンナ役の鵜木さんは,MSJの中核メンバーということで,早口の歌詞などを交えたコミカルなアンサンブルは大変楽しいものになっていました(ちなみにこの曲の時に,「コジ・ファン・トゥッテ(女はみんなこうしたもの)」という,別のオペラのタイトルにもなっている歌詞が出てきますね。)。

そして,フィガロによる超有名アリア「もう飛ぶまいぞ,この蝶々」で大きく盛り上がって第1幕は終了。ただし,今回は全体で2時間強のハイライト版でしたので,1幕と2幕は一体になっていました。2幕最初…といえば伯爵夫人のアリアが有名なのですが…今回この曲はカットされていました。この辺は残念と言えば残念ですが,分りやすく2時間に納めるならば仕方がないところです。

小姓ケルビーノの方も第1幕の有名アリア「自分で自分が分らない」がカットされていましたが,その無念(?)を晴らすかのように,これまた超有名アリア「恋とはどんなものかしら」は素晴らしい歌でした。ケルビーノ役の青木エマさんには,少女マンガの世界からからそのまま出てきたような(この分野,ほとんど知識がないのですが…時代的に言うと「ベルサイユのバラ」といった雰囲気。衣装もそんな感じ)雰囲気がありました。その姿に加え,すっきりとよく通る声にはすっかり惚れてしまいました。恋に恋する悶々とした気分がぐっと迫ってくる説得力十分の歌でした。ケルビーノに限らず,大半の登場人物は主要アリア1曲のみの歌唱でしたが,その分,どの方も「その1曲」に掛ける集中力が素晴らしく,どのアリアも聴き応え十分でした。そして,この部分については,長谷川さんが語っていたとおり,「若い男性役を演じる女性歌手がさらに女装をする」というのが,やっぱり面白いなぁと思いました。

アリアが少なめだった代わりに,アンサンブルの場はほとんどカットしないのが,MSJの公演の特徴かもしれません。2幕の終盤は,伊藤純さん演じるアントニオと兼バルトロも加わり,1人ずつ増えていくようなアンサンブル・フィナーレになります。フィガロ,スザンナ,伯爵夫人グループ×マルチェリーナ,バジリオ,バルトロ,伯爵グループに分かれて,軽妙で沸き立つような楽しいアンサンブルを楽しませてくれました。こういった部分をたっぷりと見せてくれると,「全曲を観たような感じ」という充実感が残りますね。

ちなみにアントニオとバルトロを一人二役で演じるというのは,初演時と同じで,オリジナルどおりの上演ということになります。この2役を伊藤さんがコミカルかつ見事に演じ分けていました。このことを長谷川さんが分りやすく説明していたのも楽しかったですね。

アンサンブル・フィナーレの部分での問題点は,字幕かもしれません。限られたスペースでは,早口で次々と同時並行的に出てくるセリフが誰のセリフなのか判別するのは困難でした。が,これを解決するのは至難の業ですね。

ここで20分間の休憩が入った後,第3幕,第4幕が続けて演奏されました。第3幕の最初は,伯爵とスザンナによる聴き応え十分の二重唱「ひどいぞ,こんなに焦らして」。続く伯爵のアリア「私がため息をついている間に」ともども,輝きのある宮本さんの声が特に素晴らしいと思いました。

その後は,マルチェリーナ対フィガロの裁判の場。ここでこの当事者2人が実の母・息子だと分かり,バルトロが父だと判明します。考えてみれば,メチャクチャな展開ですが,何かモーツァルトの音楽のペースに巻き込まれて納得してしまいますね。そしてこの場では,指揮者の川瀬さんも「歌手」としてハモリに参加するサービスがありました。ここまでのシーンでも,歌手の皆さんと川瀬さんが軽く絡んでいましたが,この場では「ドー・ミー・ソー」の和音のソーの音を川瀬さんが担当。指揮者とオーケストラがステージ上に乗っているから実現する楽しい場面でした。

この辺では(どういう場面だったかはっきり思い出せないのですが…),ハリセンか何かでパチンと相手を叩いた後,音楽が終わるまで,ダンサー2名を含む全員がストップモーションになるのが,妙に面白かったですね。結構長い時間止まっており,じっくりと見入ってしまいました。

その後,満を持して伯爵夫人のアリア「美しき悦びの時はどこ」が歌われました。凜とした品格が漂う文屋小百合さんが,強さとしっとり感を合わせ持つような見事な歌を聴かせてくれました。続く,手紙の二重唱。この曲も欠かせない曲です。スザンナと伯爵というソプラノ2人のデュオというのは珍しいパターンですが,「美しく優雅なひととき」になっていました。

第3幕は行進曲調で終わりますが,ここでは民衆の不満を表現するような,権力に立ち向かうようなシーンになっていたのがとても印象的でした。フランス革命の頃に書かれたオペラに込められた,重要なメッセージをさらっと感じさせてくれました。

引き続き第4幕になり,バルバリーナのアリア「なくしてしまったわ」になります。短調で書かれた印象的な曲を三井清夏さんは瑞々しく聴かせてくれました。その一方で,字幕では「もはや探す気なし」とか,突っ込みが入っていたのが面白かったですね。考えてみると,夜の庭で落としたピンを探すというのは…かなり非現実的かもしれません。

スザンナのアリア「おいで,美しき喜びよ」もまた聞き物でした。鵜木さんの凜とした声。2人のダンサーのダンスも美しく,歌の気分にぴったりでした。

このオペラのクライマックスは,なんと言っても伯爵による「許してくれ」の一言。たっぷりと歌われ,納得という歌になっていました。そして伯爵を許す夫人の声を聴いて「気高いなぁ」としみじみ思いました。

最後は,主要登場人物全員がステージ前方にずらっと並ぶ大団円。このとき皆さん手に何か白い羽根のようなものを手にしていました。平和とか愛とかの象徴でしょうか?小道具を巧く印象的に使っているなと思いました。そして,最後の最後は,花火を打ち上げようといった沸き立つような音楽に。ダンサーの2人はオーケストラの背後の一段高いステージに登り,その美しいシルエットを観ながら,沸き立つような音楽で終了しました。やはりモーツァルトの音楽の力は偉大だと思わせるエンディングでした。そして,今回のキャストは,全体をまとめるオーラたっぷりだった宮本益光さんを中心に,この作品にぴったりの粒よりの歌手たちが結集していたなぁと思いました。

今回はハイライトでの上演でしたが,アンサンブルをしっかりと盛り込んだ,よく練られた内容ったので,この抜粋版でしっかりと完成していると感じました。物足りなさは感じませんでした。残念だったのは...お客さんの数がやや少なめだった点(「文化の日」ということで,「文化」イベントが重なっていたのかもしれません)ぐらいでしょうか。MSJとOEKの相性はぴったりだったので,是非同じコンビで,別のモーツァルトのオペラを観たいと思いました。期待しています。

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